5.徒手と理由
エルはフットペダルを踏み込む。今度はゆっくり、ではなく思い切り。急な加速で大きなGが掛かり、コクピットがガタガタと音を立てた。
距離が一気に縮む。拳を眼前まで持ち上げる。クロスレンジの間合いに入ったと同時、エルは強く地面を踏みつけ、直接に拳を繰り出した。最速、最小の動作による攻撃。だが、あっさりと腕の横を叩き落とされ、流される。
が、エルはその流された勢いを利用するように下段へ、回し蹴りを繰り出す。ギンはそれを躱さず、寧ろ自ら蹴りへ当たりにいく。臑の装甲で受ける。勢いが乗る前に受けられた事で、ダメージが通らない。
どころか、その動作で懐に入られてしまう。エルは肘鉄を繰り出し距離を取ろうとするが、躱される。
掌底による打ち上げが、頭部へと襲いかかってきた。
「このッ……!」
腕でなんとか相手の胴を押す。その反動でわずかに後ろへ下がる。掌底が頭部の一部を砕く。グラスビュアに表示されていた情報のいくつかが『ERROR』となり、消える。
なんとかバックステップを取って、追撃から逃れる。
「……くそッ、舐めやがってッ!」
敵は敢えて、コクピットではなく頭部を狙って来ていた。マギクラフトの弱点は、頭部――ではなく、コクピットだ。頭部には多くのセンサ類が集中しているものの、破壊されたからといって即、戦闘不能になるわけではない。
なにせマギクラフトは、有視界戦闘――肉眼によって周囲の認識しながら戦うのだ。最悪、コクピットから見える情報だけでも、戦う事は可能なのだ。
「っらぁああああッ!」
エルは再び、ギンへと接近する。先と同じく、直進。持ち上げた手から、最速で拳を突き出す――かに見せかけて、直前でわずかに踏み込みのタイミングをズラす。フェイントだ。しかし、
「しまッ……!?」
一切釣られず、あっさりと先と同じように弾かれてしまう。どころか、フェイントを入れた所為でわずかに体勢が崩れていた隙を突かれる。機体がバランスを崩す――敵機の足が内股へ入り込んでいるのが見えた。
その直後、反撃が飛んで来た。外から刈り取るように、拳が振り抜かれていた。
破砕音が響き渡った。
「……ッ」
衝撃で機体が後方へとよろける。なんとか倒れる事だけは防ぎ、膝を着く。
エルの視界は、数えきれない『ERROR』の文字で真っ赤に染まっていた。機体の頭部が、潰れたのだ。
相手は淡々とこちらを見下ろしていた。圧倒的な力の差を見せつけるように。
「……はぁ、……はぁ」
荒い息を吐きながらエルは、機体を立ち上がらせ、再び腕を持ち上げる。エルは……勝機を見失っていた。その表情は酷く険しい。自信を持ち始めていた操縦技術も、圧倒的にあちらが上。奇襲も通用しない。
と、その時。
『――おい』
「……あぁ?」
エルは予想外の行動に、目を訝しげに歪めた。視界に表示されたのはコクピットのシートに腰掛けるギンの姿だった。
ギンは見下すように言う。
『お前、パイロット辞めろ。オレが口利きしてやる。お前のような人間は、戦闘の邪魔だ』
「……あぁ、そ」
エルは聞き流すように言う。
『初戦でマギアを打倒できたから、英雄気分にでもなってるのか? 自分にはなんでも出来ると思ってるのか?』
「はは、そうかもしれないですね」
エルはグラスビュアで機体の状態を確認しながら、適当に答える。
『勘違いするな。お前は特別でもなんでもない。お前は戦場には不要だ。家にでも帰って震えてろ』
「……へぇ、そうしたらあんたが全部守ってくれるって?」
『ああ。そうだ』
エルは……ついに、動きを止めた。
そして、ブチ切れた。
「舐めんなよ、銀髪クソ野郎がぁあああああッ! 思い上がってるのはどっちだッ!?」
『なんだと?』
グラスビュア越しに、ギンの表情がピクリと震えたのがわかった。
「さっき自分で言った台詞を思い出したらどうだ? ――英雄気分にでもなってるのか、あんた?」
エルは吐き捨てるように言った。
その台詞に、ギンはたじろぐ――事はなかった。彼は、言い切った。
『そうだ。オレが、英雄だ。英雄はオレ一人でいい』
コクピット内に風など吹かないはずなのに、彼がコクピット内でも纏っている真っ赤な羽織が、靡いたように見えた。
エルは予想を超える彼の言葉に、目をぱちくりとさせた。
「……ははッ。ははははッ……! 傲慢だなぁ、あんたッ……!」
新人潰しも、ここまで来るといっそ清々しくさえある。
『オレは英雄になるためにここにいる。……お前は何の為に戦う?』
それはまるで、邪魔をするなと言わんばかりの台詞だった。エルはその言葉に即答した。
「あんたが嫌いだから」
エルの顔から表情がどんどんと抜け落ちていく。徐々に目の虹彩が緑の光を灯し始める。ギンにどんな理由があるのかなんて知らない。関係ない。ただ、今は――
「――ここでやめたら、腹の虫が収まらねえ」
いきなりぶん殴られ、馬鹿にされた、そのお礼をする。それだけで戦う理由は、十分だった。
機体が、ゆらりと動き始める。それは、機体が一歩前へ足を踏み出しただけ。しかし、あまりにも滑らかなその動きに、ギンは初動を完全に見逃していた。
『……ッ!』
一瞬遅れて、機体が反応する。しかし、その一瞬が明暗を分けた。
エルの機体の腕が、機械とは思えぬ程にしなり、そして突き出されていた。ギンが防御に持ち上げた腕の隙間を縫い、伸びたかと錯覚する程に深く、機体へと突き刺さる――頭部を、貫いた。
それはおそらく、反射的にだったのだろう。ギンの操る機体が、一歩後退していた。エルが放とうとした追撃を恐れるかのように。
今までなら、前へ出て受けていたのに。
『……お前ぇ』
ギンの口から、声が漏れた。その目に、緑の光が灯り始めていた。
「生身と、機体……合わせて二発。まだ一発、殴り足りないな」
エルの目が、これまでにないほど強く、緑の光を発しようとした、そのとき。ガコン、という音を立てて、コクピット内が暗転した。
「……あぁん?」
エルがなんだ、と周囲を見渡す――折角、楽しくなってきたのに故障だろうか?
集中力が切れたからか、エルの目からは緑色の光が失われていく。
と、搭乗口が開き、光がコクピットに差し込んでくる。そこから顔を覗かせていたのは、案内役である黒髪の女性と、巨漢の新人教官――大賀。彼等の表情は酷く険しかった。
「何かあった――」
んですか、とエルが問おうとしたその時。施設中にサイレンが鳴り響いた。
案内役の女性が言った。
「稲木君、マギアの襲撃よ」
そのサイレンの音は、アイコと一緒にマギクラフトを見に行ったあの場所でも聞いた、音だった――……




