2.違和感と内部
末岡班の面々は機体を操り、大地を進んでいた。だがその様子はいつもとは異なっている。その差異は一目で判断する事が出来た。なぜなら部隊の中に、この班の象徴たる銀の機体がなかったのだから。
『隊長がいないからって気を抜くなよ』
『わかってるよ』
『当然デすっ!』
ギンがいなければ機能しない――そんな者に正規パイロットが務まるわけもなし。全員が平常通りに言葉を交わしている。だが、それはまるで不安を覆い隠そうとでもしているかのようなやりとりだった。
全員が、薄々と感じているのだ。何かがおかしい、と。
『……情報ではもうすぐ、敵の姿が見えてもおかしくないはずだが』
周囲に動くものはない。自身達マギクラフトの駆動音と足音だけがあたりに響いている。他の部隊がいる方へと敵が流れてしまったのだろうか。だとしたら、それはそれでまた指示が飛んでくるはずなのだ。しかし今はそれもない。
『……こ、ここここれやっぱり何か……変じゃない、かな?』
『ナんダカ、とテも不快ナ感じデす』
次第にメンバーも、その違和感を隠しきれなくなっていく。部隊員の一人――ギンの代わりに代役のリーダーを勤めている男が、「司令部に確認を取る」と一時、部隊メンバーとの通信を断った。
が、すぐに戻って来て言う。
『……おかしい。司令部と繋がらない。他の部隊の奴らにも、だ』
緊張が、走った。
『――敵の、新タナ攻撃デすカっ……!』
『その可能性は高い』
誰かが焦りを表すように舌打ちをする。代役のリーダーが指示を出し、一旦機体の進行を止める。これ以上進めば奥地へと入り込みすぎてしまう。だが、かといって……。
『このまま、ここにいても大丈夫なのでしょうか……?』
一旦引くべきか、あるいは留まるべきか。全周囲へと警戒を巡らせながら、隊員達が決断を待つ。引かなければ危険に晒されるかもしれない。だが引けばここをマギアに素通りさせてしまうかもしれない。
はたして、その決断は……。
『……一旦引こう。今は隊長がいない。なるべく安全策を選ぼう』
撤退、だった。隊員達はどこかその決断に安堵したように、『『『了解』』』を返す。ギンがおらずとも戦える。だが、いなけえば十全には戦えない。
エルも、了解と続こうとした、その時。
『――全部隊に告ぐ』
ノイズ混じりの、通信が入る。それは、総司令官――志手中キクジの声だった。画面には窓が開くが、そこには砂嵐しか映らない。異常事態が起きているのは、明らかだった。
『現在、STAGE施設内部でマギアとの戦闘が発生中』
「内、部……!?」
最も堅牢な要塞であるはずのSTAGE施設。なぜ、その中にマギアが出現するなどという事態が起きているのか。いや、それよりも今すぐ戻らなければ、エヴァやカヤジ、イレーアの命が……!
『少数の戦力で対抗しているが、そう長くは保たないだろう』
キクジの声が、段々と遠くなっていく。彼の声には、血反吐が混じり始めていた。
『諸君、これは私からの遺言だ』
まるで最後の力を振り絞るかのように、彼が言う。
『――仲間を、信じるな』
『『『……ぇ?』』』
なぜ、最後の最後でそんな事を言うのか。その真意は、彼の、人生最後の言葉が明らかにした。
『敵は、我々の姿をも模す事を、覚えて、い、た……』
通信は、そこで途切れた。
『人間型、マギア……だって……?』
呟きと共に視線が向いたのは、仲間であるはずの、機体を駆る隊員達だった。それは、部隊員の皆が、同じ。エルもまた、全身を凄まじい寒気に襲われていた。
――覚えて”いた”。
覚えた、ではなく、覚えていた。
それは一体、いつからだ。いつから、敵が内部に潜り込んでいた? 一体どれほどの敵が、潜り込んでいる? 誰が敵で、誰が味方なのか。……そして、この中に最低一人は敵がいる可能性が、非常に高い。妨害を行った者が、いる。
エルの頭に、ギンの、ここ最近の行動が重い浮かんだ。彼はこの事態を読んでいたのだろうか。どうやって予兆を掴んでいたのだろうか。
気付くとエルは、口を開いていた。
「……なぁ、エイミー」
『……一体、ナに?』
警戒した様子で返答を返す、黒人パイロットのエイミー。エルは彼女に問うた。
「最近、両親の調子はどうだ?」
『……それガ、どうカしタの?』
エイミーに幾度か話を聞いた事がある。彼女の両親は共に外国人。だが迫害の最中で受けた暴力により大怪我を負い、今はSTAGE直轄の病院で治療を受けている。パイロットとして働く事は、その治療を受けさせる権利のためだとも。
「エイミー、お前の両親が怪我を負ったのは、どこだったか」
『さっきカラ、一体エルハナにを言っテるのデすカ、こんナときにッ……!』
「……いいから、答えてくれ」
周囲の隊員達も、エルの真剣な様子に口を挟めずにいた。エイミーは、苛立ちを見せながら口を開いた。
『外国人狩りに、頭を殴ラレテ……今ナお、意識不明の重体デす』
「……それは、本当か?」
『……一体、どういう意味デす?』
エルの問いに、エイミーが首を傾げる。それは周囲の人間も同様だった。彼等も同じように話を聞いた事があるのだ。だが、エルだけは違った。エルは歯を食いしばった。
『黙っテナいデ下サい。一体、今の質問ガナんダっテいうんデすカ!』
エルは意を決したように口を開いた。
「……エイミー、お前のその返答はありえないんだよ」
同時に、機体の手をゆっくりと動かす。まるで早撃ちを競うガンマンの如く、ナイフの格納された太ももへと手を添える。エルが口にしたのは、
「――お前の両親は、既に他界している」
空気が、凍った。
『……ハ、い? 何を、言っテるん……デすカ?』
エイミーが声を震わせながら言う。
『デタラメを言ワナいデ下サい……! ワタしの両親はマダ生きテいマすッ!』
「……演技は、もう止めてくれ」
エルは、ここ最近、自分がギンに連れられていた理由と、させられていた内容を話した。それは、この自体が起きた時への対処だったのだ。
人間関係やプロフィールは、偽物を炙り出すため。戦略――それも、前線だけでなく基地周囲における戦闘で用いる戦略を学ばされたのは、こうやって人間型マギアに基地を乗っ取られたときのため。
『隊長は、このマギアの攻撃から基地にいる人を守るために、わざと基地に残ったっていう事……? じゃあ、エイミーは、まさか本当に……』
『……ち、違う! マ、待っテ!? ワタしハ本物のエイミーよ! 仲間ナラ、分カるデしょ……ネェ!?』
エルはなぜ、エイミーに問いを投げたのだろうか。怪しさは他の隊員も変わらないはずなのに……。それは直感、以外に説明が付かなかった。いや、それはもはや確信と言っても良い程だった。
『エル、さっきのは本当なのか? 俺にはその情報が本当だとはとても……』
「……データは、ギンから受け取ったものです」
エルは渡されていたエイミーに関する書類データを渡す。そこには、ほんの十数日前にエイミーの両親がなくなった旨が書かれていた。そして、書類データ作成者の欄には、ギンのサイン。
隊員達が口を噤んだ。もはや誤摩化しようがない。
『待っテッ! こレガ事実ダとしテも、ワタしハ本当に知ラサレテナいのッ! 本当に、知ラナカっタのッ!』
『……我々も、お前をマギアだとは思いたくない。だが、余計な不安も残したくはない――済まないがエイミー、機体を降りては貰えないか?』
『そん、ナ……』
グラスビュアに映ったエイミーの表情は絶望に彩られ、そして、諦めへと変わる。彼女はハッチを開けるためのレバーへと手を伸ばし――その瞬間、フットペダルを踏み込んでいた。全員の意表を突くタイミングで、機体が駆け出す。
『逃がすなッ! 追えッ!』
『エイミー……本当に……』
部隊がエイミーの機体を追いかけ、地面を蹴る。ショットガンを取り出し、エイミーを――敵機を打倒せんと、狙いをつける。その背後からエルは――ナイフを機体へと突き刺した。
『『なッ――!?』』
機体の脇腹からコクピットを、ナイフが貫通していた。機体の動きが止まり、膝を着く。
『ナんデっ……!?』
「エイミー、すぐに基地の応援へ向かえッ! こいつらは俺が止めるッ!」
エイミーから見れば、エルこそが自身を追い詰めた張本人。だが、エルは言う。
「お前の両親の死は……事実だ。でも、お前は知らなくて正しい。だって、俺達は皆で――その事を、秘密にすると決めていたんだから」
『そん、ナッ……!?』
エイミーの、生きる理由を奪う残酷な手段。だが、エルにはこれしか思いつかなかった。エルはエイミーを疑ったのではない。エイミーだけを信じられる、と思ったのだ。直感的に。
もし、本物の部隊員ならば、エイミーの両親の死を知っている――隠している事を知っている。エイミーが知らないと、知っているはずなのだ。
「走れぇッ! エイミー!」
エイミーは、訳も分からなくなったような、奇声にも近い叫びを上げながら走って行く。エルは、残り2機のクラウドと向き合っていた。
『『……』』
「随分と、無口になったな?」
ジリジリと互いに円を描くように動く。だが向こうは2機。徐々に挟み撃ちに近い形へともっていかれてしまう。思い出すのは、訓練装置による対人戦。
――まさかギンだけじゃない、のか?
こうやって本当に、ありえないはずのマギクラフト同士の戦いが起こっては、考えざるを得ない。あれは本当に、ただモチベーションを上げるためだけの、対人機能だったのだろうか、と。
――他にも、この事態を想定していた者がいた……?
「あぁ、くそッ……わからない事ばっかだ……!」
そもそも、いつの間に成り代わったのか。どうやって成り代わったのか。本物はまだ生きているのか。このように電波妨害さえなければ、あるいはギンがここにいれば、機体をロックして動きを止められただろうに……。
「……手加減はできないぞ。俺もすぐに、大切な人達を守りにいかなきゃならねぇからな」
エルはそう、ナイフを構えながら言った。




