last.応援と配属
イレーアは目の前で戦い続ける、真っ赤な巨人を見ていた。大群を前に、一歩も引かず、その場でイレーアの事を守り続けるその存在に、目を奪われていた。先の声、あれは今日あったばかりの、青年――稲木エルの声。
「なんで……」
なぜ、彼はこうも赤の他人のために戦えるのだろうか。彼は言っていた――イレーアはすごい、と。大切な人の為に命を投げ打つ事が出来る、と。
だがイレーアは、そうではないと思った。本当にすごいのは、エルの方だと。彼は、見知った人間だけでなく、他人にまで命をこうして投げ打っているのだから。
――彼のような人間が、英雄と呼ばれるのだろう。
例えどれだけ悩んでも、躊躇っても、恐れても、構わないのだ。ただ、一瞬でいい。正しいと思う事を為すために、その一瞬、その時に、恐れを乗り越えられる者が英雄と呼ばれるのだ。
そんな彼の、戦う姿に感化されてしまったのだろうか。
「私も……願っても、いいのかな。私の願いだって、叶うのかな」
助けの願いが通じたように。差別がなくなり、偏見をもたれる事もなくなり、孤児院だけでなく日本人の子供達とも一緒に、外を走り回れる日が来るのだろうか。そんな日を、夢見てもいいのだろうか。
「頑張れ……」
イレーアは気付くと叫んでいた。
「頑張ってぇええええッ!」
その声は、機体のパイロット――エルへと届く。真っ赤な機体の端々から緑の燐光が舞い始める。それはおとぎ話――いや、英雄譚の一節のような光景。緑の軌跡を残しながら縦横無尽に地を駆け、敵を駆け上り、切り刻む。
イレーアの中に新たな願いが生まれ始める。自身の願いを叶えたいという願いと、そしてもう一つ――自分も、彼のような人間になりたい、と。誰かに願いを与えられるような人間に。
いつしか、脚を断ち切られ蠢くだけになったマギアで埋め尽くされていた。その山の上に立つ真っ赤な巨人。ぐらりとその向こう側で、巨大な腕――投石機型のマギアの1体がぐらりと揺れ、倒れていきつつあった。
残る投石機型は2体。それらが蜘蛛型を引き連れ、機体へと覆い被さるかのように迫っていた。
* * *
エルはなんとか打倒した投石機型の1体が倒れて行くのを見ていた。直接アレを叩くのは不可能だと判断し、根元の――投石機として活動するために自身を支えている、無数の指を徹底的に断ち切った結果だった。
が、機体の手に握られたナイフには、既に柄より先の部分がなかった。最後の武器も折れ、今度こそ完全な徒手となっていた。そんな状況を一切考慮してくれるはずもなく、残り2体の投石機型がこちらへと迫ってくる。
エルは自身の視界が半分、赤く染まっている事に今更気付く。額から血が流れていた。無傷とはいかなかったのだ――幾度となく敵の攻撃を受け、その衝撃を喰らっていたのだ。
『坊主……坊主、無事か!?』
『エル……エル! 返事をして!』
「……あぁ」
『まだ意識があったか……』
『よかった……』
視界に2つの窓。1つは老年の整備員――カヤジが、もう1つには金髪の整備員――エヴァの姿が映っていた。エルの意識は朦朧とし始めていた。衝撃に何度も身体が揺さぶられ負担がかかった、だけではない。凄まじい集中力を持続させて機体を制御し続けてきたのだ。既に人間としての限界を超えていた。
指先が震えていた。目の焦点も合っていない。凄まじい嘔吐感にも襲われ、吐瀉物を自身のパイロットスーツにまき散らす。ぽたりぽたりと、鼻からも血が流れていた。マスクまで一体となっている新型のパイロットスーツだったら、詰まって大変だったろうな……なんて事をぼうっと考える。
そんなエルの耳が――ある音を捉える。
「……はは」
エルが、操縦桿からその手を離す。戦う事を諦めてしまったかのような動作。そんな彼へと投石機型の手が迫ってくる。しかし彼の頬は、笑みの形につり上がっていた。
「――来るのが、遅ぇんだよ」
ヒイロオウを掴もうとしたその腕が、エルの眼前で吹き飛んだ。爆煙で視界が覆われる。それが晴れた時、エルの視界に映っていたのは、眩いほどの銀色。
煙を上げる、巨大な右腕の武器――パイルバンカーにも見える零距離用ショットガン。末岡ギンの駆る専用機――伐折羅だった。
エルの意識は、そこで途切れる。守りきった、という実感と……そして、生き残ったという安堵に包まれながら――……
* * *
――世間で今、一つの戦闘を記録した映像が話題となっていた。
そこに映るは、真っ赤な機体が、一人の外国人少女を背に数十、数百ものマギアを打倒する姿。それは誰もが一度は学校で習う英雄――その復活を示していた。
映像を見ながら、制帽を被る老年の男――対マギア組織STAGEにて司令官を務める、志手中キクジは肩を震わせていた。
「すまない……タノム。私達はまた、貴方一人に全てを背負わせんとしている。本当に、すまない……」
白手袋をつけた手で制帽のツバを下ろす。そこに出来た影には、一筋の涙が浮かんでいた。彼の脳裏には、かつてあの真っ赤な機体に乗り戦い……そして命を落とした英雄、新津タノムの姿浮かんでいた――……
* * *
薄暗い部屋。入り口は中を監視できる窓の付いた鉄扉。機体の無断使用という重大な命令違反を起こしたエルは、STAGE施設内にある拘留所に隔離されていた。
治療を兼ね、ここに入れられてからもう2週間は経過しただろうか。だがエルは反省こそすれ、後悔はしていなかった。きっと、何度同じ状況に立たされようとも、同じ選択をしただろうから。
ふと、ガチャリと鉄扉が音を鳴らした。キィと音を鳴らし開かれる。一瞬の眩しさに、ベッドに腰掛けていたエルは目を細めた。遅れて、そこに立っている影が誰かを理解する。
「……末岡、ギン」
エルは、なぜコイツがここに? と訝しげな視線を送った。
「はッ……命の恩人に礼もナシか? 死にたが……いや」
会いに来て早々、暴言を吐こうとしたギンだったが、その口を噤んだ。代わりに問いを投げかける。
「戦う理由は、見つかったか?」
ギンは、「あの戦場の跡……間違いなく今までのお前の戦い方とは、違っていた」と呟くように言う。今度はエルが「はッ」と喧嘩を売るように言った。
「急に態度変えやがってキモいんだっつの。……でもまあ、テメェに言われたから、じゃねぇけど……見つかったっちゃあ見つかったよ」
エルは言う。
「――俺は、世界中全ての人間に願いを叶えさせる為に戦う」
エルは、「俺自身にゃあ特別願いらしいねぇ。けど、誰かの願いが潰えるのは見過ごせねぇ」と言った。それにギンが、犬歯を剥き出しにする。
「テメェはまだそんな事を……」
「わかってるさ」
エルはギンが言おうとした事を遮り、「だからこそ、」と言った。
「俺の事を心配してくれてる――家族や友人を安心させるために、強くなる。もちろん、お前よりも、だ」
エルは、「願いを叶えるためには、まず俺が生き残らなきゃ駄目だろう?」と笑みを浮かべた。それはギンに対する宣戦布告だった。
その様子を見たギンは、どこか驚いたかのように、まるでエルを通して誰かを見ているかのように、息を詰まらせた。
「……願いは無限だ。現実は有限だ。叶う願いにゃ限界がある」
ギンがぽつりと零した。
「誰かの願いを叶えりゃ、他の誰かの願いが叶わなくなる。テメェがやろうとしてる事は、他人の願いを徒に歪めるだけでしかねぇ」
「……はは、はははは、ははははははははっ!」
エルは笑った。そして、言い放つ。
「なら俺が、その現実の方を変えてやるさ」
ギンは……それ以上の言葉を投げるのを止めた。代わりに何かをエルへと投げ渡してくる。それは、正規パイロットのスーツだった。
「上からのお達しだ。謹慎は現時刻をもって解除。テメェはまた、これから俺の部隊で働いてもらう事になる」
ギンが「付いてこい」と言う。エルはパイロットスーツを引っ掴み、後を追いかける。
辿り着いたのは、正規部隊に割り与えられるというミーティングルーム。開かれた扉の先に待っていたのは、末岡班の面々だった。エルの所為で仲間を失った末岡班の面々だった。
エルが何かを言おうとする前に彼等が次々と声を掛けた。
「次、無茶しやがったらぶん殴るぞ!」
「先輩に頼ってりゃいいんだよ、後輩なんだからよ!」
「ワタシはまだ許してませんよ。でも……キミの先日の行動を否定はしませんがね」
「エル! 戻っテ来タのネ! 今度ハ、ソッコーデお役御免にナラナいように、気を付ケナサいよネ!」
背中をビシバシ叩かれたり、髪を掻き回されたり、エルは揉みくちゃにされる。彼等のほとんどが、隊員の死はエルの所為ではない、と言っていた。
「俺はコイツが心底嫌ぇだ。だがこれからオレ等の部隊に所属するからには……テメェ等、徹底的にシゴいてやれ。まあ多少には、前だけじゃなく、テメェ自身の事も見えるようになってるみてぇだからよ」
そこまで言ったギンが、「ああ、そうそう」と口を開く。
「コイツだけじゃなくもう一人、ウチに配属される事になった奴がいる。――入れ!」
と、ミーティングルームの入り口が開き、キリキリと車輪の回る音が聞こえてくる。
「本日から、末岡班でオペレータとして働かせて頂きます――」
聞き覚えのある声、エルが振り返った先にいたのは、
「――イレーア=菜々・カイラと申します」
真っ白な、あの少女だった。
エヴァの押す車椅子に腰掛けた彼女は、エルを見て、くすりと笑った。
「これからよろしく」
なぜ、ここにいるのか。どうやってここへ所属したのか。前回の戦闘からたったの二週間――そんな短期間で一体どうして正規隊員になれているのか。混乱で理解の追いつかないエルへ、ギンが追い打ちのように耳元で囁いた。
「英雄になるのはテメェじゃねぇ……この、オレだ」
……どうやら、まだまだ問題は山積みらしい、とエルは頭を抱えた。正規パイロットの座へと戻れた、で全てが終わりではないのだと、そんな事を今更にエルは実感しながら……。
「まあ、これからの事はこれから頑張りゃいいか」
そう、今はひとときの平穏に身を委ね、笑った――……




