皇帝
今回は、結構長いです。
「それにしても、可愛い格好をしているじゃないか。女装が趣味だなんて知らなかったよ」
医師はそう言うと片手に提げたパイプ椅子を広げて、それに腰を落ち着けた。丁度、ぼくと彼女と医師でテーブルをコの字に囲むようになる形だ。
ぼくは彼の名前を思い出そうとしているのだけど、なかなか記憶の海の中から見つけ出せずにいた。
ぼくとしては医師で全然かまわないので、別にどうでもいいのだけれど。
彼女は医師の発言に少しにやけて、
「確かにかなり可愛らしい格好をしてるねえ。写真を撮ってあの子に見せたらすごく喜ぶだろうね」
そう言いながらスマホで写真をパシャっと撮り始めたのだった。
ふ~う、だいぶイライラしているのが自分でもわかる。
マジで怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られたが、ここは我慢しよう。
ぼくは口を開く。
「………そろそろ本題に入りませんか? あなたたちは一体、何が目的であの事故を引き起こしたのですか?」
「そのまえに、少し身の上話をしよう。どうせ君は俺の名前すら忘れているだろうからね。
俺は、金村悠司。日本に設立されたある研究機関の人間だった。
その名も七三一研究機関。
蒼太くん、きみは満州第七三一部隊という名に聞き覚えはないかい?」
………こっちとしては、さっさと本題に入って欲しいんだが、しょうがない。付き合ってやろうじゃないか。
七三一部隊といえば、第二次世界大戦中に細菌兵器の研究をしていた部隊だったとぼくは記憶している。
かの部隊を題材にした、かなり悪趣味なスプラッタ映画も作られていたはずだ。
ぼくがそう答えると、満足そうに頷きながら続ける。
「そうだ。その七三一部隊だよ。
かの部隊は細菌兵器とは別で、ある研究にも着手していた。
結局、戦時中にその研究が花開くことはなかったがね。そのまま、歴史の闇に葬り去られるのを待つばかりかと思われた。
だが、終戦後にその研究内容がアメリカに評価され七三一研究機関が設立された。
正直、日本が本格的に復興することができたのは、かの部隊が残した研究成果が大きいだろうね。
何しろ、その研究のおかげでアメリカから莫大な資金を引き出すことに成功したのだから。
かくして七三一研究機関は潤沢な資金源を得て爆発的な勢いで成果を挙げていった。
しかし、その研究は決して表の世界に出てくることはなかった。何故なら、すべては日本の日本によるアメリカのための研究だったのだから。
まあ、研究者にとってそんなことは本当にどうでもいい話だがね。自らの知りたいことをとことん研究し尽くすことの出来る場所さえあれば、他は何もいらない。それが、本当の研究者というものだからね。
そして、研究は俺が機関へ入る頃には大詰めを迎えていた。
その研究はね―――」
「超能力。つまり、CU能力、ですね」
ぼくは、金村医師の言葉を遮ってそう言った。
聞いているうちになんだか話の展開が読めてきたからだ。
金村医師は咳払いを一つすると気を取り直し、話を続ける。
「そうだ。そうだよ。超能力―――CU能力の研究だ。
ということは、君はかの能力の存在を知っているのだね。ならば、話は早い。
その頃の研究テーマはすべてが自動的に運用される能力者を生み出すことだった。
当時は二種類の能力形態が確認されていた。
手動操作型と自動操作型。
まあ、今で言うマニュアルとセミ・オートマのことだが、知っての通りセミ・オートマは自動型と呼ぶには些か勝手が悪すぎる。だから、本当の意味での自動的な能力というのを見つけるためにみんな躍起になっていたのだが、やはりそうは簡単にはいかなかった。
だから、こう考えることにしたのだよ。
存在しないのならば、作り出せばいい、とね。
だが、研究は困難を極めた。
何せ新種の能力者を生み出すなんて初めての試みだからね。能力の素養があるかどうか調べる研究も狙った性質に能力を発現させる研究もとんとん拍子で進んだが、こればかりは本当に難しかった。
そんなものは作り出せないと諦めかけたその時だった。
あの二人の子供を見つけたのは。
彼らは実に不思議な子達でね、能力の素養は見られるのに、能力発現促進剤を使っても一向に効果が現れない。性質操作もまったくと言っていいほどに受け付けなかった。まるで、最初から発現する性質が決まっているかのようだったね。まったく、俺たちは二人の子供を前に自信を失い掛けたよ。今まで培ってきた技術のすべてが彼らの前には通用しなかったのだからね。
だが、同時にこれはチャンスだ、とも思った。
もし彼らが能力を発現させたその時、我々の望んだ能力者―――CU能力、オートマチックを生み出すことができるのかもしれないのだからね。
俺たちは二人に専用の部屋を与え、そこでの彼らの動向を絶えずチェックすることにした。
二人は何をするにしても一緒だった。
飯を喰うのも、遊ぶのも、風呂に入るのも、寝るときまで、とにかく一緒に行動していた。
まるで、お互いがそうしなければならないと強迫観念にでも駆られているようだったね。
これは、このまま成長したらさぞ困ったことになるだろうと思ったが、別にそんなことはどうでもいいんだよ。
今度は、二人一緒に面談してみることにした。
一人は、片割れのほうに異常な程の執着心を示していたよ。その子のすべてが自分のものにならないと気が済まない、といった具合だった。
一人は、片割れの子を非常に大切にしていたようだったね。ひょっとしたら自分が守ってあげないといつか壊れてしまう、と考えていたのかもしれない。
後者の子の時折見せる虚無的な瞳が印象的だったよ。
片割れには、絶対にその瞳を向けることはなかったけどね。
そこで俺たちは閃いた。
彼らを引き離しまったく違う環境で生活させれば、その負荷によって能力が発現するのではないか? とね。
前者の子を手元に残し、後者の子は政府お抱えの腕のいい殺し屋に預かって貰うことにした。
その殺し屋の名は―――」
「藍原夕。ぼくの師匠にして、ぼくの育ての親ですね」
金原医師の言葉を遮り、またしてもぼくは口を開いた。
彼は今度は思いっきり破願し、そうだ、とだけ言った。
なんてことだろう。彼の身の上話と思って聞いていた話が実はぼくの出自の物語でもあっただなんて誰が想像できただろうか? 現実は小説よりも奇なり、なんて言葉があるが、この瞬間ほどその言葉が身に染みたことはない。
金原医師はさらに続ける。
「手元に残した子はすぐに能力に目覚めてくれたよ。その時には、発狂寸前だったがね。何せ一番大切な人物から引き離されたんだ。無理もない。恐らくは自己防衛本能が働いたのだろうね。あの子には常に誰かが付いていなければならなかったんだ。それも、自分の認めた他でもない誰かが。だから、あの子はそれに見合った人物を作り出すことによって自らの破滅を防ごうとしたのだろう。
そうして生まれたのが、そこにいる彼女だ」
金村医師は、不敵な笑みを浮かべ続けるスーツ姿の女を指差し、さらに続ける。
「彼女は今までにないデータを示してくれたよ。
他の種を寄せ付けない能力の強力さに加え応用力は本当に圧倒的だった。
俺の今まで信じてきた世界が見事なまでに吹っ飛んだ。
新しい知識を得るとはつまりはそういうことだ。
いままで支配していた観念の破壊、そして、別の観念が創造されていく快感。
知識とはある種の麻薬だ。
そして、俺たちはその麻薬に冒されたジャンキーだ。
俺たちはそれを求めて謎を探求し続けるんだ。
だから、自然と俺たちの興味はなかなか能力の発現しない君のほうに向いていった。
彼女には徹底して辛い環境をオーダーしていたのだが、君はあっさりそれに適応するばかりか彼女にすっかり懐いてしまっていたようだったらしいね。
まあ、それはいいんだよ。
問題はその後だった。
君は自らの手で彼女を殺しておきながら何故か能力に覚醒していないと思われていた。
この意味が分かるかい?」
ぼくは、首を横に振る。
金村医師は続ける。
「ようやく本題に入ることが出来るね。
つまりね、あの事故は君に能力を覚醒させるための実験だったんだよ。当時は俺たちも本当に君が能力に未だ覚醒していないと思い込んでいたんだ。
だから、実験を強行することにしたんだよ。
そのための手配を俺がして、彼女―――シアンが実行した。
俺の他人の人生を小説として読み、ある程度は書き換えることのできる管理権限と彼女の―――というか彼女、『興隆』を用いてね」
そう言うと金村医師は、どこからともなく一冊の本を取り出した。
金村医師は続ける。
「ちなみに俺の能力は厳密に言うとCU能力のどの種にも当てはまらない。人から人へと受け継がれてきたある意味、人類の歴史そのものだ。
以前、君を診察していたときもこいつを読んでいたんだよ。
まさか、彼女に改竄されていたなんて思ってもみなかったがね。
俺が能力を受け継いだのもあの実験の直近のことだったからね。能力の不安定さなんかをまったく考慮できなかったと言う事情もあるんだが。そんなことは、どうでもいい話だね。
そして、実験は決行された。
俺は君の両親の運命を能力で改竄し、事故を起こさせてシアンに君の救出をさせた。
そして、君の能力がもう一人覚醒し、あの未曾有の惨事が引き起こされた。
君が覚醒させたあの能力は性質が悪すぎた。
あろうことか能力の二人が結託して一つの意思を持ち出したのが最悪だった。
つまり、破滅。
俺たちは本拠地へ逃げることにした。つまり、アメリカはワシントンの国防総省に。
本当に手に負えないと判断したからだ。
彼らは日本の人口の約四分の三ほど虐殺し終える―――といっても、派手なことはせずゆっくりと目立たないように運命改変を使って殺して殺して殺しまわっていたようだったが―――とようやく落ち着きを取り戻したようだった。
その隙を狙い、シアンが片割れのほうに制限を掛けてくれた。
あとは、物量作戦でなんとか鎮圧できるかと踏んでいたんだが、そう甘くはなかった。
そう、あの化物どもの登場だ。
あれのせいで俺たちはワシントンに引き篭もることを余儀なくされた。
これが、すべての真相だよ。蒼太くん」
頭の中が空っぽだった。
彼らの言うことが本当だとしたら、姉さんは―――
「それより、あの化物どもはなんなのか教えてくれないかい? そうちゃん」
スーツ姿の女―――シアンがぼくにそう訊く。
まあ、いいだろう。ここまで、懇切丁寧にいろいろと教えてくれたんだ。ぼくが彼女たちに色々と話すのも吝かではない。だが―――
「いいでしょう。そのまえに、あなたがオートマチック能力だと言うことを確認させて欲しい」
ここに来る前に香月に頼んで作ってもらった小型の仕込みナイフ―――金属探知機に反応しないやつ―――を投擲する。
ナイフは彼女の眉間に突き刺さり、そのままぐったりと動かなくなった。
かと思った次の瞬間には、ナイフがこちらに飛んできたので、首を少し横にずらして避ける。
ぼくの頭があった場所にナイフが突き刺さる。
「お見事。ていうか、レディに対していきなりそれはないだろう? そうちゃん」
まったく無傷の状態でシアンは笑いながらそう言った。
ぼくはソファに突き刺さったナイフを回収しながら、シアンを無視して金村医師に話掛ける。
「人の人生を小説として読むことのできる能力、と言いましたよね? 眉唾にしか聞こえないんですけど本当なんですか?」
ぼくの問い掛けに金村医師は肩を竦め、
「なんなら、読んでみるかい? 君の人生だけは閲覧できないようになっているけれどね」
本を差し出してきたので受け取りぼくはそれに目を通す。
★ ★ ★
ミカエル・ブラックは先程、不正ID使用容疑で逮捕した春青柳と名乗った少女をペンタゴンから支給された愛車に乗せてワシントン中を疾走していた。
訊けば東のほうで保護された日本人だという。
日本。
圧倒的な技術力で栄華を極めたかの国も今では化物どもの巣窟だ(と思われている)。
昔、日本に向けて核ミサイルを撃とうとした国がいくつか存在したが、そのすべての国があっけなく滅んでしまった。撃とうとした瞬間に何故かミサイルが爆発を起こし、チェルノブイリと同じ運命を辿ることになったからだ。
それ以来、かの国には手出し無用と言う不文律が出来上がった。
そんな、ある種の魔界と化した国からこの娘は逃げてきたというのだ。辛くなかった訳がない。
それでも、笑顔を振りまく彼女の健気さにミカエルは心を締め付けられる思いだった。
(辛いなら泣いてもいいのにな)
今日はこの娘のためにあちこちを愛車で回るつもりだ。
(これで、傷ついているはずの彼女の心を少しでも癒すことが出来ればいいのだが………)
ミカエルは不思議と妹のことを思い出していた。
発現した能力が珍しいセミ・オートマの転移だったため、未成年ながらも政府軍に仮所属しているアイリ・ブラックのことを。
彼女も任務で日本へ行くと言っていたのを思い出す。
(あの子に限ってそんなことはないと思うが………。無事に帰って来いよ、アイリ)
しかし、さっきから彼女の口笛が奏でるメロディが妙に心地良い。
なんだか、眠気すら誘うほどに優しいメロディだ。
春は口笛を吹くのをやめて心配そうにミカエルを見つめると、
「大丈夫ですか? 少しお疲れのようですね。あそこに丁度いいスペースがあります。車を停めてお休みになられた方がいいと思いますけど」
路肩の方を指差し、そう提案する。
ミカエルはその提案を素直に受け入れ、路肩のスペースに愛車を停めるとすっと安らかな眠りにつくのだった。
★ ★ ★
ミカエルさんの直近の記憶が小説として描かれていた。
「そいつは、読む者の知っている人間の人生しか閲覧できないようになっている。閉じるたびに君の知っている人間の人生を読むことができるはずだよ。試してご覧」
金村医師はそう言ったが、ぼくは首を横に振りながら本を返した。
そうか、と呟き金村医師は本を受け取る。
この小説には、冒頭部分―――つまり、ミカエル・ブラックさんが生まれてから今に至るまでのことがずっと小説になっているのだが、読むのがあまりにもめんどくさいため、ぼくの知っている彼の人生の描写部分で確認を取ることにした。
ていうか、やっぱりこの人アイリの肉親だったんだな。
同姓同名の可能性を考えていたが、これではっきりした。
それにしても、この小説の文体は一体なんなのだろうか? 素人が書いたのが一目で分かる。
こんなのを小説投稿サイトに掲載しても評価されないだろう。きっと、感想すらもらえない類のやつだ。
間違いない。
まあ、どうでもいいや。
そういえば、さっきシアンが気になることを言っていたな。
確か、あの化物どもはなんなのか教えてくれないかい? とかなんとか。
彼らは星の抗体となってしまった人たちと会話を交わしたことがないのだろうか?
ぼくが逆にそう訊ねると二人とも驚愕の表情を浮かべていた。
「君はそれを本当に言っているのか? あの化物どもと会話が出来ると本当にそう言っているのか?」
金村医師のそんな問い掛けにぼくは溜息を吐き、
「じゃなければ、ぼくは恐らく彼らに殺されていると思いますけど。一体、ぼくが日本でどうやって生き残っていると思っていたんですか?」
重要なことはあえて言わずにそう訊きかえした。
「まあ、奴らが君に手を出さないというのは分かっていたことだったからね。そんなことより、これを見て欲しいんだが」
そう金村医師は言うと本の表紙をめくり、開いた状態の本をぼくに向けた。
それには、こう書かれていた。
榊蒼太
星の免疫機構に取り込まれたため、表示されません。
このまま放置しておくと人類に多大な損害を与える危険性があります。
管理者は早急に対応をしてください。
「正直、俺はこれを見たときに君は殺すしかないのかな? と思ったがね。彼女らならなんとかできるかも知れないと言うんだよ。君はどう思う? 榊蒼太くん」
金村医師はそう言って本を閉じた。
………そろそろ、切り札を使うときが来たかもしれない。
ぼくは強く念じる。
「よお、久しぶりだな。『興隆』」
「久しぶりね。金村博士」
すると、ぼくの傍らに死神くんと姉さんがどこからともなく現れた。
「………それが、君の答えか。蒼太くん」
心底落胆したように金村医師はそう言う。
「まあ、いいじゃないか。博士。そうちゃんをあの子の許へ行かせてあげよう。どうせ、殺せはしないから。それより、久しぶりに踊ろうか。『破滅』」
シアンの提案にふう、と溜息を吐き金村医師は口を開く。
「ということだ。行き給えよ、蒼太くん。運命の再会を堪能してくるといい。
それよりも久しぶりだね、朱音ちゃん。
いや、藍原夕。
ずいぶんと若返ったじゃないか。えぇ」
え―――
いま、なんて、言った?
「夕、おねえ、ちゃん?」
ぼくは気が付けばそう口にしていた。
ぼくの育ての親の名を。
「大変よくできました」
姉さんはそれだけ言ってぼくに答えた。
ぼくは部屋から飛び出した。
夕お姉ちゃん、いや、姉さんはずっとぼくのそばにいて見守ってくれていたんだ。
不甲斐ないぼくをずっと。
ごめんよ、姉さん。
もう、大丈夫だから。
ぼくはちゃんとするから。
だから―――
他人の人生を小説として読む能力の設定は、私が昔エタってしまった作品からもってきたものです。
誰もやらなかったことをあえてやってみましたww