9.理由とツナギ
射撃音が響き渡った。と同時に、破砕音もまた響き渡った。血肉と、歯と、機械の破片が辺りに飛び散った。悲鳴がいくつも木霊する。だが、それ以上に多くのグラトニー型の討伐に成功する。
『――全員、無事かッ!?』
『……ナんとカ』
ギンが叫ぶ。全員が生存を報告する。今ので、10体近いグラトニー型の討伐に成功していた。トリガーを引くのがわずかに遅れ、致命傷は避けたものの破損した機体も多かったが、リスクを冒せば倒す事が出来た。
「勝てるッ……!」
エルはわずかに、好戦的な笑みを浮かべた。
そこからは同じ戦法で、敵を確実に減らし続けた。敵の攻撃が起こるたび、数体のマギクラフトが脱落していく。しかし、ついに、敵を残り数体という所にまで追い詰める。
残りわずかになった赤い煙が、周囲で湧く。
『来タよッ……次デ決メるッ!』
ボロボロになったマギクラフト達がショットガンを構え――放つ。タイミングも回を追う毎に合ってき、確実に打倒できるようになっていく。失敗すれば死、にも関わらず逃げる者は誰もいなかった。
――だが、とっくに限界は訪れていたのだ。
『勝っタッ……!』
これで最後、とエイミーが喜びの声を上げたその時、
『――――ぁアアアッ!』
断末魔が、響き渡っていた。エルの視界の端で、マギクラフトの一体が――そのコクピットが、噛み潰されていた。吹き出した赤い液が、グラトニー型の白い歯を染めた。
「……ぇ?」
――死ん、だ……?
エルの意識に、一瞬の空白。次の瞬間には、怒りでその形相は歪んでいた。
「化け物がぁあッ……!」
遠方に赤い煙がたった一つ――最後の一体のグラトニー型が現れんとしていた。エルは地面を蹴っていた。アンカーを駆使しグラトニー型へと迫る。だがグラトニー型は現れたと思えば、またすぐ消える。
「なっ……!」
エルは周囲に目を凝らす。さらに遠方にまた赤い煙。……逃げているのかッ!? エルは全力で地面を蹴った。グラトニー型の出現と消失の速度は速い。
が、消失から出現までのスパンは長い。また、グラトニー型は一直線に逃げているようで、次の出現場所の当たりも付ける事が出来た。
「絶対に、仕留めるッ……!」
『深追いするなッ!』
ギンの制止など、エルは聞くつもりがなかった。
『隊長ッ! このママジャっ……!』
『馬鹿がッ……!』
エイミーが悲鳴を上げるように叫び、ギンが舌打ちをする。すぐ後を追って駆け始める。スラスターを吹かせ、エルを追い上げる。
しかし、ギンが追いつくよりも早く、エルがグラトニー型へ、あと一歩という所にまで追いつく。逆手に構えたナイフを、大きく振りかぶる。エルが笑みを浮かべた。
「――死ねぇッ」
そして、グラトニー型の出現に合わせ、最後の一歩を踏み出す――寸前。その足へと刀が突き刺さっていた。
「……ぁ?」
足に力が入らず、機体が崩れ落ちる。グラトニー型の横を抜けるように、付近の建物へと突っ込む。その足に刺さっていたのは——ギンが射出した、アンカーとしても使える刀だった。
グラトニー型が一瞬現れ、そしてまた消えた。そして、街の外までそのまま逃亡していく。もう……エルには追いつかない。ギンもまた、追いかけない。
――ギンがエルのトドメを、邪魔したのだ。
「……お前ぇッ! よくもッ……!」
機体のあちこちから火花を散らしながら、手足を藻掻かせる。片手、片足だけでなんとか立ち上がらんとする。コクピットの内壁――視界のギリギリに、ギンの機体が映り込む。怒りの形相で、エルがギンを睨みつけた。
怒りを向けるエルを、ギンが掴み上げる。と、エルは気付く。ギンはエル以上の怒りを湛えた目で睨みつけていた。
『やっぱりテメェ……パイロットを辞めろ』
「なんだとッ……!」
『テメェは一体、何を見てやがるんだ?』
ギンはエルが先ほど、グラトニー型へトドメを刺す為に足を踏み下ろそうとしていた場所を示す。エルはそちらを見て……気付く。
「……なんで、まだ……人が」
一軒の家――窓から覗いていたのは、寝たきりの老人と、老人を守るように抱きしめる女性だった。あのまま踏み出していれば、エルは彼女達を殺していた。
本来であれば、人の有無は頭部のセンサーにて感知される――しかし、エルは頭部をパージしていた所為で、気付く事ができなかったのだ。
『それだけじゃねぇ』
ハッとエルが視線を向けたのは、破砕した何体ものマギクラフト。そして、重傷を負っている――あるいは、死んでしまった、隊員達。エルは、自分の周囲がぐにゃりと歪んだような、錯覚に陥った。
ギンが問う。
『テメェは、一体何のために戦ってるんだ?』
それはギンが最初に、エルに問うた質問だった。
『お前は何を守りたくて戦ってるんだ? ……「皆を守りたい」? ――はッ。笑わせるなよ。テメェには、何も守れねぇよ』
ギンが吐き捨てるように言う。
『そもそも、人が自分以外の為に戦うだなんて異常でしかねぇ。お前はただ自覚してないだけだ――自分が命を掛けて戦ってる、って事を』
ギンはコクピット同士をぶつけ合い、すぐ至近から――装甲越しに、エルを侮蔑した。
『何も分からねぇガキが、二度と戦場に立つんじゃねぇ』
そしてギンは手を離し、エルを突き飛ばした。瓦礫の山に機体が落下する。
遠方に、応援のマギクラフトを乗せて来たのだろう――運搬車が見えた。防御に徹していれば、応援の到着が間に合い、あのパイロットが死ぬ事はなかったかもしれない。
――俺は、なんのために……。
エルの視界が渦を巻き……そのまま、意識が途切れた――……
* * *
訓練施設の廊下。
――エルの顔面を拳が襲った。
殴られた衝撃で背中が壁へとぶつかる。エルはずるずると床に腰を下ろした。殴った相手はエルに唾を吐きかけると、そのまま去っていった。
「……痛ぇ」
――そういえば、ギンにもこんな風に殴られたな……。
エルは殴られた顔面を押さえた手――指の合間から、天井の照明を見上げた。エルが正規パイロットとして戦闘に参加してから、数日が経過していた。
――今のエルは、正規パイロットではない。
エルの独断専行と……何より一般人を殺しかけた事について、ギンが報告と意見を上げ――それが通ったのだ。エルは訓練生へと戻された。結局、エルが何の為に正規パイロットとして出撃させられたのかは、わからず仕舞いだった。
「何のため、か……」
ぽつりとエルが呟いた、その時。
「……だいじょーぶ?」
天井を映していた視界に、煤けた金の髪が映り込んだ。エルがちらりと視線を下ろす。
肩口までの金の髪は、癖っ毛なのだろうか、わずかに波打っている。それに、澄んだ青い目と、白い肌。しかし肌も髪と同様、煤けていた。そして、身に纏っているのは、ツナギだ。
年齢は、エルと同い年くらいだろうか。いつの間にか目の前に、ツナギを来た外国人の少女――整備員だろう少女が立っていた。
その少女は、エルの額を見ると、むむむと額に指を当てて、悩む。それから、周囲をキョロキョロ見回すと、「よしっ」と声を出した。
エルの制服の裾をちょんっと掴むと、
「来て」
と言い、笑った。
少女の口元から、八重歯が覗いた。




