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太陽

 というわけで、ぼくはいまワシントンの街中にいた。

 いきなり、何故? と思うかもしれないが、それは勿論、姉さんの指令だからだ。

 アイリの転移でこの地に送ってもらったぼくは、ぼんやりと周囲を観察する。

 高層ビルが立ち並び、忙しなく車が行き交い、極めつけは、人、人、そして、人。

 久しぶりに人だかりを見ていると気分が悪くなってくる。

「ああ、予定に遅れちゃう―――」

「シケてんなぁ、まったく―――」

「お! 可愛い娘がいたぞ―――」

 これらの言葉はみんな通り掛かった通行人が発したものだ。

 ぼくの体内に存在している翻訳ナノマシンは、ちゃんと仕事をしているらしい。

 翻訳ナノマシン。

 ぼくを誘拐しようとした女兵士によって―――ナノマシン専用注射器にて―――インストールさせられたそいつは、人体と言う名の小宇宙の旅を経て脳血液関門を―――脳が必要とするたんぱく質に紛れて―――突破し人間の言語認識を司る部分へと到着するとそこに定着し、耳に入ってきた言語情報を普段慣れ親しんでいる言語へと変換する。つまり、同じナノマシンをインストールしているもの同士なら―――お互いのナノマシンが通信によって微調整を行い―――言語の違いを気にすることなく会話が楽しめる、ということらしい。

 らしい、というのは、これらの話はすべてアイリから聞かされたものだからだ。

 なぜそんなものをぼくの体に? と訊くと、

「コミュニケーションがとれないよりかは、とれてた方がいいに決まってんじゃん」

 とのこと。

 まあ、だからこそぼくは、太陽が強力な光と熱を浴びせかけるなか、街中にあった適当なベンチに腰掛、同じように街中に設置された巨大スクリーンに映し出されたニュースショーを観ることができるわけだけど。

 こうしてニュースを観ていると様々なことがわかる。

 こんな事態になっても犯罪―――特にテロ―――はなくならないようだった。

 現在、このワシントンには二つの派閥が存在する。

 まずひとつは、人類相互擁護主義派閥。

 これは、三億まで減ってしまった人類がお互い助け合いましょう、尊重し合いましょう、と集まった結果生まれたものらしい。

 私たちは神の与えた試練をしっかり乗り越えてこうして生き延びることができたのです。つまり、ここにいる人たちは神の国に行く資格のあるものたちです。なので、私たちは皆、大切で貴重な存在なのです。

 いまこそ一致団結し幸福な社会を私たちの手で作り上げましょう。

 あの惨劇を乗り越えた私たちだからこそ、それが出来るのです。お互いを信頼しましょう、大切にしましょう、擁護しましょう、尊重しましょう。

 そして、人類史初の誰もが幸福になれる社会を実現しましょう。

 と、まあ、こんな感じだろうか。

 現在のワシントン社会の九割はこの派閥が牛耳っているそうだ。

 この派閥はキリスト教の信者が中心なのらしい。そう嘯くことでキリスト教に帰依することを狙ったようだが、現実はそう甘くはなかったようだ。

 その考えに反発するように出来上がったのが、民族独立主義派閥だ。

 彼らが主張したのは、それぞれの民族の独立政治だった。

 あなたたちの押し付けがましく、そして、恩着せがましい主張にはこりごりだ。あなたたちは、まず、程々という言葉を学ぶべきだ。程よく助け合い、程よく信頼し合い、程よく大切にし、程よく擁護し合い、程よく尊重し合うべきだ。そのための独立区を我々に寄越せばすべてが円満にことが運ぶだろう。

 お互い、良き隣人で在ろうではないか、とそう主張したのだ。

 当然、彼らの主張は受け入れられることはなく、あるものは刑務所へ、あるもの公共的精神改善施設―――という名の精神病院を兼ねた収容所―――へ入れられお互いが如何にして大切で貴重な存在なのかということを徹底して教え込まれ、完璧に洗脳が終了したかな? という頃合に再び社会に放り出されるのだ。

 その社会の手から命からがら逃げ延びた連中が、この社会は歪だ! ディストピアだ! と叫び、ついにはテログループを組織するまでになったというわけだ(まあ、これもアイリから仕入れた情報だが)。

 このテログループは、潰そうと思えばすぐにでも潰せるらしいのだが、存在してくれると色々と便利―――人々の社会への不満を彼らが請け負ってくれたり、など―――なので、半ば飼い殺しの状態にしているらしい。ある程度、規模が大きくなってくると政府軍が処理を開始してちょうどいいバランスを保つようにしているのだとか。要は、生かさず、殺さず、希望だけチラつかせて、いつか我らだけのユートピアを作ってみせる、というアホな夢をみせてやっているのだとか。まあ、ぞっとしない話だけど。

 それでも、形は歪だが、みんなが一応は満足している社会を作り出すことには、成功している様子だった。本当の意味での理想郷ではないけれど、それでも、みんなが満足している社会。

 そう考えると完璧なユートピアなんてものが存在しないように、完璧なディストピアもまたどこにも存在しないのだな、と心底思うのだった。

 誰もがみんな幸せになんてなれないし、誰もがみんな不幸にもなれない。

 そもそも、人間は、自分が考えるほど不幸でもないし、それほど幸福でもない。

 これは、ラ・ロシュ・フーコーの言葉だが、まさに的を得た発言だと思う。

 つまり、人間が幸福だの不幸だのなんて議論はそもそもが的外れ、という話だ。

 そんな益体もないことをぼんやりと考えていると、やあ、ガール、と声を掛けられた。

 いきなり失礼なことを抜かす奴を思いっきり睨んでやろうとそちらに視線を向けるとの警官と思しき男がベンチの真横に立っていた。

 男が口を開く。

「不正ID使用容疑できみを現行犯逮捕させてもらうよ」

 それを合図に数人の通行人がベンチに座るぼくを取り囲んだ。

「彼らは私服警官だ。おとなしく私たちについて来たほうが懸命だと思うけれど?」

 そう言うと男はぼくに手を差し出す。

 やれやれ、と思いながらぼくはその男の手を取った。

 ようやく、姉さんの指令の第一段階に移行することができるわけだ。

 ぼくは男にエスコートされ、すぐ近くに停めてあったハマーに乗り込んだのだった。

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