8.無茶と一瞬
俺も戦う――そんなエルの発言。実際、まともに動けるのはもう、ギンとエルだけだ。ギンは画面の向こう側でわずかに逡巡するように目を伏せた……かに思えた、が。
『駄目だ』
そう、切り捨てた。
「なんでッ……!」
エルは怒りの形相で叫ぶ。だがギンは話を聞こうとしない。
『お前はただ警戒だけしていればいい。自分が生き残る事だけを考えろ。あとはオレがやる』
「あんたは一体、どこまでッ……!」
一体どこまで傲慢なんだッ……! エルは機体の腕を伸ばし、ギンの機体の肩を掴んだ。
もう我慢の限界だった。ギンが英雄になりたいのは構わない。だが、それで他者を貶める、あるいは危険に晒すのは、許せなかった。
『離せ』
「いい加減にしろよあんたッ……!」
『離せと言っている』
ギンがエルを払い除けようと腕を振り、しかしそれをエルはもう片方の手で受け止める。ギギギ、と金属の擦れる音が響き渡った。
『何のつもりだ、テメェ……』
『ア、アナタっ……! 何ヤっテるのよ!?』
ギンが低い声で唸り、一触即発の様子に焦ったエイミーが、エルに声を上げる。
『今ハ、喧嘩しテる場合ジャナいデすッ!』
エイミーの声にエルは舌打ちをし、手を離した。だが、宣言する。
「……わかったよ。じゃあ俺も俺で、勝手にやらせてもらう。……それに、俺はもう決めたんだよ。俺は、全員を助けるってな。逃げるんじゃなく、戦う事を……あの時、決めたんだ」
エルの脳裏に浮かんでいたのは、あの地獄のような、分岐点だった。大切な幼なじみ……アイコだけでも助けるために、二人で逃げるか。あるいは、皆を助ける為に、賭けに出るか。
『テメェはッ……』
エルの発言にギンが再び怒りを剥き出しにしようとした、その時。遠方のあちらこちらに赤い煙が生まれた。同時、飛び出したのはエルだった。
一歩目を走り出したと同時、全ての装甲をパージする。ショットガンさえも放棄する。
今、何よりも必要なのは速度。グラトニー型に対して、装甲はほとんど意味を為さない。あの強靭な顎に一度捕らえられてしまえば、マギクラフトはっさりと喰い破られてしまう。
もちろんその分、グリード型――蜘蛛型のマギアに対しては大きなリスクを背負ってしまうが……。
「このままじゃあ、ジリ貧だろッ……!」
カシュッと音を立てて、機体の太もも――そのフレーム部分に納められていたナイフの柄が、せり出す。回転式の弾倉が備わったそれを抜くと同時に、地面を強く蹴る。スラスターを吹かせる。
既にグラトニー型は大量の蜘蛛型を排出し、接近に気付いたのか消え始めていた。このままでは、届かない。
――まだ、足りないッ……!
徐々に周囲の景色がスローモーションになっていく。エルの虹彩が緑の輝きを放ち始めていた。
――もっと、速くッ……!
彼の背後――シートの背後。機体の脳ともいうべき演算装置の表面に、緑色のラインが走る。エルは叫んだ。
「パージッ!」
視線で指定され、分離されたのは……腕と、頭部だった。一気にグラスビュアから得られていた情報がなくなる。さらに、機体の左右のバランスが崩れる。
機体制御の難易度が、一気に上昇した。
本来なら、頭部のセンサより得た周囲の地形データから、姿勢の変化を予測し、バランサーの精度を高めている――のだが、それがなくなっていた。片腕がないアンバランスも相まって、その操作性は酷いものだった。
だがエルは、バランサー自体を切って地面を駆けていた。
異様な程に前傾姿勢を取り、機体は駆けていた。リミッターを外されたスラスターが、爆発のような推進力を生み出す。一歩地面を踏みしめるごとに、地割れが起きる。
スラスターは、地面を蹴った事で浮き上がりそうになる機体を、地面に押さえつける役目もしていた。
本来想定されていない加速に機体が悲鳴を上げる。だが、それがどうしたとばかりに、エルはただフットペダルを踏み込む。吐き出された蜘蛛型が、進路を妨げようとしてくる――が、エルは横へ避けず、強引に踏み潰す事で直進する。
『無茶苦茶ダッ……!』
エイミーが思わず零した。
だが、無茶の結果――エルの突き出したナイフの切っ先が、ついに、グラトニー型へと届く。
凄まじい衝撃とともに、ナイフが一気に根元まで抉り込まれる。激突の衝撃に、機体が軋む音が響く中、エルは引き金を引く。グラトニー型が内側から膨らんだ。
が、一撃が限界。エルの背後から、蜘蛛型が襲いかかってくる。しかし、センサのなくなったエルにはそれが見えない――はず、なのに。機体から背後へ向けて射出された4基のアンカーが、蜘蛛型を貫いていた。
先ほどのアンカーは、ただ視界外だっただけでない。センサーがなくなった事でターゲットを視線によって選択する事もできなくなっていたのだ。
なのに、不思議とエルには、機体を身体の一部のように、正確に動かし、狙い撃つ事が出来ていた。
エルにはまるで、機体の表面が自身の肌と同期しているのではないか、という程に、周囲の気流の変化や、フレームに当たる砂を認識する事が出来ていた。
アンカーにより得たわずかな時間。エルは、リボルバーWASPナイフのトリガーを引く。
「――――ォオオッ!!」
引く。引く。引く。グラトニー型の身体が次々と盛り上がっていく。そして、手を離したエルは、火花を散らしていたスラスターをパージしながら飛び退った。
直後、グラトニー型は破裂し、その肉を、歯を、飛び散らせた。
エルは最後の一本のリボルバーWASPナイフを、もう片方の太ももから取り出しながら、後退を続ける。
『……アレダケヤっテ、ヤっと一体』
そう声を零したエイミーに、エルは、
「――だが、倒せない相手じゃない」
そう切り返した。
まだ訓練も終えていないパイロット――それも学生であるエルに言われ、部隊の面々はハッと我に返る。彼等は気付いたのだ。自身がどこか、死を覚悟し始めていた事に。
『……勝てる』
『ええ、勝てます……いえ』
『――絶対に、勝ちますッ!』
彼等が、襲いかかってくる蜘蛛型と接敵する。
機体の大半が機動力を失っている。しかし、彼等は足りない部分を連携によって補い、大量の蜘蛛型を殲滅していく。
『……』
ただ、ギンだけが、モニタ越しにエルを睨みつけていた。エルはその目を一瞬だけ見返し、戦闘へと戻った。
リボルバーWASPナイフで、一体ずつ、蜘蛛型を処理していく。弾丸が切れる、というタイミングで、他のメンバーが自身のナイフを投げて寄越してくれた。
『ッ――来タぞぉッ!』
エイミーが叫んだ。付近の一帯が、赤い煙で覆われていた。しかし、今度は全員、そこから逃げない――いや、逃げられない。だからこそ、刺し違える覚悟を決めていた。
また、先の出現で、煙の発生から出現までの時間は一定らしい、とわかっていた。だから、あとはタイミングだけだ。ショットガンを構える。神経を、トリガーに掛けた指に集中させる。
そして――その一瞬が、訪れる。
瞬きをするよりも短い時間。地面に口が生まれ、閉じられていく。コクピットの前面に、歯が迫る。
一瞬の攻防が、起こった。




