6.出撃と警戒
一定のリズムで振動が起こる。その度に、ガラスの向こうの景色が後方へと流れていく。景色の端には、薄い茶色を基調とした機械の手足が見えていた。
ここは、コクピットだ。
そのシートには黒いパイロットスーツの青年が腰掛けていた。と、その青年のグラスビュアに窓が開く。表示されたのは、銀髪の男。
『くれぐれも、余計な事はするな。お前はただ立っていろ』
「へいへい、わかってるっての」
そう答えた青年は、エルだ。彼はまだ訓練も受けていないにも関わらず、マギクラフト――蔵人に乗り込み、マギアが出現したという場所へと向かっていた。
苛立ちをぶつけるかのように何度も念を押してくるギンに、エルもうんざりし始めていた。こんな事になったのも、STAGEの上層部が原因だった。
サイレンが鳴り、ギンは出撃するべく訓練施設を後にしようとした。エルもまた、訓練生に割り当てられた仕事があるらしく、案内役の女性から説明を受け始めていた、その時。
グラスビュアを介して、ギンとエルに通信が入った。
グラスビュアに映しだされたのは、制帽を被った、齢50代半ばの男――司令官だった。そして、言った。
『稲木エル。貴公を正規パイロットに昇格とし、第11部隊に配属を言い渡す。今作戦に参加し、マギアを討伐せよ』
第11部隊は、末岡部隊とも言われている――つまり、ギンが率いる部隊だ。当然、ギンは反対した――エルは正規パイロットに相応しくない、と。エルもまた、ギンの下で戦うなどご免だ、と反対した。
『昇格は既に決められた事だ。覆す事はできん。が、所属する部隊を変更する事なら可能だろう』
司令官はそう答えた。
そうすると、今度はギンが苦い表情になり、舌打ちをして答えた。
『……わかった、オレの部隊で預かる』
明らかに、エルの監視と飼い殺しが目的だった。エルは反対したが、結局はエースという肩書きが勝ち……。そうして生まれたのが、現在の状況だった。
部隊は今、ギンの機体を先頭に、二列縦隊を作って移動していた。エルはちらりと、先頭を行くギンの機体へ視線を向けた。
銀系色を基調にした、目立つ外見。右の上腕部には巨大な杭打ち機――にも良く似た外見のショットガン。左肩のバックパック付近には、刀が一本。
専用機、と言われるワンオフの機体は他にもいくつかあるが、中でもギンの機体は、その巨大なショットガンを用いた一撃必殺、あるいは一撃離脱を得意な戦法としている。とは、アイコの談。
と、
『にしテも、マタコんナ深くマで入り込まれテ……警備ハ何をヤってヤガるんですカネ』
新しく窓が開き、肌が黒い、女性が表示された。年齢は20代前半、と言った所だろうか。かなり小柄である事が、ディスプレイ越しにもわかる。彼女の掛けているグラスビュアはサングラス仕様なのか、真っ黒で、目元は伺えなかった。
独特とのイントネーションで彼女は零していた。
『そう苛立つな、エイミー。近頃、マギアの行動に変化が起きている。警備が手を抜いているわけじゃない』
ギンはやんわりと、そのサングラスの女性――エイミーに言った。エルに対する時とはまるで別人のように、優しい口調だった。
『それより、すまないな。今回は子供のお守りを任せる事になって』
『別にいいデす。ガキのお守りくラい、ナんて事ナいデす』
今回の任務は、エルの乗ったものを含めて、11機のマギクラフトで行われる。内9機が戦闘に参加、そしてエルとエイミーが後方支援……という名の待機だ。
と、そこへまた別の通信が入る。今度は部隊全体にではなく、エル個人への通信だった。開かれた窓には黒髪をポニーテールに束ねた女性――案内役をしてくれていた女性だった。
『稲木君、大丈夫? 私もオペレーターとして出来るだけフォローするわ。……後方支援でも、決して気を抜いちゃダメよ?』
「ええ、わかってます――シシコさん」
エルに出撃が命じられた時、彼女――シシコもまた、命令を受け取っていた。エルのオペレーターとして動け、と。そして遅ればせながら、互いに自己紹介を行い――今に至っている。
と、
『マギアを発見ッ! 警備部隊と交戦中です!』
部隊の一人が報告を上げた。ギンが全員へ言う。
『まだ、マギアの発見が遅れる原因は掴めていない。敵の数は多くないが、慎重にいけ。――これより戦闘を開始する』
二列縦隊を維持したまま全員が、武器を構える。一定の距離まで近づいた所で、エルとエイミーは停止、他の面々はそのまま警備部隊の加勢へ向かう。
警備部隊のマギクラフトは全部で三機。STAGEは基本的に、街を三機編成でマギクラフトを巡回させる事で警備を行っている。
彼等が耐えてくれていたようだが、既に1機は行動不能、二機も手足に破損や、装甲をパージした後が見られた。
戦闘は既に、街内にまで及んでいた。あちこちに崩れた家屋が見て取れる。敵は、掌のような外見の蜘蛛型が30前後。他はいないようだが、数が多いため、3機では対処し切れずにいたようだった。
『こレナラすぐ終ワるナ』
エイミーが言う。
部隊は敵に接近すると同時に散開。事前に決まっていたのだろう、所定の位置に着くと、二機一組で行動を開始した。
まずは、一体ずつ確実にトリモチで動きを止める。その後、一機が接近し、0距離からのショットガンで仕留める。その間、もう一機は周囲を牽制する。
部隊の面々は、手慣れた様子で、あっという間に数を減らしていく。が、中でもやはり、ギンの殲滅速度は突出していた。
彼は、単独で次々と敵を屠っていた。
左肩に装備していた刀を抜き、高速で移動を続けながら、すれ違い様に敵を両断していく。右腕に装備したショットガンを使うまでもないようだった。あるいは、威力が大き過ぎて、小型の敵には使えないのかもしれないが。
時間にしてほんの数分。あっという間にマギアが全て動きを止めていた。赤い煙があちこちで立ち上っている。
『状況確認』
『敵影なし』
『敵影なし』
ギンの言葉に部隊の面々が応答する。エルはどこか拍子抜けした気になった。出撃前にあれだけ揉めたのは何だったのか。そもそも、なぜ自身は出撃させられたのだろうか。
そんな事を考えた、その時。
『――――――ァッ!』
絶叫が、響き渡った。その発生源は、部隊の一人。全員がそちらへ即座に視線を向ける。そこにあったのは、異様な光景。
『喰っテる、のカ……!?』
エイミーが零した。
マギクラフトが、喰われていた。赤い唇、白い歯――それは巨大な、人間のものに良く似た口だった。マギクラフトの半身が、地面から現れた巨大な口に、喰いちぎられていたのだ。
最初に反応したのはギンだった。地面を蹴り、スラスターを吹かし、宙を掛けるかのように一飛びでその元へと飛びかかる。刀を振り下ろす。
が、それよりも一拍早く、その巨大な口が地面へと引っ込む。そして、まるで地面と同化するかのように姿を滲ませ、消えた。
『全員集合ッ! 円陣を組んで警戒しろッ!』
ギンが叫んだ。部隊の面々が一カ所に集まり、背中合わせで円陣を作る。エルとエイミーもまた、彼等の輪の中に加わった。
新型マギアとの戦いが今、幕を上げようとしていた。




