2.サシと勝敗
暗い仮想訓練装置――そのコクピット内でエルはシートに深く腰掛けた。スーツとシートが接続され、身体が固定される。酸素供給用のマスクを付け、フルフェイス型のグラスビュアを下ろし、視界を覆った。
と、グラスビュアにウィンドウが開き、そこに、制服がはち切れそうな程の筋肉を蓄えた男――教官である大賀の顔が映る。
『ボウズ、今回のルールは1対1だ。マギクラフトは対マギア用の兵器だから、実際にはこんな使い方しねぇんだが……わかりやすいだろ? どっちが強いか』
大賀は『やる気が出るだろ』と笑った。
そんな彼を押しのけて画面に、心配げな表情を浮かべた女性の姿が映り込む。案内役をしてくれている女性だ。
『稲木君。何度も言うけれど、無茶は絶対にダメよ? 勝つ事よりもまずは、安全に訓練を終える事を目標にするのよ?』
『あーもう、邪魔だお嬢ちゃん。……ボウズ、対戦相手もお前さんと同じ訓練生だ。って言っても、舐めてかかったら痛い目を見るぞ』
大賀はその巨体で、割り込んで来た案内役の女性を画面の外に追いやり返しながら、対戦の話を続ける。
『でもまあ、お前さんは実戦を経験してるんだ。しかも、マギア撃破の実績まである。まさか……負けたりはせんだろうな?』
大賀はまるで煽るように言った。
『ちなみに対戦相手だが、お前さんと同い年だ』
「……随分と煽ってくれますね」
エルは少しだけ頬を釣り上げる。同じ訓練生、同い年――しかもこちらは実戦を経験している。ここまで言われればわかる。大賀は『負ければ恥だぞ』と言っているのだ。
エルにだって意地くらいある。ここまで言われれば、なんとしてでも勝ちたくなる。
『それじゃあ、そろそろ開始だ』
大賀の顔を映していたウィンドウが消える。代わりに、コクピットの内壁に映像が映し出される。そこは森林だった。端に機体の手足が見える。
グラスビュアに機体情報が表示されていた――エルが実戦で乗ったのと同じ、蔵人だ。操縦方法に問題はなさそうだった。
『カウント、3、2、1……』
グラスビュアにバトル開始までのカウントダウンが表示され、音声とともにその数が減っていき……。
『――訓練開始』
無機質な音声と共に、操縦桿のロックが解除される。エルはフットペダルを強く、踏み込んだ――……
* * *
映し出されたモニタに、二機のマギクラフトが戦う様子が映し出されていた。それを見上げていた黒髪をポニーテールに束ねた女性が、隣に立つ巨漢へ言った。
「大賀さんは、人をやる気にするのが上手いですね」
「がぁっはっはッ! 褒めても何も出んよ」
「今のは皮肉です」
女性はじろり、と巨漢の男――大賀を下から睨み上げた。
「対戦相手は同じ訓練生……って、全然同じじゃないですよ! 相手はもう、訓練期間も終了間際な……実戦を経験してないだけの、ほとんど正規パイロットじゃないですか!」
「嘘は言ってないだろう?」
「だからこそ余計にタチが悪いんです!」
女性は大賀に噛み付く。しかし、彼はモニタから外さないままに言った。
「だがなぁ……中々、面白いことになっとるぞ。あのボウズがマギアを撃破したのは、運じゃあなさそうだぞ」
大賀は犬歯を剥き、笑みを浮かべていた。それはまさに、好敵手を求めた肉食獣の笑みだった――……
* * *
視界の端で、茶色の髪が揺れる。
「くそッ……くそッ……くそッ! ははッ、なんだコイツッ!」
トリガーを引く。引く。引く。その度に、自身の駆るマギクラフトの構えたショットガンから銃弾が放たれる。しかし、目の前にいるはずの敵マギクラフトを全く捉えられない。同じ機体に乗っているはずなのに、その挙動は天と地だった。
自分は今、訓練で習った事を確実にこなせていた。常に移動し続ける。相手を常に視界内に入れ、ロックオンし続ける。射程内に接近すると同時に引き金を引く。それを安定して繰り返す。
地形に足を取られたり、ぶつかったりする事がないように。かつ、晒され続けるGに耐え、戦う。全部、きちんとやれている……そのはずなのに。
「全く、当たらねぇとか……どうなってんだぁッ!?」
相手の動きは型破りも良い所だった。
ショットガンを片手撃ちする。装甲をパージして目眩ましに使う。パージして機体が軽くなった後は、さらに酷い。アンカーを射出して、強引に機体を加速させる。スラスターを吹かせては急ブレーキ、を繰り返す。
中でどれほどのGが身体に掛かっているのか、想像もつかない。
「狂人めッ……!」
しかし、勝敗の確率は五分五分といった所だろう。敵機は、急制動の所為であちこちにガタが来ていた。いつ崩壊してもおかしくない状態だ。このまま持ち堪えれば、こちらの勝利となるだろう。
そんな状況になっているのは、装備が大きな理由だった。いくら敵機がめちゃくちゃな機動をしようとも、接近すればショットガンの弾丸を全て躱す事は不可能だ。直撃すれば、装甲をパージした敵機は保たない。
かと言って、遠距離からのショットガンでは、相手もこちらを倒す事ができない。装甲のお陰で、致命打にはならないのだ。それにより、膠着状態となっている。
「……最初に装甲をパージされてなきゃ、やばかったな」
相手はド素人……どうやらそれ自体には間違いがないようだった。戦法も戦術もあったものではない。思いつきと反射神経で行動をしているように思う。
その結果、現在は攻めあぐねているのが明白だった。
つまりこの戦い……自身の集中力がどれだけ続くか、で決まる。集中力が切れ、接近する敵機を撃ち落とし損ねる――牽制の発砲が遅れれば、相手の勝ち。それまでに敵機の限界がくれば、こちらの勝ち。
あるいは……。
「……来たッ!」
敵機が動いた。こちらを遠回しにするように周囲を回っていた敵機が、急制動を掛け、一気にこちらへ突っ込んでくる。しかしそれは、これまでとは違う突進……かなりの前傾姿勢だった。
「……はっ」
気付く。相手はこのままでは負けると判断し、一か八かの一撃を仕掛けて来たのだ。この突進――相手は一切、引くつもりがないようだった。片手にショットガン、もう片手にはリボルバーWASPナイフを構え、駆けてくる。……が。
「……待ってたぜぇッ!」
相手はド素人だ。足りないのは戦術だけじゃない……忍耐もだ。相手はプレッシャーに負けたのだ。それは、最悪の選択だった。
相手が迫るのに合わせて、こちらも一気にスラスターを吹かせながら、ショットガンを連射する。いわゆる引き撃ちというやつだった。
相手が接近するはずだった距離が埋まらない。しかし、あれほど前傾してしまえば、否が応でも深追いをするしかない。
「オレっちも、もうすぐ正規パイロットだしなぁッ! 例え天才様が相手だろうと、そうやすやすと負けてはやれねーなぁッ!」
叫んだ、その瞬間だった。敵機がこれまでない、さらに異常な行動を取ったのは。敵機のスラスターが、爆発したのだ。正確には、スラスターが本来出せるはず以上の出力で、稼働させられたのだ。
「……なぁッ!?」
敵機の、スラスターの安全装置が解除されていた。
この訓練装置は、過去の戦闘データを集積して行われるシミュレーション装置だ。
トリガーを引かれたから弾丸を放つ、とプログラミングされているわけではない。トリガーを引かれると弾丸が放たれる、という過去のデータから、推測が行われ、その予想結果が映像として反映されるのだ。
そして、訓練装置のコクピットは、実際のマギクラフトのコクピットとほぼ同一のものである。
つまり、何が言いたいのかというと……スラスターの安全装置を解除するなんて動作――普通のゲームであればバグ技にあたるようなそんな動作も、再現できてしまっていた。
「おいおいおいおいッ! こなッ、くそッ、がぁぁあああああッ!」
凄まじい勢いで突っ込んでくる敵機にショットガンをバラまく。だがわずかに遅かった。敵機の脚部を打ち抜いたと同時に、敵機の放ったアンカーがこちらの機体へと突き刺さる。
機体がガクンと揺れた。敵機に引き寄せられる。敵機がスラスターをパージしたと同時、スラスターが限界を迎えて爆発する。そして互いの距離が0になる。
0距離で互いにショットガンの銃口を向ける。
だが、こちらのショットガンの銃口へ、敵のWASPナイフが突っ込まれていた。こちらが放った銃弾は、敵機の片腕をもぎ取るのみに終わり……そして、同時。敵機が接射した銃弾が、自機のコクピットを粉砕した――……




