謝罪
男視点です
まだ日も昇りきっていない早朝。
目覚めはいいので、目を開けるとすぐに起き上がって伸びをした。
メールを確認しようとして、思い出して手を止めた。
「…ああ、そっか。アイツ、今、行ってるんだっけ」
携帯をベッドに投げ出し、立ち上がる。
適当に朝食を食べ、着替えてバイクに跨った。
別にどこへ行こうというわけではない。
ただ単にどこかへ行きたくなったのだ。
それなりに離れた海。
浜辺近くにバイクを止めた。
ここに、彼女を連れてきたことを思い出す。
目を輝かせてはしゃいでいた。
いつもはわざと子供のように振舞う彼女だけど。
あの時は心の底から楽しんでいた。
思い出して無意識に口の端が上がった時。
「…ん?」
携帯が震えたので見てみると、悪友の電話番号。
思い出を邪魔されてたので、一瞬無視してやろうかと考えたが、それをやってもしつこく電話してくると思ったので諦めて電話に出る。
「…もしもし」
『おはよー!起きてるか、起きてるよなお前なら!そういうことで助けてくれ!』
…相変わらずいきなりすぎてよくわからんやつだ。
そういうことってどういうことだ。
「…説明しろ」
『だーかーらー!助けが必要なんだって!人手欲しいんだ!猫の手でも借りたいんだ!!』
「だったら猫の手を借りればいいだろ」
『借りれないから頼んでるんじゃねぇか!俺のうちは猫がいない!』
「そこらへんの野良に頼め」
『猫アレルギーだから無理!いいから来てくれ、金は払う!』
「当たり前だ、休日を奪うんだから…で、いくらだ?」
『五千…いや、七千払う!』
「…一万だな」
『そこをなんとか八千で…!』
「…いいだろう」
『ありがたい!場所は……』
携帯を切ってから、さっさとバイクに跨った。
今日は一日中悪友の手伝いで終わるだろう。
そう思って小さく溜息。
早く、【今日】が終わって。
彼女が帰ってくればいいのに。
そうしたらまた呑みに行こう。
彼女を誘って。
夫のいる彼女と会ったのは居酒屋だった。
隣で呑んでいたら、酔っ払った彼女に絡まれた。
それから、三日間連続で会って。
顔見知りから呑みに行く相手へ、そして、浮気相手に変わった。
「…ごめんね」
あの時の謝罪は俺に向けてか、娘や夫に向けてなのか。
今でも聞くことはできていない。
いつか聞けるだろうか。
あの謝罪の意味と。
彼女が今、悩んでいることを。
いつか、打ち明けてくれるだろうか。
帰ってきたら聞いてみようか。
彼女を困らせることになるけれど。
ああ、早く彼女に会いたい。
早く【今日】が終わればいいのに。
そう思いながら俺は一瞬目をつぶり、開けてバイクを走らせた。