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MAGI-Craft(マギクラフト)  作者: スプライト
第二話「願いの在処」
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last.応援と配属


 イレーアは目の前で戦い続ける、真っ赤な巨人を見ていた。大群を前に、一歩も引かず、その場でイレーアの事を守り続けるその存在に、目を奪われていた。先の声、あれは今日あったばかりの、青年――稲木イナキエルの声。


「なんで……」


 なぜ、彼はこうも赤の他人のために戦えるのだろうか。彼は言っていた――イレーアはすごい、と。大切な人の為に命を投げ打つ事が出来る、と。

 だがイレーアは、そうではないと思った。本当にすごいのは、エルの方だと。彼は、見知った人間だけでなく、他人にまで命をこうして投げ打っているのだから。


 ――彼のような人間が、英雄と呼ばれるのだろう。


 例えどれだけ悩んでも、躊躇っても、恐れても、構わないのだ。ただ、一瞬でいい。正しいと思う事を為すために、その一瞬、その時に、恐れを乗り越えられる者が英雄と呼ばれるのだ。

 そんな彼の、戦う姿に感化されてしまったのだろうか。


「私も……願っても、いいのかな。私の願いだって、叶うのかな」


 助けの願いが通じたように。差別がなくなり、偏見をもたれる事もなくなり、孤児院だけでなく日本人の子供達とも一緒に、外を走り回れる日が来るのだろうか。そんな日を、夢見てもいいのだろうか。


「頑張れ……」


 イレーアは気付くと叫んでいた。


「頑張ってぇええええッ!」


 その声は、機体のパイロット――エルへと届く。真っ赤な機体の端々から緑の燐光が舞い始める。それはおとぎ話――いや、英雄譚の一節のような光景。緑の軌跡を残しながら縦横無尽に地を駆け、敵を駆け上り、切り刻む。


 イレーアの中に新たな願いが生まれ始める。自身の願いを叶えたいという願いと、そしてもう一つ――自分も、彼のような人間になりたい、と。誰かに願いを与えられるような人間に。


 いつしか、脚を断ち切られ蠢くだけになったマギアで埋め尽くされていた。その山の上に立つ真っ赤な巨人。ぐらりとその向こう側で、巨大な腕――投石機型のマギアの1体がぐらりと揺れ、倒れていきつつあった。


 残る投石機型は2体。それらが蜘蛛型を引き連れ、機体へと覆い被さるかのように迫っていた。


   *  *  *


 エルはなんとか打倒した投石機型の1体が倒れて行くのを見ていた。直接アレを叩くのは不可能だと判断し、根元の――投石機として活動するために自身を支えている、無数の指を徹底的に断ち切った結果だった。


 が、機体の手に握られたナイフには、既に柄より先の部分がなかった。最後の武器も折れ、今度こそ完全な徒手となっていた。そんな状況を一切考慮してくれるはずもなく、残り2体の投石機型がこちらへと迫ってくる。


 エルは自身の視界が半分、赤く染まっている事に今更気付く。額から血が流れていた。無傷とはいかなかったのだ――幾度となく敵の攻撃を受け、その衝撃を喰らっていたのだ。


『坊主……坊主、無事か!?』


『エル……エル! 返事をして!』


「……あぁ」


『まだ意識があったか……』


『よかった……』


 視界に2つの窓。1つは老年の整備員――カヤジが、もう1つには金髪の整備員――エヴァの姿が映っていた。エルの意識は朦朧とし始めていた。衝撃に何度も身体が揺さぶられ負担がかかった、だけではない。凄まじい集中力を持続させて機体を制御し続けてきたのだ。既に人間としての限界を超えていた。


 指先が震えていた。目の焦点も合っていない。凄まじい嘔吐感にも襲われ、吐瀉物を自身のパイロットスーツにまき散らす。ぽたりぽたりと、鼻からも血が流れていた。マスクまで一体となっている新型のパイロットスーツだったら、詰まって大変だったろうな……なんて事をぼうっと考える。

 そんなエルの耳が――ある音を捉える。


「……はは」


 エルが、操縦桿からその手を離す。戦う事を諦めてしまったかのような動作。そんな彼へと投石機型の手が迫ってくる。しかし彼の頬は、笑みの形につり上がっていた。


「――来るのが、遅ぇんだよ」


 ヒイロオウを掴もうとしたその腕が、エルの眼前で吹き飛んだ。爆煙で視界が覆われる。それが晴れた時、エルの視界に映っていたのは、眩いほどの銀色。


 煙を上げる、巨大な右腕の武器――パイルバンカーにも見える零距離用ショットガン。末岡スエオカギンの駆る専用機――伐折羅バサラだった。

 エルの意識は、そこで途切れる。守りきった、という実感と……そして、生き残ったという安堵に包まれながら――……


   *  *  *


 ――世間で今、一つの戦闘を記録した映像が話題となっていた。


 そこに映るは、真っ赤な機体が、一人の外国人少女を背に数十、数百ものマギアを打倒する姿。それは誰もが一度は学校で習う英雄――その復活を示していた。


 映像を見ながら、制帽を被る老年の男――対マギア組織STAGEにて司令官を務める、志手中シテナカキクジは肩を震わせていた。


「すまない……タノム。私達はまた、貴方一人に全てを背負わせんとしている。本当に、すまない……」


 白手袋をつけた手で制帽のツバを下ろす。そこに出来た影には、一筋の涙が浮かんでいた。彼の脳裏には、かつてあの真っ赤な機体に乗り戦い……そして命を落とした英雄、新津タノムの姿浮かんでいた――……


   *  *  *


 薄暗い部屋。入り口は中を監視できる窓の付いた鉄扉。機体の無断使用という重大な命令違反を起こしたエルは、STAGE施設内にある拘留所に隔離されていた。


 治療を兼ね、ここに入れられてからもう2週間は経過しただろうか。だがエルは反省こそすれ、後悔はしていなかった。きっと、何度同じ状況に立たされようとも、同じ選択をしただろうから。


 ふと、ガチャリと鉄扉が音を鳴らした。キィと音を鳴らし開かれる。一瞬の眩しさに、ベッドに腰掛けていたエルは目を細めた。遅れて、そこに立っている影が誰かを理解する。


「……末岡、ギン」


 エルは、なぜコイツがここに? と訝しげな視線を送った。


「はッ……命の恩人に礼もナシか? 死にたが……いや」


 会いに来て早々、暴言を吐こうとしたギンだったが、その口を噤んだ。代わりに問いを投げかける。


「戦う理由は、見つかったか?」


 ギンは、「あの戦場の跡……間違いなく今までのお前の戦い方とは、違っていた」と呟くように言う。今度はエルが「はッ」と喧嘩を売るように言った。


「急に態度変えやがってキモいんだっつの。……でもまあ、テメェに言われたから、じゃねぇけど……見つかったっちゃあ見つかったよ」


 エルは言う。


「――俺は、世界中全ての人間に願いを叶えさせる為に戦う」


 エルは、「俺自身にゃあ特別願いらしいねぇ。けど、誰かの願いが潰えるのは見過ごせねぇ」と言った。それにギンが、犬歯を剥き出しにする。


「テメェはまだそんな事を……」


「わかってるさ」


 エルはギンが言おうとした事を遮り、「だからこそ、」と言った。


「俺の事を心配してくれてる――家族や友人を安心させるために、強くなる。もちろん、お前よりも、だ」


 エルは、「願いを叶えるためには、まず俺が生き残らなきゃ駄目だろう?」と笑みを浮かべた。それはギンに対する宣戦布告だった。

 その様子を見たギンは、どこか驚いたかのように、まるでエルを通して誰かを見ているかのように、息を詰まらせた。


「……願いは無限だ。現実は有限だ。叶う願いにゃ限界がある」


 ギンがぽつりと零した。


「誰かの願いを叶えりゃ、他の誰かの願いが叶わなくなる。テメェがやろうとしてる事は、他人の願いをいたずらに歪めるだけでしかねぇ」


「……はは、はははは、ははははははははっ!」


 エルは笑った。そして、言い放つ。


「なら俺が、その現実の方を変えてやるさ」


 ギンは……それ以上の言葉を投げるのを止めた。代わりに何かをエルへと投げ渡してくる。それは、正規パイロットのスーツだった。


「上からのお達しだ。謹慎は現時刻をもって解除。テメェはまた、これから俺の部隊で働いてもらう事になる」


 ギンが「付いてこい」と言う。エルはパイロットスーツを引っ掴み、後を追いかける。

 辿り着いたのは、正規部隊に割り与えられるというミーティングルーム。開かれた扉の先に待っていたのは、末岡班の面々だった。エルの所為で仲間を失った末岡班の面々だった。

 エルが何かを言おうとする前に彼等が次々と声を掛けた。


「次、無茶しやがったらぶん殴るぞ!」


「先輩に頼ってりゃいいんだよ、後輩なんだからよ!」


「ワタシはまだ許してませんよ。でも……キミの先日の行動を否定はしませんがね」


「エル! 戻っテ来タのネ! 今度ハ、ソッコーデお役御免にナラナいように、気を付ケナサいよネ!」


 背中をビシバシ叩かれたり、髪を掻き回されたり、エルは揉みくちゃにされる。彼等のほとんどが、隊員の死はエルの所為ではない、と言っていた。


「俺はコイツが心底嫌ぇだ。だがこれからオレ等の部隊に所属するからには……テメェ等、徹底的にシゴいてやれ。まあ多少には、前だけじゃなく、テメェ自身の事も見えるようになってるみてぇだからよ」


 そこまで言ったギンが、「ああ、そうそう」と口を開く。


「コイツだけじゃなくもう一人、ウチに配属される事になった奴がいる。――入れ!」


 と、ミーティングルームの入り口が開き、キリキリと車輪の回る音が聞こえてくる。


「本日から、末岡班でオペレータとして働かせて頂きます――」


 聞き覚えのある声、エルが振り返った先にいたのは、


「――イレーア=菜々・カイラと申します」


 真っ白な、あの少女だった。

 エヴァの押す車椅子に腰掛けた彼女は、エルを見て、くすりと笑った。


「これからよろしく」


 なぜ、ここにいるのか。どうやってここへ所属したのか。前回の戦闘からたったの二週間――そんな短期間で一体どうして正規隊員になれているのか。混乱で理解の追いつかないエルへ、ギンが追い打ちのように耳元で囁いた。


「英雄になるのはテメェじゃねぇ……この、オレだ」


 ……どうやら、まだまだ問題は山積みらしい、とエルは頭を抱えた。正規パイロットの座へと戻れた、で全てが終わりではないのだと、そんな事を今更にエルは実感しながら……。


「まあ、これからの事はこれから頑張りゃいいか」


 そう、今はひとときの平穏に身を委ね、笑った――……


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