2.授業と健康診断
「——こうして日本は、MAGI-Arianと呼ばれる生物によって既にその領土の半分以上を奪われている」
遠くにぽつんと見える気だるげな老年の日本史教員が、時代遅れのタブレット端末を見ながら、長々と歴史について語っていた。
「マギアはその名の通り、地球外来の存在で、今から20年前、隕石として、日本本州の東北地方へと落下した」
教員の声が部屋に響く。
ここは、教壇部分が低くなった、階段状の円形講義室だ。
座席に着いている皆は、統一されたデザインの服を纏っていた。年の頃は16〜17歳、高校二年の生徒だ。彼等は、自由に席に着きながら……とは言っても、そのほとんどが毎回同じ席を選んで座るのだが、教師の話に耳を傾けていた。
あるいは内職に勤しんでいた。
「マギアの特徴は何と言っても、その巨大さと、一般的な兵器が通用しない事だ。正確には、兵器による攻撃は当たりもすれば、マギアを傷つけもする。が、すぐに再生してしまうのだ」
老年教師が、タブレットをタップした後、グレーの髪を撫で付けた頭を持ち上げ生徒達へと視線を向けた。
生徒達がピクリと反応し、内職を行っていた人も一瞬、視線を視界の端へと走らせた。彼等は皆が、眼鏡型のウェアラブル端末——グラスビュアを身につけていた。
グラスビュアによって情報を付与された視界には、教員背後のスクリーンに映されているものと同一のスライド――教科書の見開きと、授業に関するメモを取ったノート――テキストファイルが表示されていた。
彼等が指を宙に滑らせ、何もないはずの場所をタップする。と、老年教師が公開した教材画像が視界に追加される。
彼等の腕には一様に、アクセサリーのようにも見える、薄く、横幅が広めの腕輪が巻かれていた。
「そんなマギアに抵抗するために生み出されたのが——」
「――MAGI-Craftですぅ〜ッ!」
突如、部屋の真ん中当たりに座っていた一人の女子生徒が立ち上がり、舌足らずな口調とは裏腹に、鼻息を荒くし、大声で叫んだ。
「……あー、ごほんっ。その通り、マギクラフトだ」
老年教師がやや頬を引きつらせながら頷いた。生徒達の視界に映し出された画像には、巨大な人型兵器と、パイロットである男が映っていた。
「で、だ……まぁ、マギクラフトについては私よりもずっと詳しい生徒も、この教室にいるだろう――」
そう老年教師が前置きを述べると、教室内にクスクスとした笑いが沸き、視線がさきの――今はやりきった表情で椅子に座っている女子生徒へと向く。
「だから私からは、テストに出る部分だけ、簡潔に説明させていただこう」
教員はそう良い、肩をすくめて笑った。
生徒達の視線が教員の方へと――あるいは、グラスビュアに映し出された自身のテキストファイルへと戻る。彼等の指先がテーブルの上へと戻り、肉眼では見えないキーボードの、ホームポジションへと着いた。
「諸君に覚えてもらうべきは、一人の英雄の名前と、その功績だ。彼の名は——新津タノム。初めてマギアの打倒に成功し、そしてその後三年間、たった一人でマギアから我々を守り抜いた……言わば我々の、命の恩人だ」
教員の言葉に、教室の真ん中当たりで――さきの大声を上げた女子生徒の隣で、俺は無関係ですよ、と言わんばかりの態度で黙々とテキストファイルに記述を続けていた男子生徒が、初めてその指を止め、顔を上げた。
平均的な風貌。中肉中背の体型。その男子高校生はなんというか、特徴のない生徒だった。
しいていえば、軽くパーマが当たった黒い髪が特徴と言えなくもないくらい……というか、そんなありきたりな特徴を、特徴としてあげなければいけないあたり、まさに特徴がないと言えるだろう。
彼の視線が、受け取った画像ファイルへと向いていた。
そこに映っているのは、和服に身を包み、真っ赤な羽織を纏った男。
そして、全体を赤系色で統一された、派手なカラーリングがなされた機体。荒削りとも言えるような無骨さと、物足りなさにも近いシンプルさを兼ね備えた……全てのマギクラフトの原型でもある機体だった。
「えーっと、新津タノムと、そんでこっちが……」
男子生徒がパーマを当てた黒髪を弄りながら、そう口に出した。その瞬間、彼の隣からにょきっと女子生徒が顔を伸ばしてき、男子生徒へとぐいっと顔を近づける。
グラスビュアに反転して映る小さな画像を覗き込みながら、彼女は小声で捲し立てた。
「世界で最初に作られたマギクラフト——緋色王ぅ〜! やっぱりかっこいいよねぇ〜! いいよねぇ〜っ! もうわたしねぇ。このプロトタイプ特有の、無限の可能性を感じさせるシンプルなデザインが……特徴がない事こそが特徴とも言えるこの感じが、たまらなく好きでぇ〜っ! ねぇ、エルくん! エルくんもそう思うよねぇ〜っ!?」
ふわふわとした口調で、しかし青年——エルへと捲し立てるその女子生徒は、なんというか、一目見て……いや、見なくとも聞くだけでわかるのだが、とにかく奇抜だった。
まず第一に、なぜか制服の上に白衣を纏っている。別に化学や技術の授業中でもないのに。彼女曰く、それは防寒具(という建前の趣味)らしい。
次に髪は、ふわふわ……と通り越して、ぼさぼさのもさもさだ。手入れのされていないプードルの毛のような髪は、彼女の目元のほとんどを覆い隠していた。
そして、その頭部にはレトロなプラスチック製のお面が、斜めに掛けられている。それは古いアニメに登場するロボットを模して作られている、らしい。
「はいはい。わかったわかった。だから授業に集中しようなー」
「エルくん、全然分かってないよぅ〜っ! あのね、ヒイロオウにはぁ〜」
淡々と言いながらエルがもさもさの頭を押しのける。が、さらに強い力で女子生徒はエルへと迫る。
同時に彼女は、これまた古いアニメのロボットの缶バッジやキーホルダーがジャラジャラ付けられたウエストポーチからメモリチップを取り出すと、エルの腕に巻かれる腕輪のようなものへと、触れ合わせようとしてきていた。
腕輪のようなそれは、腕輪型観測器と呼ばれるグラスビュアの動作補助装置で、グラスビュアとはセットで用いられる物だ。
主にそれはバイオリズムの観測や、グラスビュアのメインメモリ的な役割として活躍している。つまり、その女子生徒は、エルへと無理矢理データを受け渡そうとしているのだった。
「あ、こらテメぇアイコっ!」
「よいではないかぁ〜よいではないかぁ〜。うへへへへぇ〜」
もさもさした髪に覆われていない口元を、不気味にでへぇと歪ませながら、ロボットヲタクの女子生徒――アイコは、彼女曰く布教用、らしいとマギクラフトに関するデータの入ったメモリチップを押し付けてくる。
と、
「稲木エル君、丑屋アイコ君。夫婦漫才なら外でするように」
教員から彼等に注意が飛ぶ。そしてそのまま、「それで、このページは特にこの部分が……」とスライドの中でも重要な部分の説明を開始する。
エルは、「またアイコに巻き添えを食らわされた……」と呟きながら、片手で必死にアイコを押さえながら、もう片手でタイピングを始める。
――テスト直前になって、『他の授業内容について教えてぇ〜っ!』とか泣きついても絶対に助けてやらねぇ。
そう思いながら……。
――と。
そうこうしている間に授業終了の終了の――昼休みの到来を示す鐘が鳴る。
「では本日の授業はここまでとしよう」
老年教師はそう言うと、スライドを映していたスクリーンの電源を落とした。
「それから、他の先生方からも言われているかもしれないが、今週末が健康診断票の提出期日だ。皆、忘れないように」
教員が付け足すように言ったその言葉は、しかし開放感から一気に沸いた生徒達の雑談の声や、立ち上がって教室を後にする音でほとんどかき消された。
話が運良く聞こえたエルは、既に自身は提出していたものの、ふと心配になってアイコへ問うた。
「アイコ、お前ちゃんと健康診断票、提出したか?」
「……なにそれぇ?」
「お馬鹿」
脳天チョップ。
「うぎゃんっ!」
エルは、案の定全く話を聞いていなかったらしい彼女にチョップを喰らわし、去年も言った事を繰り返す。
「はぁ……学校から案内のメールが届いてるだろ?」
彼女にメールを開かせながら、口頭でも説明する。
「俺等の身体データは腕輪に保存されてるだろ? それを届いたメールに添付して、返信すりゃあそれで終わりだ」
「ふぅ〜ん。簡単だねぇ〜」
「その簡単な事をやってなかったのは、ど・こ・の・ど・い・つ・だ」
「いひゃいいひゃいいひゃいぃ〜! おひゃな、つままないひぇ〜!」
あっけらかんという彼女。その鼻をエルは引っ掴み、ジト目で彼女を見た。
「なんだったら添付するファイルが間違ってないか、俺が確認してやろうか?」
「ひぇっ!? え、エルくんのえっひぃ!」
「嫌なら、余計な口叩いてないで、さっさとやれ」
「ひゃいぃ〜!」
リングが保持している身体データには、脈拍数、呼吸数といったバイオリズムの他にも、体温の推移や、端末の振られ方から算出した体重、身長、座高、スリーサイズなんかも含まれている。
つまり、見られると自分の事が丸裸になってしまう。とはいってもまあ、集めたデータは国に渡り、ビッグデータとして保管され、今後さらに病気を未然に発見できるように等、様々な事に使われるのだけれど……それはそれ、これはこれ。
顔見知りに見られるのはまた話が違う、という事らしかった。
しかし……とエルは思う。
「アイコ、お前……そういう羞恥心とかあったんだな」
「酷いよぅっ!? これでも女の子なんだよぉ〜!?」
健康診断票を提出し終え、ようやく解放してもらえたアイコは鼻を押さえながらエルを睨む。
「いやでもお前、この間言ってなかったけ? 好み男性のタイプは、さっきの授業に出て来た、ヒイロオウみたいな――」
「っ!? ちょ、ちょっとエルくんっ!? 確かにそれは言ったけど、それはあの、その、そうだけどぉ〜……!」
わたわたと手を振り回す彼女。
「安心しろ、例え世界の全てがお前のロボフィリアを否定しても、俺だけはお前を肯定してやる」
そう言うと、彼女はウエストポーチから工具を取り出し振り上げようとし、エルも「わかったわかった」とからかうのを止めた。
「ていうか、そろそろ昼飯食べよう。今日は体育の授業あるし、しっかり食わなきゃ体力が保たねぇ」
「もうっ……話はまだ終わってないのに。……あっ、今日のお弁当はねぇ〜」
と、すぐにさきの話を忘れたのか、お弁当について語り始めたアイコ。
二人はいつものように、彼女が作って来た、昔のアニメのロボットを模したキャラ弁を摘んだのだった――……




