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女帝

「まあ、こっちに来て座りなよ。美味しいお菓子もあるよ」

 応接セットのソファに座る彼女は、テーブルの上に置かれた様々な菓子を指差しながらそう言った。

 とりあえず、ぼくはドアを後ろ手で閉めると部屋を見回してみる。応接セット以外には何もインテリアは置かれていない酷く殺風景な部屋だった。彼女と向かいあうようにソファが設置されている。ぼくは彼女の言に従うことにした。

 それにしてもとんでもなくアホなことを口走ってしまったものだ。

 どうして、貴女がこんなところにいるんですか? だって? そんなの答えは一つに決まってるじゃあないか。

 彼女が姉さんの言っていたオートマチック能力者―――

「ああ、先に言っておくがね、わたしは本体オリジナルじゃあないよ。わたしこそがその能力だ。残念だったね」

「――――――!」

「きみはまだ、その感覚の扱い方? というのを理解できていないらしいね。ていうか、きみこそこんなところまで何をしにやってきたんだい? っていや別に答えなくてもいいよ。見当はついてるから。まあ、わたしとしては本体オリジナルにきみが接触してもまったく困ることはないんだけどね。………どうせきみにあの子は殺せないだろうから」

 なんだって? 彼女は能力? なんという無駄足を踏んでしまったのだろうか。最悪すぎる。それじゃあ、いままでぼくが追っていたこの感覚は本当に使えない代物ということじゃないか。はあ、なんだか酷く疲れた。例えるならば、ずっと楽しみにしていた映画が、とある事情―――例えば、製作会社の予期せぬ倒産とか―――により延期を余儀なくされた虚無感に近いな。………それにしても聞き捨てならないことを言われたような気がする。

 ぼくはそれに対し口を開く。

「どうせ殺せない、とはどういうことですか? それは、技量的な意味でのことなんですか?」

 まあ、ぼくは夕お姉ちゃんという一流の殺し屋から教育を受けてきた人間だ。

 ぼく自身は一流とは言い難いけれど、それでも人を一人殺す位の技量は持ち合わせているつもりだ。

 彼女はぼくの問いかけに、やれやれ、と肩を竦めて見せて、

「別にそういうことを言ってるんじゃないよ。………もっと根本的な問題さ」

 と含み笑いをするのだった。

 根本的な問題、ねえ。

 倫理的障害、ということだろうか。それなら、ぼくはとっくの昔に解決してある問題だ。伊達に壊れちゃいないんだよ、このぼくは。

 普通の人間なら確かに倫理的な葛藤やらなんやらで、そういう問題が簡単に浮上してくるだろうけれど、考えても見てほしい。そんなまともな人間が殺しを生業にするような環境に身を置いて果たして生き残っていけるだろうか? 答えは、NOだ。あの世界では、そういう人間から真っ先に死んでいく羽目になる。何故なら、咄嗟の判断が要求される場面に置いて倫理的な―――人間として極めて真っ当な感性が足を引っ張ることになるからだ。そして、その一瞬の躊躇が本当の意味での命取りになるのだ。戦場では、いい奴から死んでいくと何かの映画で言っていたような気がするが、つまりはそういうことだ。だから、戦場で生き残る人種は主に三種だ。一つは、先天的に壊れている人間―――つまりは反社会性人格障害サイコパスと呼ばれる手合いだ。当然だろう。やつらは基本的に他人をモノとしてしか認識できないのだから。敵に回すのは厄介だが、味方になったらなったでもっと最悪だ。ああいうのとは関わっちゃいけない、というのが共通認識だろう。………話がかなり脱線してしまったので、軌道修正しよう。

 二つ目は後天的に壊れてしまった人間―――つまりは戦場の過度なストレスで自分の倫理観やら道徳観などを明後日の方角に向けてぶっ飛ばしてしまった連中だ(悪魔に魂を売ったと表現する人もいるだろうけれど)。この手のタイプは主に少年兵なんかに多いらしい。というのは、ぼくが実際に見てきたわけではなくて、詰まる所、夕お姉ちゃんの受け売りだからだ(ちなみにぼくもこのタイプだ)。

 三つ目は神に愛された人間―――つまりは単純に強運の持ち主だ。この手のタイプが一番理想的だろう。そりゃあ、少しは心的外傷後ストレス症候群(PTSD)に悩まされる日々を送ることになるだろうけれど、それでも人間社会にはちゃんと復帰できるのだから。壊れてしまうとそうはいかない。何故って、そりゃあ、殺し殺されという世界を知らない人種のなかにそんなぶっ飛んだやつが混ざると、どうしようもない軋轢が生まれ、それがついには混沌へと変換されて収集がつかなくなるからだ。

 ぼくが、新しい家族に拾われて通った学校で手厚い歓迎―――机や家の玄関ドアの落書き、とか―――を受けたのもそういう事情があるのだった。

 ………また話が逸れた。

 だから、夕お姉ちゃんがぼくを拾ったときに徹底してぼくを壊そうとしたのだ。自分の助手として足手纏いにならないように。そして、いつの日か独立したときに殺し屋として生き残っていけるように。まあ、ぼくが本格的に壊れたのは、夕お姉ちゃんを殺した後だったのだけれど(そのせいで自殺未遂を繰り返していたのだから本末転倒だが)。

 そういう事情があるので、ぼくは根本的な問題――-つまり、他者を殺すことに対して、なにも抵抗がない。対象がぼくより幼い女の子であろうと、きっとぼくは殺してみせるだろう。ぼくはそういうやつだ。

 だから、姉さんのオーダーも―――この状況さえどうにかしてしまえば―――そつなくこなすことだろう。

 サーチ・アンド・デストロイ、だ。

 と、ぼくがそんなことを考えていると彼女が唐突に口を開いた。

「予言しよう。きみは、絶対に、あの子を、殺すことが、出来ない。モラルとか、そんなことじゃなくて、もっと、もっと、根本的な問題だ」

 もっと根本的な問題? 彼女は、一体なにを言っているのだろうか? ぼくの目を覗き込んで彼女は続ける。

「まあ、そんなことはどうでもいいか。それよりも、もっと有意義な話をしようじゃないか。


 例えば、あの夜に起きたあの出来事は本当に事故だったのか?


 とかね。ところできみはどう考えている? あの夜のことを。きみは本当にあれが事故だと思っているのかい? 不自然だとは思わなかったかい? 車から投げ出されたきみ一人だけが無事だったという事実を」

 何故、彼女はこんなことをわざとらしく訊く? 決まっている、恐らくあの事故は―――

「あんたが仕組んだのか? あの事故を」

 ぼくは、彼女を思い切り睨むとそう問うた。

 だが、答えは予想外のところから返ってきた。


「正確には、俺たちだがね。いや、それにしても久しぶりだね。榊蒼太くん」


「………お久しぶりです、医師」

 ぼくは自らが入ってきたドアを振り返り、あの事故があった日にぼくを診察してくれた医師にそう声を掛けた。

 

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