4.エリートと挑発
いきなり顔面をぶん殴ってきた、エースパイロット――末岡ギン。エルは彼の逸話をいくつもアイコから聞いた事があった。
その中でも最もエルに印象深く残っている話。それは、彼のパイロット歴に関するものだった。彼は28歳という若さにして、そのパイロット歴は15年近くになる。
中学1年生という幼い時分にその才能を見いだされて以来、パイロットとして戦い続けているのだ。
「エリート様が、新人潰しってか?」
エルは戦闘開始までの間に、必死に策を組み立てる。アイコから聞いた蘊蓄を元に、マニュアルを読み込む。グラスビュアにカウントダウンが表示し始められたのを見て、マニュアルを閉じた。
『3、2、1……』
殴られた顔面が疼く。グラスビュア越しにそこを軽く撫でて、笑う。
「きっちりその顔面、殴り返してやるからな……!」
カウントが『0』を示し、視界が切り替わった。コクピットの内壁に映し出されたのは、大賀の弟――ミカと戦った場所によく似た、森林。エルはゆっくりとフットペダルを踏み込んだ。
マギクラフト――蔵人が、駆け出す。
――悪くない地形だ。
既に一度戦った地形という事で、勝手がある程度わかる。
近くに小高い丘があるくらいで、他に特筆する点もない森林。木々の大きさは、10メートルというマギクラフトの姿を隠すに、は少し足りない程度だった。
「……見つけた」
エルが山を迂回するように移動していると、敵機を補足した。一旦機体を戻し、丘に隠れる。
「随分と、油断かましてくれてるな」
エルは吐き捨てるように言った。敵機もまたクラウド――量産機だった。ギンには専用機があるはずなのに。
もちろん、訓練生を相手にそんな物を持ち出すわけにはいかないのだろうが……舐めている、という事実は変わらない。それは、隠れもせず、姿を堂々と表したまま突っ立っている事からも明白だ。
「はっ……負けるわけないってか」
そんな様子を見れば、ますます一泡吹かせたくなる。そして、その油断こそが勝機でもある。好都合、とばかりにエルは奇襲を仕掛ける事を決める。
「んじゃまずは……その実力見せてもらおうかっ……!」
小高い丘を迂回、しない。スラスターを吹かせて飛び上がり、上空から一気に敵機へ迫る――奇襲する。トリモチを連射しながら一気に接近を試みる。が、気付かれていたのか、悠々とこちらを振り返る。
正直、マギクラフト同士の戦いでトリモチはあまり有用とは言えない。何せ、マギクラフトにはパージ機構がある――装甲ごと外せてしまうのだ。
しかも、問題はそれだけではない。
敵機は飛んで来たトリモチを、スラスターを吹かせて左右へと跳んで躱――さない。左腕の装甲でワザとトリモチを受けていた。ああして間接部以外に受けられてしまえば、トリモチはほとんどその意味を成さなくなってしまう。
弾速の遅いトリモチは、マギクラフトが相手、かつ遠距離だと、このように対処されてしまう事が、多々あるのだ。
「教科書みたいな戦い方だなッ……!」
しかし、エルはその行動に笑みを深めた。
「……でも、それはちょっと安易過ぎねぇかぁっ!」
トリモチを連射しながら、エルはさらに接近を続ける。敵機は未だショットガンさえ構えず、余裕でも示すかのように、こちらの接近を待っている。腹は立てど、それもまた好都合。
そのまま、両者の距離が0へと近づく。
「はッ! 余裕こき過ぎだッ……!」
そして、殴り合いの間合いまで、接近せんとする。エルの狙いはまさに、マギクラフトによる近接戦だった。それも、インファイトと言われる、超近接戦闘だ。
エルは何度かの対戦で、他の人間に比べて自分が随分と操縦技術に優れている事に気付いた。模擬戦を繰り返し、戦術は足りずとも、機体の操作能力だけなら誰にも負けないと知った。
具体的には、他の人間が機体の手を開閉で制御するのに対して、エルならば指を一本一本まで制御しきる事が出来た。機体の操縦法など習っていないため、他者とどう操作の仕方が異なるのかエルにはわからない。
が、それが圧倒的なアドバンテージである事は、間違いがなかった。
――だったら、だ。
相手を、自分の得意な分野に引き込んでしまえばいいのだ。
インファイトによる戦いでは特に、機体のわずかな挙動が大きく有利不利を変える。しゃがむ、スウェー、足払い、背負い投げ、掌底、肘鉄。先ほどまでのバトルロワイヤルでは使えなかった、かつ対マギア戦ではまずもって使わないタイマン戦法。
意表を突くと共に泥仕合へと持ち込み、勝利を収める。ショットガンさえ相手に向けれない程の、ショートレンジでの戦い。それこそが、エルの勝機だった。
「ッ――!」
しかしエルは、近接戦となる間合いの直前で、地面に踵を立て、急制動を掛けた。そしてバックステップで相手から距離を離した。
あることに、気がついたからだ。
「……テメェ」
エルが怒りの形相をコクピットのガラス越しに、敵機へと向ける。正確には、その足下。そこには、全ての武装が放棄されていたのだ。ショットガンどころか、ナイフまで。
「わかってました、ってか?」
エルは深く息を吸い、吐いた。肩から力を抜いた。操縦桿を握っていた手を、開いた。
――小さな地響きが起こった。
エルの駆る機体の足下に、ショットガンが転がっていた。続いて、ナイフが地面に突き刺さった。エルもまた、その装備を放棄したのだ。
エルが、獰猛に笑った。
「面白いじゃねぇかッ……!」
フットペダルを踏んだ。走るわけではなく、ゆっくりと。機体が地面を歩き、互いの距離がすぐ一歩踏み込めば攻撃を仕掛けられる位置までに縮まる。
そして操縦桿を操作する。機械の両腕を、眼前まで持ち上げ、軽くこぶしを握る。腰を落とし、顎を引き、構えた。相手もまた、それに合わせるように同じ構えを取る。
静けさがあたりに満ち――そして、弾けた。
エルが一気にフットペダルを踏み込んだ。爆発が起きたかのように地面が抉れ、土砂が舞う。急激な加速が機体を襲う。互いの距離が一瞬でなくなる。
エルが操縦桿を押し込む。拳を突き出そうと伸ばされ始める機体の右腕。しかしガードの下がったそこへ、いつの間に振り抜かれたのか、敵機の足刀が迫っていた。
「またッ……!」
読まれていた、と戦闘経験の差に苦い物を噛んだようになる。が、回避がギリギリで間に合う。急制動を掛け、腕を引き戻しながら、頭部を仰け反らせた。
金属同士が擦れる甲高い音が響き渡る。衝撃に激しくコクピットが激しく揺れた。
「ぐッ……!」
敵機が上段の横蹴りに続き、そのまま機体の胴を回転させ、もう片方の足で後ろ回し蹴りを仕掛けんとしているのを見て、再び急制動を掛ける。今度こそ、身体を沈み込ませながら、前へと突っ込む。
腕を引き絞る。敵機がその背部を晒している今が好機だった。アッパーのように、敵を突き上げるように殴る――腕が引き延ばされた、その時。唐突に、機体が真下へと叩き付けられた。
「――ッ!?」
激しい衝撃に呻きながらも、すぐさま地面を四肢で突き、横へと転がる。直後、今いた場所へ足が踏み下ろされ、激しい衝撃がエルを襲った。
二転、三転と行い十分な距離を取ってから立ち上がり、すぐさま腕を上げて追撃に構える。
視界では、グラスビュアがスラスターの破損を伝えていた。
「……はは、流石に強いな」
エルの頬を、冷や汗が流れ始めていた。エルは遅れて先ほど、自分が何をされたのかを理解していた――あれは肘鉄だ、と。
こちらが機体を深く沈め、上方向への視界が確保できなくなったタイミングを狙い、死角から攻撃をしてきたのだ。マギクラフトにはカメラがない。全て有視界にて戦闘が行われる。それを突かれた。
彼我には、あまりにも大きな戦闘経験の差があると知る。そして、同時にもう一つ。エルには分かった事があった。
「……本気で、俺を見下してやがるな」
ギンは、一切追撃を仕掛けてこなかった。どころではない。スタート地点から、一歩も動いていなかった。つまりギンは、専用機なし、武器なし、移動なしで、エルに勝つつもりなのだ。
エルの操縦桿を握る手に、強く力が込もった。




