若葉初美編①
俺こと葉山旬は意気揚々と屋上への扉を開けたが、それと同時に驚いていた。
屋上は思ったよりも広く、開放的なことに間違いはなかったが、なんとベンチが置いてあったのである。
屋上のベンチで食事とか、まさに青春の1ページを記すにはふさわしい場所だなと思いつつ、そのベンチに近づいてみる俺だったが、途中で脚を止めなければならなかった。
なぜなら、誰もいないと思われた屋上には先客がいたからである。そうベンチで女子が寝そべっていたのである。
まあ、誰かいるかもと考えてはいたが、やはり放課後に、屋上という限られた空間の中で、初対面の人に出会うというのは驚くべきことだった。
気まずいことになる前に帰ろうと俺はしたが、それより早くその女子は起き上がってしまっていた。
そして俺の方を見ると、ぴょんっというような軽快な音が聞こえるように飛び起き、近づいてきた。
俺は動くことはせず、その場に立ち尽くし、ついにその女子と対面することになった。
その女子は口を開くと、こう続けた。
「やあ、君が依頼主かい?ぼくがhandyclubリーダーの紅月火だ。早速で悪いが、詳しい依頼内容を教えてくれないかい?」
「………。え、なんだって?」
それが、俺と紅月火の出会い方だった。
「ん、どういうことだ?君は若葉初美さんじゃないのかい?」
紅は困惑した顔で尋ねてきたが、俺も困惑するしかなかった。
「悪いんだが、俺は今日転入した葉山旬だ。あと、若葉初美さんのことは知らんが、名前的に女子の可能性が高いと思うぞ。」
そう俺が正論を言っても、紅はやれやれといった感じで続けた。
「またまたそんなことを言って。ぼくを騙すことはできないぞ。
最近はキラキラネームとかいうものが流行っているんだろう?そういう輩がいるのに、男の子に女の子の名前をつける輩がいたってなんの不思議もないじゃないか。」
「あと、ぼくが指定したのはこの時間だ。そして、この時間になって屋上にやってきたのは君だけだ。」
紅の理屈に驚きながらも俺は反論するしかなかった。
「いや、紅さん(初対面の女子を呼び捨てにできるほど、俺は気さくではない)の言ってることはわかるんだが、たまたま俺がこの時間に屋上にやって来て、たまたまその若葉さんが遅れてるという可能性もあるぞ。」
「なるほどなるほど、君はそこまでしてぼくを試そうとしてるのかい。
ぼくが言うのは悪いがhandyclubとの連絡はなかなか取れない。普段は書面や暗号でのやり取りで行ってるが、今回は当の若葉初美本人が直接話したいということで、待ち合わせをしているのだぞ?
普通に考えて、そんな輩が遅れてくるというのは余程の事情があったに違いない。」
なんというか、紅のマシンガントークに驚かせながらも俺は反論するしかなかった。
「じゃあ、若葉さんは余程の事情ができたに違いない。早く連絡を取ることをお勧めするぞ。」
「ふふふ、まだぼくを試しているのかい。handyclubリーダーの紅月火をなめてもらっちゃあ困るね。
何もぼくは依頼を受けたら連絡は最低限本人と接触せずにとるが、本人のことは調べないとは言ってないぞ。
若葉初美17歳、バドミントン部、クラスは2-C、友人関係は男女隔てなく多く、成績は中の上、元〇〇中学からのエスカレーター式で入学…」
「ちょっと待て!なんでそこまで調べながら当の本人の性別などの情報がないんだよ!」
むぅ、と言った言葉が似合いそうな顔を紅はしていた。
「そんなこと、ぼくに言っても仕方がないじゃないか。五十嵐が教えてくれなかったんだから。調べたやつに言ってくれよ。」
いがらし?また、新しい名前が出てきたな。
というより、handyclubというのは、結構大きな組織だったりするのか?それならなんでこんな奴がリーダーなんだ?もっと適任な奴がいるだろ…。
そうお互いが困ってる時に屋上の扉は開かれた。
「すいません、遅れました!先生に呼び出されちゃって!」
やっと、当の本人?の登場である…。
そしてあろうことか、紅は若葉初美の方を向いてこう続けた。
「やあ、君が依頼主かい?ぼくがhandyclubリーダーの紅月火だ。早速で悪いが、詳しい依頼内容を教えてくれないかい?」
こいつ、何事もなかったかのように続けやがった…。