第七話
いや~、なんだかんだ言って国内旅行も楽しかった。
スキー場で年明けを迎え(残念ながら年越しの前に寝てしまった)、その後の二日間も滑り続けた結果、そこそこうまくなった気がする。
最も、最終日に姉と絵里さんの二人と共に中級者用のコースを滑ってみたのだが、あの時はとても怖かった。
何あれ、三十度とか絶対に嘘でしょ。
下から見たらたいしたことがないように見えるのに上から見ると急勾配なように見えるという不思議。
あれは一種の詐欺だと思う。
裁判で訴えたら勝てないだろうか?
とはいえ、一人下りのリフトに乗るというのは恥ずかしくて耐えられそうもないのでしっかりと滑った。
怖がると逆にスピードが出てしまうと言うことを経験上知っていたので、がんばって前傾姿勢を維持した結果、何とか転ばずに滑りきることができた。
滑っている最中は心臓のどきどきが止まらなかったが、滑りきったときの達成感は中々のものだった。
今度来ることになったらもう一度挑戦したいと思う。
ただ、上級者用のコースとかにある凸凹はまだまだ厳しそうだ。
見ていて全然いける気がしない。
それにしても、この家では旅行は海外にしか行っていなかったせいで、国内旅行と聞いてちょっぴりしょぼく感じてたのだが、よくよく考えてみれば、記憶の中で行った国内旅行も基本的に楽しかったし、むしろ、海外旅行とかいった友達をうらやましがっている側だったからな。
若干価値観が狂っていたのかもしれない。
結局、その日の昼過ぎに家へ帰ることになった。
まぁ、父の仕事も在るから仕方がないだろう。
白く聳え立つ雪山を背に、俺はゆっくりとスキー場を去っていくのであった。
その後、車で家へと向かっていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたようで、母親のひざに頭を乗せた状態になっていた。
思ったよりもこの体には疲れがたまっていたらしい。
若干恥ずかしかったものの、よくよく考えてみれば五歳児だったら許される範囲かなとも思ったのでそのまま家まで行くことにする。
子供の本能的なものかなんとなく落ち着くし、心地よかった。
結局家についても寝たままであったようで、気がついたら次の日の朝になっていた。
運んでくれた方、ごめんね?
◇
コンコン、コンコン。
「どうぞ」
「失礼します」
現在俺がいるのはピアノとバイオリンについて教わる事になる先生の下だ。
ちょうど今回が初めての授業であり、緊張度マックスだ。
すごい偏屈なタイプとかだったらどうしよう。
さっき、一緒についてきた姉さんに聞いてみたのだが、会ってみれば分かるとしか言われなかったし、どうなんだろうか。
「いらっしゃい、君が優華さんの弟の英明君でいいのかしら?」
「はい、九条英明と申します。
これからどうぞ、よろしくお願いいたします」
そこにいたのは普通な感じの女性だった。
偏屈そうだとか、癖が強そうだとかはない。
「そう、それじゃあまず一曲弾いてみてもらえるかしら。
曲の選択とかは任せるから、自分の好きな曲でいいわ。
ちなみに、ピアノとバイオリン、どっちの方が得意なの?」
訂正。
やっぱり癖が強いタイプな気がする。
「どちらかと言えば、バイオリンの方が得意ですね」
「そう、それじゃあバイオリンで何か引いてみて頂戴」
「はぁ、分かりました」
まぁ、そういわれたならば仕方がない、俺はケースからバイオリンを取り出し、自分が好きな曲の楽譜を取り出す。
「ピアノをお願いしてもいいでしょうか」
「構わないけど、曲は何かしら?」
「クライスラーの『愛の喜び』です」
「分かったわ」
先生にピアノを弾いてもらい、実際に弾くことにする。
しっかりと練習もした曲なので大丈夫だろう、きっと。
さて、ではやってみますかね。
パチパチパチパチ。
弾き終わった後で先生が拍手をしてくれる。
「中々いいじゃない、結構がんばって練習したんでしょ、その曲」
「はい。
好きな曲だったので楽しかったです」
「うんうん。
楽しく弾けるのが一番ね。
そうねぇ、今のを聞いて私が感じたのは、ちょっと硬い感じがするって言うことかな」
「硬い感じですか?」
「う~ん、なんていうのかしら、そう、子供らしさがない感じがするのよね」
ええ、まぁ。
なんとなく大学生ぐらいの記憶があったりしますからね。
「周りに、この場合はピアノに合わせようとしている感じがするの。
それはそれで勿論大切なことなんだけど、もう少し自分の音楽って言うものを出したほうがいいわね。
この曲のことをしっかりと考えて、弾いているから、すごく正確に弾けてるから、その点はオッケー。
次は、少し自分の気持ちを入れるようなイメージで弾いてもらえるかしら」
「はぁ、分かりました」
「それじゃあ、もう一度弾いてみて」
難しいことを仰いますなぁ。
でもまぁ、やってみるとしますかね。
今度は少しこの曲に感情移入して弾いてみることにしよっと。
と言うわけで、この後、何度か指示を受けたりしながら、何度も何度も繰り返し曲を弾いていくのであった。