表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三日曜日  作者: 月桂樹
3/5

無邪気

妻視点です

見慣れた景色。


小さなアパート。その一室のチャイムを押す。

すぐに、愛しい夫が出てきた。


精一杯の笑顔で話しかける。


「久しぶり!元気だった?」

「久しぶりだな」


いつも通りの問いかけ。いつも通りの返事。

 

その優しい笑顔に、チクリと胸の奥が疼く。

でも、笑顔はそのままだ。

何せ、この笑顔とは小学校の時からの付き合いだからだ。

こんな小さな痛みで、歪んだり曇ることはない。


だから、誰も私の心は理解できない。


あの人以外は。


私は、浮気をしている。


居酒屋で会った男。

まだ出会って日が経たない男。

なのに、私の心を何年も連れ添っている夫より、理解してしまう男。


「おい…?」


気が付くと、夫の心配そうな顔。

どうやら少しぼーっとしてしまっていたらしい。


「え、ああ、ごめん。どうしたの?」

「いや…ぼーっとしてたみたいだったから。疲れてるのか?」

「…そうかもね。昨日、ちょっとよく眠れなかったし」

「あんまり無理するなよ」


優しい夫。

何も不満はないのに。満足しているのに。

なのに、なぜ、あの人に惹かれてしまうのだろう。

大好きなはずなのに。気持ちは変わっていないのに。


久しぶりの手料理を、夫はとても嬉しそうに食べていた。

娘が作った手料理だからだろうが、それでも、おいしそうに食べる姿を見ていると嬉しく感じる。


食べ終わって、しばし休んでから買い物に出かける。

毎月のことだ。


今月も、冷蔵庫の中が悲惨だった。


相変わらず、夫は食生活のことは無頓着らしい。

こうやって毎月見に来ないといつか倒れてしまうのではないかと心配になる。


女性服コーナーで色々な服やアクセサリーを見ていた時。

ふと、目に留まったのは黒いブレスレットだった。


あの人に似合いそう。


気付くと、レジの前にそのブレスレットを持って立っていた。

今さら返してくるわけにはいかずにそのまま購入する。

幸い、娘はどこかに行っているので見られてはいない。

まぁ、大人しい娘のことだから、見ても何も言わないのだろうけど。


「…いい服あったか?」

「ううん、今日はいいわ」

「そうか?じゃあ、行くか」


歩き始める夫と娘。

その後を追う。


バッグが、いつもより重い気がする。


それを誤魔化すように夫の腕に抱きついた。


「うおっ!」

「へへ」


無邪気に笑う。


安心しきっているように。

何も変わっていないと。

いつまでも変わらないと、証明するように。


それを見て、夫が笑顔を浮かべる。

しょうがないな、とでも言うように。


子供っぽい。

それが私の形容詞。


皆は知らない。


それを私が作ってることを。


あの人しか知らない。


あの人の前では、無邪気に振舞う必要なんてない。


だから、私はあの人に惹かれているのだろうか。

心の拠り所にしているのだろうか。


私は、彼を利用してるだけなんじゃないか。


いつまでも答えの出ない問いに、私は悩み続けている。


その日は夫の家に泊まった。

泊まると言ったら夫は驚いていたけれど、快く了承してくれた。


久しぶりに夫の横で眠るけれど。

心の片隅は鈍い痛みを訴えていた。


なかなか眠れず。

私は寝返りをうって、夫に背を向けた。




早く【今日】が終わればいいと思いながら。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ