神谷忠耀編②
保健室に来たのは、何も体調が悪かったからではない。handyclubの仮顧問である東城夏美先生に会いに来たからである。
正直、これは大きな賭けであった。東城先生に話すというのは、紅に、俺が紅のことを調べているという情報を流すことにも繋がっていたからである。
しかしながら、吹屋纏と連絡が取れない今、彼女しか頼る人物はいなかった。
そう意を決して俺は保健室の扉を開けたのであった。
「失礼します。東城先生はいらっしゃいますか?」
俺は扉を開けて、そう言葉を発するしかなかった。なぜなら、俺は東城夏美を見たことがないのである。
「こんにちは。私が東城よ。今日はどうしたのかしら?体調でも悪くなった?」
そこにいたのは、髪を下ろした、いかにも優しそうな人だった。
この人が、東城夏美か…。と俺は思いながら、言葉を続けた。
「すいません、今誰かいますか?ちょっと人には話しにくいことがあるのですが…。」
「ええ、大丈夫よ。部屋には誰もいないわよ。気軽に話してちょうだい。」
そういいながら、彼女はお茶と簡単なお菓子を用意してくれた。
正直、保健室にはあまり来たことなかったが、これだけの待遇を受けたら、保健室に頻繁に来る生徒がいるのもわかるものである。
「実は俺、handyclubのメンバーの葉山旬って言います。今日は紅月火のことについて伺いに来ました。」
「なるほど、君が葉山くんか。長くなりそうね、ちょっと待ってて。」
そう言って、東城先生は保健室の扉に鍵をかけたのだった。
「先生はhandyclubの仮顧問をしてらっしゃると聞いたんですけど、それはなぜですか?」
「あら、私のことを聞きにきたのかしら?紅さんのことじゃなかった?」
「すいません、話の切り出し方がわからなかったので…。すいません、そこからお願いします。」
なかなかくえない人だなと思いつつも、俺は東城先生の言葉を待つしかなかった。
彼女は困った顔をしながら、続けた、
「うーん、なんていうか難しいわね。どうしようかしら、その質問。そうだ、こうしましょう!」
東城先生はいいことを思いついたという感じで、こっちを見ていた。
「あなたがどうやって、handyclubに入ったかは紅さんから聞いたわ。それと同じことをしましょう。」
俺は困った顔をするしかなかった。彼女の言ってることがよくわからなかったからだ。
「つまりね。今の段階でわかってる紅さんのことを教えてくれないかしら。それ次第で、私の話すことを決めるわ。そうすれば、私が紅さんに怒られることもないしね。」
なんともうまいこと持って行かれた気分である…。要は俺が何を言っても彼女からは新たな情報を得るという確信はないのである。
「ふふふ。なんだ、俺にメリットがないじゃないかって、顔してるわね。大丈夫よ。先に宣言しておくわ。私は嘘をつかない。それに、あなたの考えが確かなものに変わるというだけでも大きいと思うわよ?」
よくよく考えればそうである。まあ、それしかないのなら仕方がない。俺はその要件を飲むことにした。
「それじゃあ、お願いします。途中口を挟んでも構いません。むしろなぜそう思ったかを話せるのでその方がいいかもしれません。」
「ドキドキするわね。そうだ!あなたの話が全部あっていたらご褒美をあげる。もちろん、あなたに有益になることよ。」
なんとも舐められていた。しかしながら、俺は話すしかなかった。この短い間でわかった紅月火という人間のことを。
「まず、俺が紅月火という人物に違和感を抱いたのは、彼女の学校以外での様子でした。」
「どういう意味かしら?環境の違いで振る舞い方を変える子はたくさんいるわよ?」
そう、東城先生の指摘は当然である。しかし、そこに俺は違和感を感じていた。
「確かに、そのような人間は多いと思います。しかしながら、俺は買い物先で彼女を見かけました。その時、彼女は自分のことを私と話し、俺と目があっても完全に無視でした。」
「始めは、学校と家では振る舞い方が違う奴なのかなと納得してました。しかし、他にも彼女にはおかしな点がありました。それが連絡先のことです。」
「連絡先?どういうことかしら?」
そうあれは紅から連絡先を教えてもらった時である。
「彼女から俺は連絡先をもらいました。しかし、彼女は家にいるときは必ず出ないと言いました。そういうポリシーの人間がいると考えると納得できます。だけど、この時、別の見方が見えてくるんです。」
「別の見方ねぇ…。学校では学校の姿、家では家の姿を持っている、とか?」
東城先生はいいことを言ってくれている。
「そうです。まるで学校での紅と家での紅はまるで別人だというふうに考えれば納得できます。
しかし、次に、俺が紅に違和感を抱いたのが、先日の精神病院の件でした。」
「その話は聞いてるわ。なかなか、少女漫画のような熱い話だったわね…。」
この人、handyclubの話を聞いてるんだな。まあ、顧問だからいいのか…。
「紅が病院の看護師と親しげに話していたという氷上の言葉から、俺は紅が病院の看護師と知り合いなのではないかという疑いを持ちました。」
「実際に俺は唐松が入院している病院を訪ねて、紅が来たがどうか聞いてみると、看護師さんはすぐに名前を出しました。」
「それだけじゃあ、わからないわ。印象深い見舞客なだけなのかもしれないわ。」
先生は的確についてくる。だけど、俺の中での結論はもう出ていた。
「いいえ。その時、看護師さんはこう言ったんです。最近お母さんとではなく、お友達と来ましたよって。つまり、紅は母親と精神病院に来ていた、ということになります。」
「なぜかしら?それだけじゃあ、お見舞いに来ていたのかもしれないし、母親の付き添いで来ていたかもしれないわよ?」
その疑問は当然である。だか…。
「あの病院、見舞客もしくはお見舞いの品を持ってきたお客さんには名前を書いてもらってるんです。だけど、そこには紅の名前はなかった。つまり、見舞客であるという線は消えます。」
「また、母親の付き添いという件も普段の行動から消えます。母親にそういう症状が出ているのなら、普通すぐに帰るでしょう?だけど、あいつは割と学校に残っているし、夜遅くまで時間をつぶしたりしている。ということで、紅自身が病院に通ってると考えました。」
「………。」
東城先生は何も言わなかった。俺は続けるしかなかった。
「このことから導き出した俺の答えは、紅月火、彼女は二重人格者であるということだ。」




