1.案内と仮想訓練
日差しの中、エルは到着したSTAGEの敷地内を歩いていた。
「稲木君。あなたにはこれから、パイロット見習いとしてしばらくの間、訓練を受けてもらう事になるわ」
前を歩く、黒髪をポニーテールに束ねた女性の後に続いて、かなりの道幅がある道路――その脇を進んでいく。
STAGEの本拠地とも言える、壁で四方を覆われたその場所の中は、巨大な建造物が乱立していた。あちこちから訓練中だろう気合いの声や、何かを研磨しているような作業音が聞こえてくる。
エルは案内された寮の自室で一旦荷物を置いた後、施設の説明と今後の生活についてレクチャーを受けていた。
「起床は6時。でもそれは点呼を取る時間で、実際にはベッドをきちんと整えたりしなくちゃいけないから、5時半を目安にした方がいいわね」
言いながら案内されたのは食堂だった。
「食事はその後。トレイを持ったら列に並んで、順番に料理を受け取っていってね」
かなり広い。今はほとんど人は見られないが、同時に二、三百人は座れるのではないか、とエルは目を見開く。食堂もここに一カ所しかない、というわけではなさそうだし……一体何人がこの施設内にいるのだろうか。
「次の点呼は1時間後。だけど思ってるより時間はないわよ。慣れるまでは、結構急いで食べないと間に合わないわ。食事に歯磨き、着替え……それに移動の時間も必要だからね」
食堂を出た二人は、次の目的地へと向かって歩く。
「あなたはまだ学生よね? でも、戦闘が起こった際にパイロットが学校に行っていて市民を守れませんでした……なんて言い訳が通用しないのもわかるわよね?」
二人が辿り着いたのは、味気ない、立方体型の建物の一つだ。入ってみると、不思議と慣れ親しんだ空気を感じた。
「そのための施設が、ここよ。この建物は……まあ、小さな学校だと思ってもらえばいいわ。あなたは午前中の間、ここで勉学に励んでもらう事になるわ」
建物の中の部屋は、外から内が覗けるようになっていた。一学年につき一クラスずつ。制服――学生服ではなく、STAGEの制服を纏った子供達が、これまたSTAGEの制服を纏った教員に講義を受けていた。
「これでも一応、ちゃんとした学校だから安心してね。みんな教員免許も持ってる、れっきとした教師だから」
案内役の女性に続いて教室を回っていく。女性はある教室の前で足を止めた。
「ただ、普通の学校と同じ事だけ学んでいれば良い、って訳にはいかないわ」
その教室で行われていたのは、戦術に関する講義だった。
「他にもマギクラフトについてや、マギアについて……全部、勝つ為に、生き残るために必要な事よ」
「……ええ、わかってます」
不意に掛けられた脅しにエルはこくりと頷く。と、案内役の女性は、「ふふっ」と笑った。
「そんなに固くならなくても大丈夫よ。……さて、次に行きましょうか」
二人は学校を後にし、次の施設へと向かう。
「12時まで勉学をしたら、1時間の昼休憩。食事はまた食堂で摂ってね。そして13時からは、大人達と合流して、パイロットとしての本格的な訓練を受けてもらうわ」
と、丁度。ランニングを行っている団体とすれ違う。
「日によって訓練のメニューは違うけれど、始めは体力作り……ああやって走らされる事が多いと思うから、覚悟しておいてね」
辿り着いた施設は何やら球形の機械が並んだ大きな広間だった。あちこちにディスプレイが存在し、そこでは戦闘を行うマギクラフトの姿が映されていた。が、その中にはマギクラフト同士が戦っている物もある。
「ここは仮想訓練施設よ。実際に戦闘の技術を身につけながら……Gに慣れる事ができるわ」
「ははは……」
エルは思わず身体を擦った。実際に搭乗し、戦い、操縦でどれほどのGが身体に掛かるのかを既に思い知っているのだから。正直、数日間意識を失っていられたのが幸い、と思える程に、戦闘の間は激痛が常に付き纏っていた。
「それで、えーっと。……あ、いたいた」
案内役の女性が手を振ると、気付いた男性が近づいてくる。が、近づくにつれ、エルはだんだんと首を上に向けならなければならなくなった。その男は、身長は二メートル、腕は丸太のように太い、巨漢だった。
彼が一歩足を踏み出すたびに、内から盛り上がった筋肉に、制服がはち切れそうになる。彼はすぐ前で足を止めると、片手を上げて挨拶をする――それだけで筋肉がぼこりと盛り上がった。
「よぅ、お嬢ちゃん。待ってたぜ」
「大賀さん、お待たせしました」
「良いって事よ。そいつは、新人か?」
「ええ」
巨漢の男――大賀は、男はギョロリとエルを見下ろした。その目は、どこか肉食獣を思わせる鋭い眼光を湛えていた。もみあげと繋がって生える髭と相まって、どこか、虎や、獅子のような印象をエルに抱かせた。
エルは自然、身体に力が入ってしまう。と、
「がぁっはっはっはっはッ! そう固くなるなボウズ! オレは新人教育係の大賀っつぅモンだ。これから、お前さんの教育も請け負う事になってる。まあ、仲良くやろうや」
大口を開けて大賀は笑い、ぽん、ぽん、とエルの肩を叩いた。大賀は掌も、ゴツく、巨大で、叩き潰されそうだ、とエルは思った。ますます浮かべた愛想笑いがぎこちなくなってしまう。
「もぅ、ダメですよ大賀さん。あんまり新人の子、怖がらせちゃ」
「すまんすまん」
大賀が手を下げる。と、エルは自分がまだ挨拶をしていない事に気付き、礼をした。
「稲木エルです。これからよろしくお願いします」
「がぁっはっはッ! 礼儀正しいじゃねぇか! ……にしても、そうか。お前さんが……。話は聞いてるぞ。なんでも、一人で、初戦で、マギアの群れを撃退したそうじゃあねぇか」
エルはちらりと案内役の女性へと視線を向けた。なんで知っているのか、という疑問がすぐに伝わったのか、彼女は「ふふっ」と笑う。
「あなた、結構有名よ? まだ顔までは出回ってないみたいだけど」
エルがなんとも言えない顔をしていると、大賀が「よし」と犬歯を剥き出しにして笑った。そして、エルの襟首を掴み上げると、そのまま引っ張って歩き出す。行く先には『更衣室』という案内板が掛かっていた。
「折角だ、ボウズ。一戦交えていきな」
「ちょっ、大賀さん!?」
案内役の女性が慌てて声を上げる。
「稲木君の正式な訓練開始は明日からの予定です! それに、寮のルールや設備の説明もまだ……」
「そうは言ってもなぁ……耳聡い奴らがもう、集まって来てやがるぜ?」
大賀に促されて周囲へ視線を向ける。と、何人ものパイロットと目が合った。誰も彼も、好戦的な目つきをしている。
「アイツ等にお預け喰らわせて帰ると、後が大変だと思うがなぁ?」
エルはそのまま、半ば強引に更衣室へと放り込まれ……。
――コクピットに座っていた。
初めて身に纏ったパイロットスーツの感覚を確かめていると、まだ閉じていなかった搭乗口から声が掛けられる。
「稲木君、大丈夫? 嫌なら、今からでも止めていいのよ?」
案内役の女性が、心配そうな声音で問うてきていた。「ほんとにもうっ……大賀さんったら」っとぼやいている彼女に、「大丈夫です」と返答する。
「……絶対に無茶はしちゃダメよ? まだ操縦用グラスビュアもスーツのセンサーも、全然、調整が終わってないんだから」
「わかってますよ」
案内役の女性は溜め息を吐き、「危ないと思ったら止めるからね」と、エルは言い搭乗口を閉じた。あたりが暗闇に包まれる。
エルは目を閉じ、深く呼吸をした。脳裏に浮かぶのは、命がけでの戦いの事。そして……守った、命の事。アイコの笑顔。
戦いの幕が今、上がろうとしていた。




