審判
加護を与えた、だって?
いま、こいつはそう言ったのか?
「せっかくの家族水入らずの再会に余計な茶々を入れないでくれないかな? 『破滅』」
母さんはそう言って、死神くんを鋭く睨んだ。
死神くんは、それを無視してぼくに語りかける。
「まあ、おれは最初からおまえ自身には出来っこないって分かり切っていたけどな。何しろ、おれはおまえで、おまえはおれだ。だから、おれにも、ましてや、おまえの能力になっちまった姉ちゃんにもそいつは殺せない。だが、そう悲観することもない。思い出してみろ。
おまえはどうやって、ミカエル・ブラックを始末したんだ?」
ぼくは、はっとなった。
ぼくは、彼を始末したときに一体なにをしたんだ?
答えは出ている。
ぼくは、その場で強く念じる。
この星に害を為すモノを撃ち滅ぼす星の抗体を呼び出すために。
ぼく達の眼前の何もないはずの空間がバリンと罅割れ、虚空が開く。
母さんがぼくと妹を抱えたまま、その場から飛び退いた。
「なんだ? あれは………」
やがて、そこから這い出てきたモノを見るなり母さんはそう呟いた。
天使だ。天使がそこにいた。
輝くような金髪を腰まで伸ばし、背中には三対の翼が神々しく生え揃い、肌は透き通るように真っ白だ。
衣服を何も纏っていないため、慎ましい胸が露になっているが、それが更なる神聖を天使に与えていた。
だだ、その瞳だけが、果てのない虚ろを湛えていた。
「さて、取引だ。『興隆』。いや、虹村皐月」
死神くんは、母さんに向かってそう言うと顕現した天使の肩に手を置いた。
「以前、あんたはおれに『おまえはなんだ? わたしの息子に何をした?』とそう訊いたな。その問いにこの場で答えてやるよ。
おれは、この星の人格である〈世界〉だ。
あの事故―――いや、故意に引き起こされたんだから事件と呼ぶべきか? まあ、いいや―――のおかげで、だいぶ不安定になった榊蒼太の意識に潜り込んでおれはそいつと同じ存在になった。
その結果、おれは、そいつの能力になってしまったがな。
つまり、そいつはもうおまえたちがクリーチャーズと呼ぶ存在と同等になっているっちゅうことだ。
さて、取引はここからだ。
そいつが欲しいなら、おれに協力して、この星を蝕む病を完治させることだ。意味は解るか?」
母さんはきょとんとして死神くんのことを見ている。
顔に何を言っているんだ? こいつは、と書いているように見える。
死神くんは続ける。
「要するにおれと組んで悪性新生物に成り下がった人類を滅亡寸前まで追い込んで欲しいんだよ。
兄弟は勘違いしていたようだから言っておくが、別に絶滅させなくても、その寸前まで追い込んでくれればそれでいいんだ。
厄介なのは奴らが構築した集団的無意識だからな。
それさえ何とかできれば、おれはこの星を修復させることができる。
まあ、そのためには、一度その子に死んでもらわないといけないがな」
母さんは、何を馬鹿なことを、と呟くとその場から消えた。
次の瞬間には、死神くんの目の前に立ち、
「わたしの攻撃をきみはちゃんと受け付けるみたいじゃないか。あのときみたいに制限を掛ける要領で攻撃すれば―――」
「無駄だよ」
死神くんがそう母さんの言葉を遮った瞬間に天使の目が大きく見開かれて衝撃波が生じる。
母さんはそれに吹き飛ばされた。
妹がママ! と叫び母さんに駆け寄る。
死神くんは、ふう、と溜息を吐き、
「あんたはあのときこう思ったはずだ。『こいつは息子の能力みたいだが、出自が良く分からない。だが、わたしの攻撃は普通に通用する。ということは、わたしの全力の攻撃で滅ぼすことができるのではないか?』ってな。
制限を掛けに来たときは、あんた一人だったし、兄弟を攫いに来たときはその子も一緒だったが、おれはあんたから逃げ回っていたからな。そう思うのもしょうがないってもんだ。
だがな、あれは、まだ、兄弟が目を覚ましていない状態で、尚且つおれのことを認識していなかったからなんだよ。いまは違う。
兄弟はおれのことをきちんと能力として認識しているからな。
もう、あんたに制限を掛けられたり、ましてや、消されるなんてことは有り得ないんだ」
要するに、あんた完全に詰んでるんだよ、と厭な笑みを浮かべて言った。
母さんは悲壮な表情を浮かべ、
「それじゃあ、さっきのきみとの取引とやらを断った場合、この子達はどうなる!?」
ヒステリーを起こして死神くんに怒鳴りつけるようにそう言う。
「そりゃあ、決まってんだろう? 決着が付くまで戦うことになるだけだ。確かにおれ達には、この子は殺せないが、戦うことはできるし、あんたらが化物だと呼ぶ存在を差し向けることだってできる。
今回のは、最後通牒さ。
取引が破綻すれば、それで終わり。
後は決着を待つのみだ。
兄妹のどちらかが死に、どちらかが生き残るという決着が付くまでな」
死神くんは、厭な笑みを貼り付けたまま答える。
「そんなの嫌だよぅ! 僕、そうちゃんと一緒にいられるなら、なんでもする! 僕は何をすればいいの?」
妹は母さんを介抱しながら死神くんに向かいそう訊いた。
母さんは、暗い表情を浮かべたまま黙り込んでいる。
死神くんは妹に向かうと、
「なに、大したことじゃあない。ここにいる天使にちょっとばかり喰われてくれるだけでいい。そうすりゃあ、余計なしがらみから開放されて、ずっと大好きなお兄ちゃんと一緒にいられるようになる」
今度は無邪気な満面の笑みでそう答えた。
「ふざけるな! おまえの話は根拠のない出鱈目だろう? そこにいる化物にわたしの子供を喰わせるだって? 戯言も大概にしろよ。喰われたところで碧は死ぬだけだろう!?」
死神くんを思いっきり睨みつけて、母さんはそう怒鳴り散らした。
それに死神くんはやれやれ、と肩を竦めて見せる。
ぼくは死神くんに助勢することにした。
「ねえ、母さん。アイリ・ブラックって名前は聞き覚えない?」
母さんは少しだけ驚いた表情を見せたが、
「ああ、有能なテレポーターだったよ。でも、きみ達が殺してしまった」
すぐにそれを引っ込めるとそう答えた。
ぼくは続ける。
「そうだね。ぼく達は一度彼女を殺した。だけどね、母さんもアイリを殺しているんだよ」
母さんは、怪訝な表情を浮かべる。
まるで、ぼくの言葉が理解できない、とでもいうように。
ぼくは続ける。
「母さんが殺した妖精さんが使っていたセミ・オートマに見覚えは? というか、何故、彼らが本来人類特有の能力なはずのCU能力を使えるのか疑問に思ったことはないのかい?」
母さんは目を見開いた。
勘付いたようだ。
「まさか、連中は喰った人間の魂を取り込んでいるのか?」
「CU能力者限定みたいだけどね。正確には、人格と能力をそのままトレースさせて、人類に対する敵愾心を植え付けてる、らしい」
母さんの回答にぼくはそう付け加える。
母さんはゆっくりと口を開く。
「きみの言わんとしていることは分かったよ、そうちゃん。だけどね、それは本当にそのひと本人が生きていると言えるのかな? 記憶と人格は確かにその人のものかもしれない。けど、本当に〈それ〉をそのひと本人と言っていいのかな? もし、それが本人だという定義になるのだとしたら、それは、ある意味その人間が生きてきたことのすべてを否定することになりはしないかい?」
母さんはクローン技術の非倫理性のようなことを言いたいのだろうか?
ぼくはおかしくて笑いそうになるのを堪えながら言った。
「それは母さんにも言えることだろう? 『母さんは本当に母さんなのかい?』とぼくが訊いたところで答えは決まっている。それでも、母さんは母さんなんだろ?
違うかい?」
母さんはそのまま黙り込んでしまう。
「それにね、本当にそれが自分自身かなんて他人が決めていい問題じゃない。
それを決めるのは、いつだって自分なんだよ。自分が生きてきた証だってそうだ。
他人に外注していい話じゃない。
これは、どこまでも自己完結的で極めてプライベートな問題なんだ。
だから、どうするか決めるのは碧の判断に委ねられるべきだよ。
碧もそう思うだろう?」
ぼくが妹に問い掛けると彼女はうん! と元気よく頷いた。
「じゃあ、どうするかは碧が決めるんだ。その決断をぼくは受け入れる。母さんはどうなんだい?」
ぼくの問い掛けに母さんは誰よりも深い溜息をついて言った。
「それじゃあ、わたしも碧の決断を受け入れることにするよ。他でもない彼女の人生だ。わたしが図々しく口を出す問題じゃない。だけどね、碧。これだけは言っておく。
決して後悔だけはすることのないようにしなさい。わたしが言えるのはここまでだ」
はい、と頷きながら返事をすると碧は天使のところまで歩いてこう言った。
「天使さん。美味しいかどうか分からないけれど、どうか、僕のことを食べてください」
天使は目に虚ろを湛えたまま反応しない。
ぼくが命じるまで動かないようになっているからだ。
妹がぼくの方を向き、
「そうちゃん、手を握ってて」
そう言ってきたので、ぼくは彼女のところまで歩いていき、その手を握った。
少し震えている。
やはり怖いのだろう。
誰だってそうだ。
喰われるのは怖い。
ぼくはやさしく妹の頭を撫でてあげた。
「大丈夫だよ。ずっと一緒だから」
妹は泣き笑いになり、
「ありがとう。そうちゃん」
と言った。
そして、儀式は始まった。
★ ★ ★
それから、ぼく達は姉さんと合流した。
姉さんはどういう訳か金村医師と一緒だった。
姉さんは準備のいいことで、淡い青色のドレスを持ってきていた。
妹は今現在それを着ている。
金村医師―――つまりは父さんが妹の姿を見て発した第一声がこれだった。
「これは、一体どういうことだ? まさか、裏切ったのか? ………そうか、それが、君達の選択か。
だが、俺の目が黒いうちはそんなことを許すと思わないことだな!
―――と本来の俺の立場なら言わなければならないのだがね。
訊けば、別に人類を滅ぼす訳ではないみたいだしね、それさえ分かれば俺がとやかく言う話じゃない。
君が作る次の世界でも人類はちゃんと存在しているのなら、俺はかまわないよ。
むしろ、滅多に得られない知識を得るチャンスじゃないか! 最高だね」
などとハイになりながら言う彼をぼく達は冷ややかな目で見ていた。
まあ、この人はすでに倫理的・道徳的思考というものは存在していないのだろうから、別にいいのだけれど。
次にぼくは姉さんに思いっきりビンタされるハメになった。
ぼくが、―――姉さんを救うためとはいえ―――約束を勝手に破り自殺しようとしたのが、余程、頭にきたみたいだった。
だから、ぼくはぼくが犯したすべての罪について姉さんに謝罪した。
「ごめんよ、姉さん」
「分かればいいのよ。わたしの弟君」
「そうじゃなくて―――」
「あなたの言いたいことは分かっているわ。でも、それはすべてが終わってから話しましょう。
大丈夫、一番厄介な要素は取り除いたのだから、すぐに終わるわ。
そのときに、ゆっくり話しましょう」
そして、ぼく達は戦場へと向かった。
ワシントンの街は混乱を極めていた。
ぼくが『興隆』の能力者をなんとかするための時間を稼ぐために、この地に投入された星の抗体とワシントンが誇る政府軍によって街は混乱を極めている。
まるで、最終戦争を見るようだった。
或いは、終末の日か。
まあ、どちらでも同じことだけれど。
『わいの姿が正面から見える奴らは今すぐ避難せえよ。でかいの一発かましたるからなぁ。巻き込まれても知らんでぇ』
大迫さんの声が頭の中で響き渡った数秒後に遠くで閃光が瞬き轟音が響いた。
蛇形態の発電能力と大迫さんがもともと使えるブレスを組み合わせたレールガンをぶっ放したのだ。
まともに喰らえば、どえらい事になるだろう。
恐ろしいことだ。
「あと、数分で決めないと奴らえらいことをしでかすぞ!」
母さんが死神くんにそう告げる。
母さんはなんと未来予知ができるそうで、それは、任意で見れる訳ではなく、突発的なものだそうだ。
ちなみにすべて妹の危機的状況に関するものらしく、妹の身に危機が訪れそうになるとその具体的な状況を見ることになるらしい。
あのとき、アイリを殺したのも、その予知が働いてのことだったのだとか。
「わかってる。すぐに終わる」
死神くんはそう答えると姉さんに手を差し出した。
「姉ちゃん。これで、終わりだ。準備はいいか?」
それに姉さんは愚問よ、それ、と鼻で笑いその手を取った。
すると、死神くんと姉さんを中心に冷たい光が溢れ出した。
それに合わせるように母さんからも暖かい光が溢れ出す。
冷たい光は人類に破滅を。
暖かい光は星の抗体に興隆を。
それぞれに齎すために輝きを増している。
ぼくは妹と手を繋ぎその―――幻想的とも言える―――光景を見ていた。
やがて光はワシントン中を包み込む。
そして、世界は死に満たされる。
人々は死に続け、それは留まることを知らない。
喰われて死に、焼かれて死に、潰されて死に、切断されて死に、首を吊って死に、あるものは前置きもなく事切れる。
ワシントン中で混沌が人々を飲み込んでいき、やがて、秩序が生まれる。
「よし、もういいだろう。『修復』プログラム起動」
死神くんがそう言うと世界が白に満たされた。
何もないまっさらな白に。
こうして、世界は終わりを告げた。
次で、完結です。長かったような短かったような…。




