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第7話 幽霊だってノゾキは怖いんです

 結局、あの夜は望んだことにまで進展しなかった。

 俺自身にブレーキが掛かってしまった。

 実香を幽霊のままにするべきじゃない。早く成仏させてやるべきじゃないのか、なんて考えが頭の中にふと浮かんでしまった途端、昂ぶっていた気持ちが一気に冷めてしまった。

 でもこれで良かったのかもしれない。

 土壇場で他の事を考えてしまった自分自身に腹がたつけど、実香が俺のことをどう思っているのかと分かったのが大きな収穫だ。何とも言えない充足感もある。

 今はそれだけで満足しようって言い聞かせている間に慌ただしく時間が過ぎ、気がつけば次の週末を迎えていた。

 この1週間、いつもと何も変わらない。今までと違うことがあるとすれば急に束縛が感じられるようになったぐらいだろうか。

 だが、その一つの違いは目に見えなくても実に大きい。

 幽霊らしからぬ幽霊は機嫌が良いときは一緒にいると楽しいけれど、何かの拍子で怒らせると怖いのだ。下手な反論は墓穴を掘ることになる。

 とはいえバイト仲間から借りたグラビア写真集をこっそり見ていたぐらいでどうして目くじらを立てるのだろう。

 写真集を取り上げられただけで済まされず、長い小言を聞かされてからもう2時間近く経っている。いったい何時になれば終わるというのだろうか。

 今日は倉庫のバイトは休みだけど夕方からはファミレスのバイトに行かなければならない。

 シフトに間に合わせるにはそろそろ支度しないと間に合わないというのに、時間だけが無駄に過ぎてしまえば愚痴の一つぐらい吐きたくもなる。


「グラビアぐらいで何だよ。ちょっと借りたぐらいで、たくっ!」


「なんか言った!? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」


 グラビア写真集を手に持って仁王立ちの実香の迫力は血まみれにならなくても鬼気迫るものがある。一喝されただけでもう愚痴なんて言えず黙りこむしかない。


「もうっ! こんなの見なくても毎日見ているのに」


 そんなこと仰いますけど、じっと見たら怒るのは何処のどちら様でしょう。

 若い女の子が自分の部屋で下着姿のままずっと居れば男はムラムラとして溜まるものです。

 なんて言いたいけど言えば激怒なさるから口が裂けても言えません。

 それに最近はどうも貴女さまの束縛がとてもキツイです。

 バイトが終わったら寄り道せずに帰ってこいだなんてどういうつもりなんでしょうか?

 と、言えたらどんなに気分が楽になるだろう。


「何よ、まだなんか文句ある?」


「いえ……何もございません」


 言いたいことはバーゲンセールで山積みにされた商品ぐらいたくさんあります。なんでしたら言いたいことに整理券を付けて順に言ってもいいですよ。

 そろそろバイトに行かなければならない時間ですので帰ってきたらたっぷりと聞かせてあげましょうか。

 なんてことを言ってしまえば、あの血にまみれた痣だらけの顔になってしまうのが容易に想像つくから黙って頭を横に振るしかなかった。




 ※ ※ ※




 今夜の夕食がそうめんとは如何にも夏らしい。

 それにあっさりとした麺類だと食欲がおちても食べやすいし胃腸にも優しいというものだ。最近になって夏バテ気味なのを実香は考慮して今夜の献立を決めてくれたという気遣いも嬉しい。

 冷たいつゆには薬味だけでなく、椎茸や鶏肉が入っているから食感も十分に楽しめる。麵の喉ごしだけなら飽きてしまうかもしれないが、これなら幾らでも胃袋に入りそうだ。

 しかし一人だけ食べるのはどうも味気ない。実香の機嫌が直ったのなら一緒に食べたいと思うのは当然のことである。

 普通に接していて、実香を一人の女の子として見ているから余計にそう思ってしまう。

 そんな思いを現実に引き戻したのは実香が風呂に入って目の前に居ないからだ。

 暑がりな体質といっていいのだろうか。とにかく麵を茹でるだけでもかなり堪えるらしい。

 ところが幽霊らしからぬその暑がりがつい忘れがちなことを思い出させてくれるのはなんとも皮肉なことだろう。実香が普通の人間とは違うことをあらためて痛感させられる。

 なのにアイツはこれっぽっちも幽霊だという自覚がないようだ。いきなり甲高い叫び声が浴室から聞こえたかと思えば、騒々しくドアを開けて飛び込んできた。

 一糸纏わぬ姿を目撃した衝撃が脳天を突き抜け、咀嚼している細長い麵が口から吹き出て宙を舞う。


 細切れの椎茸さんと鶏肉さんも一緒に盆踊り~~~~っ!


 と、例えたくなる小さなテーブルの惨状など実香は見ていないのだろう。身体を拭かずに濡れた裸身は慌てふためきながら抱きついてくる。

 胸を直接押しつけられては俺も冷静になるのが大変だ。こちらはTシャツを着ているとはいえ、柔らかな胸の感触に理性が蝕まれていきそうになる。

 それに目のやり場にも困るというものだ。抱きついて上目遣いに見ている実香の喉元から下をみれば押しつぶされた肉果の谷間が、そして仰け反った背筋からのヒップラインがあまりにも刺激的すぎる。


「で、で、出たのよ」


「出たって……何が出たっていうんだよ」


「だからノゾキ、ノゾキがいるの! 壁からお風呂に入ってきたのよぉぉ!」


「はああっ!?」


 ノゾキが壁から出てくるとはどういう意味だ?

 意味がさっぱり分からん。


 麵を茹でていたときの熱でついに頭がやられてしまったのだろうか。それともただの錯覚なのだろうか。

 どちらにしてもまったく理解に苦しむ。

 けれど実香の怯え方も尋常ではないので気になって仕方がない。

 幽霊を怖がらす存在が本当にいるとすれば、彼女が言うようにノゾキだったとしてもとんでもないヤツだ。是非ともソイツの顔を拝んでみたい。

 但し、実在すればの話だ。おそらく何かと見間違えただけなのだろう。

 物や壁のシミが人の姿に見えてしまうなんてことはよくある話だ。


「いいからちょっと落ち着け。せめてバスタオルぐらい捲いてこいよ」


「落ち着いてなんていられないわ、早くやっつけてよ! あんなのが居たらゆっくりお風呂に入っていられないじゃない!」


「分かった、分かった! とにかく見てくるから少しは落ち着けって」


 実香を離してからおもむろに立ち上がった。

 さすがに直視できず、そっぽを向きながら離れたのは言うまでもない。

 ともあれテーブルとその周りがどんなに酷い惨状でも、さすがにいつまでも裸のままにするわけにもいかずに「これでも着ていろ」と言いながら脱いだTシャツを投げ渡した。


「あっ!? 見たでしょう。雅彦君のエッチ!」


 ここで実香は自分が素っ裸で飛び出したことにようやく気がついたようだ。片手に持ったTシャツで胸を覆い、慌てて閉じた股間をもう一方の手で隠す。

 顔面が真っ赤の実香は文句が言い足りない様子だが、今回ばかりは自業自得だから言えないのだろう。小さく唸って睨むのが精一杯のようだ。


「もしもノゾキがまだ居たらとっ捕まえてやるからそんなに怒るなよ。まっ、何かと見間違えただけでノゾキなんて居るわけないだろうけどな」


「居たわよ! ホントなんだからね!」


「はいはい、分かったから早く着ろって」


 状況からして、実香は湯気で曇ったガラスの引き戸に映った脱衣室の何かを人影に見えてしまったのだろう。もしも誰かが部屋に忍び込んでいたのならドアを開ける音が聞こえた筈。

 このマンションは建てられてから随分と経っている。小さな音でもよく響くのだから周囲で大きな音を出していなければ聞こえてしまうことだってある。


「ほらみろ、誰も居ないじゃないか」


 思った通り、脱衣所や浴室には誰も居なかった。念の為にトイレも調べてみたが人の姿なんてどこにもない。

 やはり実香は何かと見間違えただけだ。幽霊のくせに恐がりなだけなのだと思った瞬間、嫌な想像が頭の中に浮かんでくる。


「まさか、な……」


 背筋に寒いものが駆け上がり、冷たい汗が滲み出てくる。

 そこへ誰かが玄関のドアをドンドンとけたたましく叩きだした。


「ぎっ!」


 叫びそうになった声を強引に喉へと押し込んだあと、考えてはならないことが頭の中に浮かんでくる。

 同時に冷静に状況を把握しようと努める脳の回路が意識を無視して働きだした。


 友人が来るなんて予定はないし連絡もきていない。バイト先で何かあったとしても電話で済むだろう。わざわざ自宅に尋ねてくることなんてない。むしろ逆に呼び出してくる筈だ。

 深夜になって実家の両親や妹が来るなんてあり得ず、まして元カノが来ることなど100%ないと言いきれる。

 そもそも引っ越してからドタバタ続きで家族を除いて誰にも住所を教えていないのだ。


 突然の来訪者はどうしても考えられないからこそ嫌な予感がしてならない。実香が言っていた壁からノゾキが現れたという言葉がここにきて不安を煽ってくる。

 しばらくして執拗にドアを叩く音が途絶えたと思ったつかの間、今度は見知らぬ声が聞こえて心臓が破裂しそうなぐらいに激しく動悸を打ちだした。


「ごめんくださいませぇ」


 掠れた声質からしてお年を召した女性のようだがもちろん聞き覚えなんて一切ない。嫌な予感はますます膨らんでくるばかりだ。

 玄関の外にいる人物が果たして居留守が通じる相手なのだろうか。もしも通じない相手ならここで無視しても意味がない。

 居留守が通じないだけで済めばいいが、ドアを素通りしてくるような居てはならない存在だったらと思うとゾッとする。

 ところが怯える感情を和らげてくれたのは意外にも外の見えざる人物が発した次の言葉だった。


「夜分にすみませんねぇ。わたしゃ隣の者ですが少々よろしいですかのう?」


 なんだ、お隣か……びっくりしたじゃないか。

 やめてくれよこんな夜遅くに!


 お隣だと分かって安心しても脈打つ鼓動はすぐには落ち着かない。それ以上に時間を考えない非常識さに憤りを覚えてしまう。

 いったい夜分に尋ねてくる用事とは何か。もしもくだらない事なら文句の一つでも言ってやらなければ気が済まない。


「何ですかこんな時間に! 食事中ですし、もう遅いですから明日にしてくれませんか。バイトから帰ってきたばかりで疲れているんですよ」


「すみませんがこちらも急ぎのことなので開けてもらえないでしょうかねぇ。放っておいてそちらにご迷惑をかけてしまったら大変でしょうに」


 なんだ、放っておいたら迷惑をかけるとはどういうことだ!?

 この婆さんボケているのか!?


 隣の所為で俺に迷惑がかかることなんてこれっぽっちも……あった!

 実香が俺の前に初めて現れたあの日、アイツにノゾキ扱いされて部屋を飛び出した時のことだ。

 お隣の娘さんに変態扱いされ、駆けつけてきた警察にその誤解を解くまで大変だった。

 まさかあれが俺の知らないところで大変な騒ぎにまで発展したとでもいうのだろうか。


 冗談じゃない!


 もしも嫌な想像が当たっていたとすれば迷惑どころでは済まない。下手すれば冤罪で犯罪者扱いにされてしまう。

 しかしいくら何でもそれは飛躍しすぎだ。きっと別の理由があって尋ねてきたのだろう。


「分かりましたよ、開けますからちょっと待ってください」


「すみませんねぇ」


 急ぎと言うわりになんとも緊張感の欠片もない声音が癪に障る。しかし開けると言ってしまったからには今さら帰れとも言えない。

 俺って、なんでこんな損な性分なのだろうかと思った矢先、今度はうしろから実香の大きな悲鳴が聞こえてきた。


「やだぁぁーーーーっ! こっちに来ないでよ。来ないでって言ってるじゃない!」


 なんだ、今度は何が起きた!?


 何かが実香に迫っているのだろうか。

 金切り声の悲鳴は心底怯えきっている。しかし部屋の中には俺と実香しか居ないのにいったい何に怯えるというのだろう。

 そもそも幽霊の実香が怖がる存在がいるなど信じられない。


 そう言えばアイツ、風呂にノゾキがいるって喚いていたよな。


 もしも本当にノゾキが現れたのなら実香の怯え様に少しは納得もしよう。だがノゾキが何処に隠れていたのかという疑問が新たに浮上してしまう。

 まるで忍者のような神出鬼没なノゾキ……そんなのが実在するというのか。まさかとは思うが幽霊が幽霊を怖がるなんてことがあるのだろうか。

 とにかく部屋の様子を見ればすぐに分かるだろうけど、玄関の外で待っているお隣さんが早く開けろと急かしてくる。


「早くしてくれませんかのう」


「ちょっと待って下さいよ。こっちも急に立て込みだしたのでやっぱり明日にしてくれませんか」


「ですが急ぎませんと大変なことになりますよ」


「こっちはもう大変なことが始まっているみたいなんです。すみませんがもう明日にして下さい!」


 わけも分からない理由で尋ねてきたお隣さんよりも部屋の中の様子が心配だ。玄関を開けていちいち事情を聞いている暇なんてこれっぽっちもない。

 急いで実香の様子を見に行くべく振り返って狭い廊下から部屋の中に入っていく。

 するとそこには決して存在してはならない見知らぬ人物が実香に迫ろうとしていた。小柄な白髪の老人の後ろ姿だ。


「な、なんだ!?」


 渡したTシャツを着込んだ実香が身を捩りながら後退り、白髪の老人が前屈みの姿勢でゆっくりと近寄っている。

 いったいこの爺さんは何者でいつの間に忍び込んでいたのだろうか。

 時代遅れの和装はとても泥棒には見えないが大雨にうたれたかのようなずぶ濡れた姿がより不気味な雰囲気を醸し出している。


「なぁ、お嬢ちゃん。そんなに怖がらんでええやないの」


「やだっ、近寄らないでよ。来ないでって言ってるでしょ、このバカ! 変態っ!」


 後ろ姿で爺さんの表情が見えなくても、広げた両手の手つきが妙に厭らしく見える。

 どうやらコイツがノゾキの正体らしい。

 全身がびっしょりと濡れていることからして間違いはないだろう。

 一方の実香は体格に合わないブカブカのTシャツの前がはだけないように手で押さえつつ、もう一方の手で身体を支えるのが精一杯の様子だ。

 後退りに畳の上を滑ってお尻が半分見えてしまっても隠すどころではないらしい。


「おい、人ん家に入って勝手なことしてんじゃねぇよ。実香が怖がってんだろう」


「ま、雅彦君! た、助けて。コイツよ。このお爺さんがお風呂を覗いていたのよ」


 俺に気づく実香が怖がりながらも爺さんを指さす。

 一方のノゾキ爺は俺のことが眼中にないらしく、聞こえていないとばかりに振り返ろうともしない。

 腰が曲がったまますり足気味に実香へと迫りつつあった。


「いい加減にしろって! そこまでにしないと年寄りだからって手加減なくぶっ飛ばすぞ! 畳だってびしょ濡れなんだから弁償してもらうからな。おいジジイ、聞いているのかよ!」


 なんともナメたクソ爺なのだろうか。

 殺気立って怒鳴っても反応は一切ない。

 まるで俺がこの場にいないような態度が無性に腹が立ってくる。

 少し押せばぶっ倒れそうな老人に対して出来るなら手荒なことをせず、警察に突きだすべきだろう。

 だが勝手に部屋に忍び込んで好き放題するだけに飽き足らず、俺を無視する態度までされては軽く1発ぐらいぶん殴らなくては気が済まない。

 加減してやれば間違っても死ぬことはないだろう。


「本当にぶっ飛ばすからな!」


「いいから早くぶっ飛ばして! この変態を何とかしてよ!」


 壁際まで追い詰められた実香は心底怯えきっていた。

 もう後がないからこそ俺を急かしてくる。

 身体が濡れたままTシャツを着てしまって肌が透けてしまっていることを気にかけている余裕もないようだ。

 もはやクソ爺を言い聞かせる余裕はない。


「ええい、くそぉっ!」


 実香を助けたい気持ちが拳を振り上げさせる。

 クソ爺の手が彼女の足に迫り、爪先に触れようとしているのを見て身体が無意識に動く。

 もう後のことなんて何も考えていなかった。

 躊躇いもなく薄い白髪頭にめがけて渾身の一撃を振り下ろす。

 ところが――!


「ぬわっ!」


 マヌケな悲鳴をあげたのは俺の方だった。

 クソ爺の後頭部にめがけて振り下ろした拳がすり抜けた勢いをとめられず、踏ん張る前にバランスを崩してしまった。

 勢い余って前屈みに体勢が崩れたまま醜い老体が目の前に迫る。

 だったらこのまま頭突きをかましてやれと思ったが、ぶつかる衝撃を受けることなくクソ爺の身体をすり抜けてしう。

 この不可解な現象を考える間もなく、咄嗟に狙った頭突きは畳に向かって炸裂してしまった。

 そして頭に衝撃を受けたのと同時にグニャリと首に違和感を覚えた時には俺の視界はあらぬ方角に向いてしまい、その違和感がたちまち激痛へと変わっていく。


「い、い”でぇぇーーーーっ!」


 天と地が逆さまになったあとに痛みが和らぐような気がしてきた。これはどうも悪い予感がしてならない。

 意識が暗闇に吸い込まれていくような感覚に陥り、実香を助けなきゃと思う感情までもが飲み込まれていきそうだ。


 俺……こんなのことで死ぬのか!


 なんて思っていると小さい頃の記憶が蘇ってくる。

 縁起でもない。

 これって走馬燈ってやつが始まるのだろうか。

 だが隣にいる小さな女の子の顔に霧が掛かって見えないのはどうしてなのだろう。

 当時の俺と同じ歳だと分かっているのに名前が思い出せない。

 よく一緒に遊んでいたのに、お隣さんで幼馴染みだったのにどうしてなのだろう。

 走馬燈というものは一瞬で生涯を振り返るものらしいがこれは違うのか。まったく別の何かが古い記憶を掘り起こそうとしているとでもいうのだろうか。

 女の子が見ている俺は当時の俺ということらしいのは目線から分かるのだがそれ以外はさっぱりだ。

 これが死ぬ前の走馬燈なのか、ただ気絶して夢を見ているだけなのか区別ができない。

 あるいは畳に頭突きをかましてしまった衝撃で記憶の混乱が起きているのかもしれないがこの際どうだっていいことだ。

 こんなマヌケな理由で死にたくはない。


「雅くんさっきからボーッとしてどうしたの?」


 女の子が話しかけてきているのに俺は返答しようにも声が出ない。

 いや、喋ることができないと表現するべきなのだろうか。


「ねぇねぇ、ずっとあたしのお顔をじっと見ているのはどうして? どうして何も言ってくれないの?」


 表情こそ霧で見えないが女の子の声音でどういった感情なのか想像がつく。

 黙ったまま顔をまじまじと見ている理由が分からず、純粋な気持ちで知りたいと思っているのだろう。

 顔と名前は思い出せないがこの子のことはよく覚えている。当時は疑問に思ったことをよく質問されたものだ。

 好奇心旺盛なくせに人見知りが激しいから友達は俺を含めて片手で数えられる程度だった。しかし心を許せる相手だと別人のように態度が変わる。

 親しい人には心を許すだけでなく、バカ正直にも思ったことを口にせずにはいられなくなるようだ。

 確かこのあとも何かを言われたような記憶がある。


「雅くんずっと黙って変なの。さっきまでいっぱいお喋りしたのに。大きくなったら――――をお嫁さんにしてくれるって」


 そうだ、そんな約束をしたような気がする。

 でも子供同士が将来を考えずにした約束だ。

 当時はどうであれ、この子も今は大人になって覚えていないだろう。覚えていても今頃は好きな人がいるだろう。

 そもそもこの女の子とは小学校入学前から会っていない。

 彼女は親の都合で引っ越してしまい、その後は二度と会うことはなかった。

 連絡先の交換もせず、手紙すら送ったことがないのだからその後の消息すら知らないのだ。

 当時の出来事を今まですっかり忘れていたのにどうして思い出したりなんかしたのだろう。

 それよりも何か大事なことを忘れていないか。

 つい先程まで起こっていた何かを思い出さないと大変だというのになぜか思い出せない。

 身近にいたであろう誰かのことまで忘れてしまっているようだが、もしかしてその誰かとはこの女の子なのだろうか。

 遠い記憶に戻った意識がまた闇に吸い込まれていく。

 長くて真っ暗なトンネルを彷徨うような感覚が続き、ようやく抜け出した先は視界がぼやけて歪む自分の部屋だった。

※懐かしの某特撮ヒーロー番組の次回予告のノリで読んでください


【次回予告】


 恐怖が極限にまで達した実香がついにブチ切れて血まみれバージョンに変身した!

 そしてノゾキ爺もついにその正体を現す!


 巻き起こるポルターガイスト現象の数々。

 本気でブチ切れた幽霊(実香)は人知を越えた衝撃(笑撃!?)までも巻き起こす!

 意識が戻った雅彦は無残に散らかった部屋の片付けを余儀なくされて途方にくれるしかないのか!


 果たしてノゾキ爺の正体とは!?


 玄関に置き去りにしたお隣の婆さんはそのままフェードアウトになってしまうのか!?


 立ち上がれ雅彦!

 途方にくれている場合じゃない!

 平穏な日常は君の双肩に掛かっている!


 突然に「こんな事もあろうかと」なんて言いながら助け船を出してくれる人物がいなければ、ピンチになると頭の中でピキーンって閃く覚醒もないのだ!


 あばよ、――(著作権により自粛)! よろしく、――(著作権により自粛)!


 俺、登場! ぐらいなら著作権には抵触しない!(たぶん)


 横着せよ! 次回「幽霊だってマジギレすることがあるんです」をお楽しみに!


 読まないと取り憑いちゃうぞ!

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