第六話
俺が五歳になる時の元旦、なぜか家族で新潟のスキー場へ旅行に行くことになった。
どうして急にと思ったのだが、どうやら社員旅行として、スキー場を三日間貸しきったらしい。
普段は海外旅行に行くことが多かったのだが、今年はその時期に父が用事があるそうで、三日しかあけられず、三日で海外と言うのは微妙だと言うことで、社員旅行として行くのだそうだ。
まぁ、社員旅行と言っても、父親の会社の社員全員で行ったら大変なことになるので、ある程度上のほうの人だけを集めてと言った感じらしいが。
彼らも父と同じように三日しか空けられないため、ちょうどいいと言うことだったらしい。
ただ、そこまで多くない人数であるにもかかわらず、お正月というスキー場にとって儲けが大きい時期に全体を貸しきるというのは流石だなあと思う。
ドサ。
そんなことを考えていた俺はまたもバランスを崩し、転んでしまった。
幸いと言っていいのかその場所が新雪だったおかげで大して痛くはなかったのだが、手が雪の中にめり込んでしまうと共に顔まで雪に埋もれてしまい、顔が冷たい。
どうやら、若干雪が入ってしまったようだ。
現在、俺は岸本さんに教わりながら、スノーボードで滑る練習をしている。
なんと、岸本さんはスキーやスノーボードに関しても一流らしく、一度お手本として見せてもらったすべりはとてもかっこよかった。
しかも、滑り終わった後に発した言葉が、
「ふむ、やはり歳をとりましたかな」
とこれもかっこいい。
あれで歳をとったんだったら全盛期はどんなんだったんだよと言いたくなるレベルだ。
しかも、息切れなどは全くせずに平然としゃべるところもすごいと思う。
ちなみに、俺にも一応スキーの経験はあるのだが、せいぜい、初級者用のコースを何とか滑れる程度であった。
少しでもやったことのあるものの方が早く上達するとは思ったものの、どうせやるならスノーボードの方がかっこいいなと思ったので、スキーではなくスノボを教えてもらうことにした。
同じように滑り降りる競技なのでなんだかんだうまくいくと思ったのだが、思ったよりもうまくいかず結構苦戦している。
スキーとは全然違うものだなぁと改めて実感したよ。
とはいえ、岸本さん曰く、転べば転ぶだけうまくなるのですと言うことなので必死になって転ぶ。
いや、実際は転んでしまうだけなんだけどな。
とはいえ、数時間やっていると、そこそこ滑れるようにはなり、入門用のコースならゆっくりとだが何とか滑れるようになった。
一先ず滑れるようになったということで、ゲレンデの下側で用意してもらった温かいココアを飲むことにする。
フゥ。
冷え切った体に温かいココアが染み渡る。
あぁ、こういうのっていいよね。
真冬に食べた暖かいカップラーメンの味が思い返される。
どうしてああいうチープな感じのものって庶民の舌に合うのであろうか。
そんなことを考えていると、ゲレンデの上から華麗に滑ってくる二人組みが見える。
おっ、あれはなどと思っているとその内の一人が勢いそのままにこちらに向かってくる。
もう一人のほうもそれに気づき、あわてた様子で追ってきている。
えっ、ちょっとちょっと、危なくないようにわざわざ端っこの木が生えているほうに来たって言うのに何でこっちにくるんだ!?
そんなことを考えているともうすでに目の前に迫ってきている。
片足にスノボをつけたままであったせいでうまく動けない俺は来る衝撃に備えて、目をそらし歯を食いしばる。
「わふ!!」
まだあまり踏み固められていなかった雪の付近でターンしたようで俺に雪が思い切りかかる。
ココアなんかを飲んでいたせいで何もかぶっていなかった俺は直でその雪を受けてしまう。
おお、冷たい冷たい。
全く、何をしてくれるんだ。
ちょっぴり怒った俺はかけた本人を見上げて話しかける。
「危ないじゃないですか、絵里さん。
滑っている最中に他の人の近くに行っちゃ行けないって習わなかったんですか?」
「あはは、ごめんね。
なんとなく顔を見かけたからつい。
これはやらなくてはっていう使命感に駆られたもので」
てへへと笑っているこの女性は倉田絵里さん。
姉の同級生であり、親友と言ってもよい間柄だ。
現に姉が我が家に呼び込んだことのある人は彼女だけだ。
「おっ、温かいココアだ。
ちょっとちょうだ……、あいた!」
「ちょっと、何、人の弟にちょっかいをかけているの!
全く、油断ならないわね」
一緒に滑ってきていた姉さんが後ろにやってきてパシッと絵里さんの頭を叩く。
二人とも同じ種類の色違いのウェアを着ている。
因みに色は姉さんが黒と青、絵里さんが黒と赤だ。
「いたたたた。
いいじゃないの。
最近の私の心の癒しなんだから。
まったく、優華は弟くんにだけは甘いんだから」
「よくないわよ。
純粋な英明が絵里に汚されるのなんて見てられないわ」
スキーを履いたまま、器用に俺の後ろに回りこみ、肩に手を乗せてそう告げる姉さん。
ちなみに、絵里さんの家も結構なお金持ちの家庭であったはずなのだが、そんな雰囲気を微塵も感じさせることは少なくとも俺たちの前ではない。
姉さん曰く、あれでパーティーなんかではお淑やかな令嬢を演じているらしい。
学校ではそれに比べて多少快活なイメージではあるものの、それでも俺たちに対するような態度で接するようなことはないそうだ。
猫をかぶるのがとても上手と言うことらしい。
まぁ、小学生ながらも姉も絵里さんも中々に整った顔立ちをしているので、普通にしていればどこかいいところのお嬢さんと言うふうに見えそうではある。
こちらの顔しか見ていない俺にとっては、そんな感じは全く想像できないんだけどね。
まぁ、女性と言うのはそうやっていろいろと着飾っていくものなのさと昔の友達が言っていた記憶がある。
もっとも、そいつも女性経験はなかったはずなんだけどな。