5月9日 (水)・前
『続いてのニュースです。昨夜未明、日本行きの国際線が原因不明の爆発を起こし墜落したとの情報が入りました。詳しい事情は現在調査中とのことで…………』
チンッとお決まりの音をたてて、トースターから程よく焼き上がったパンが飛び出す。
BGM変わりに流していたニュースを横目に朝食の準備を進めた。
相変わらず世の中では止めどなく事件が起きているようだ。
あまりにも自分の日常からかけ離れていることなので、どうしても僕には他人事の様に感じてしまう。
いや僕だけでなく、おそらく誰もがそう感じているだろう。
そう思えるのは、きっと幸せなことなのだ。
自分の周りは平和に時が流れているからこそ思うこと。
ふと、海外にいる両親のことを思い出した。
毎月電話は掛かってくるものの、もう丸二年は会っていない。
しかし最初は慣れなかった一人暮らしにも二年も経てば、さすがに慣れてくる。
一人では広く感じていた部屋の違和感も、親と会えない寂しさも、もうどこかに消えていた。
今ではこうして一人で食事をすることも、あたりまえのように感じている。
人間、時間が経てばどんなことでも慣れものだ。
そう、繰り返していれば人間は慣れてしまうのだ……
たとえそれがどんな不自然なことでさえも────
朝は昨日の約束通り、白河さんと二人でマンションを出た。
そして、いつもの公園の前で友也達と合流する。
「おはようさん」
「おっす亮。おっ、今日も白河は一緒か」
「おはようございます」
「おはよう。これからは毎日四人で登校することになるかもね」
「この野郎、転校二日目でかなり仲良くなってやがんな」
考えてみれば小学生のころからずっと友也と竜二と遊んでいた僕にとって、異性とここまで仲良くなったのは初めての経験であった。
「気が合うんじゃないか。いっそのこと二人とも付き合ったらどうだ?」
「えっ!?」
友也の突然の言葉に僕は言葉を吹き出した。
「な、何でそうなるのさ!?」
「別におかしなことじゃないだろ? 俺達の年齢じゃ当たり前の事だ」
「だからって、唐突過ぎるよ」
友也は思いついたことは何でも口に出す癖がある。
巻き込まれるこっちは大変なのだ。
「何ぃっ!? 亮が白河と結婚だと!!」
「竜二は飛躍しすぎだから……」
「幸せに暮らせよ。そして俺達のこと忘れんなよ……グスッ」
また竜二の一人コントが始まってしまった。
「結婚はともかく、亮はどう思ってるんだ?」
そんな竜二をよそに友也はグイグイ僕を問い詰めてくる。
というか普通、こういう話は男同士だけの時にするものではないのだろうか?。
「ど、どうって言われても、まだ会ってから二日しか経ってないし……ねぇ……」
「そ、そうです。結婚っていうのはお互いのことをよく知ってからするものでして、まずは……」
返答に困り、先ほどから黙っていた白河さんに振るが、彼女も竜二なみに思考が暴走していた。
これでは助け舟は期待できそうにない……
「そ、そういう友也はどうなのさ!? 彼女とか作らないの?」
苦し紛れに友也に同じ質問を仕返す。
「俺か?」
だが答えを聞かずとも僕には予想できた。
クラスの女子の話を聞いていると友也はいわゆるイケメンの部類に入るようだ。
それは男の僕から見ても納得できる。
いまだに子供っぽい性格を除けば、身長も平均以上、イケメンで運動神経とモテ要素がこれでもかと詰まっている。
女子からの人気も高く、今まで何度もラブレターを貰ったり告白をされているが 友也は全て断っていた。
僕が理由を聞くと答えはいつも決まって
「お前達と遊んでた方が楽しいからな」
とのこと。
何とも無邪気な友也らしい答えだった。
友也に反撃する手立てが見つからず僕は気恥ずかしい気持ちのまま登校を続ける。
間接的に弄られている白河さんも恥ずかしいのか終始顔を俯かせていた。
「まったく初心なやつらだ。これじゃあ逆に俺の方が照れちまうよ」
「う、うるさいな……」
僕達は学校に着くまで顔が赤いままだった────
朝のホームルームが終わればやることは一つ。
時間割通りに組まれた授業が待っている。
今日のメインの授業は体育だ。
「さーて、今日は何やるんだろうな?」
「相変わらず竜二は体育だけはやる気満々だよね」
「当たりめぇだ。机に座ってつまらない話聞いてるより、外で体動かした方が楽しいに決まってるぜ」
「まあ、お前は授業寝てるけどな」
友也の的確なツッコミが冴える。
「こ、細けぇことはいいんだよ」
体育着に着替えグラウンドに出るとすでに先生の前に生徒が集まっていた。
「よーし、みんな集まったか! 今日は担当の先生が一人欠席のため、急遽A組とB組の合同で授業を行うことになった。そして今日の授業だがA組とB組に分かれて試合をしてもらうことにした」
本来ならば、A組とB組に一人づつ担当の先生が付き、それぞれ授業を行うのだが、今日だけはイレギュラーなようだ。
ちなみに僕達はB組である。
「種目だが男子は外で野球、女子は体育館でバレーボールだ。15分後に試合を初めるから各自準備運動をしっかり行うように」
話が終わると同時に先生は女子達を引き連れて、体育館へと移動していく。
グラウンドに残った僕達男子もクラスごとに集まり準備運動を始めた。
その時……
「B組が相手じゃ勝負にならないんじゃないか」
A組の方から、そんな声が聞こえてきた。
「ああ、A組には野球部も多くいるし」
「帰宅部ばっかりのB組じゃ勝負は見えてるって」
「レベルが違うんだよな」
次々に僕達を見下すような発言が飛び交う。
「ちっ、好き勝手言いやがって」
「落ち着け、竜二」
今にもA組に乗り込んでいきそうな竜二の手綱を友也が握る。
「でもよ……」
「勝負はやってみなけりゃ分からないだろ」
「ハッハッハ……やってみなければ分からないか、いい言葉だね」
友也の言葉を聞いたA組の橘君が僕らの元へと近づいてきた。
「なんだよ、何か用かよ?」
相変わらず竜二は橘君を毛嫌いしているようだ。
「いやいや、勝負ってのは実力が拮抗してなきゃつまらないだろ? だから僕もぜひいい勝負が出来たらと思ってね」
「ああ、度肝抜かせてやるぜ」
橘君の皮肉を意にも介さず友也は冷静に返す。
いや、表面上は冷静を装っていたが、今の友也からは珍しく熱い闘争心が感じられた。
「ま、健闘を祈ってるよ」
余裕綽々のセリフを放ちで橘君は去っていく。
「あの野郎、完全に見下してやがんな」
「ほっとけ、それより作戦会議を始めるぞ」
B組の男子達が友也を中心に集まる。
「あんなに言われて黙ってられるかよ」
「A組の奴らをギャフンッと言わせてーな」
他の皆もあれだけ言われて頭にきているのか異様にヤル気に満ちていた。
かくいう僕もA組を見返してやりたいという気持ちには変わりない。
「さて、まずはポジションだが……」
各々の能力や長所を考慮して、綿密に打順や守備位置を決めていく。
「よーし、集合!」
体育館から戻ってきた先生の前に整列する。
「各クラス、オーダーは決まったか?」
「もちろんです」
「こっちも準備オッケーだ」
チームのキャプテン役を担っている友也と橘君が答える。
「ルールは7回までであることは以外は普通のの野球と同じだ。皆全力で行う様に。では試合を始める」
ジャンケンの結果、先攻はA組。
僕達は各々の守備位置に就いた。
運動神経が並である僕は外野の右側であるライト。
友也は投手、そしてそれを受ける竜二は捕手だ。
「プレイボールッ!!」
試合開始のコールがグラウンドに響く。
「おーし、しまっていこうぜっ!!」
マウンドから友也がチームメイト達に激励の声をかける。
その言葉を聞き、僕も気持ちを引き締めた。
一番打者が打席に構える。
A組は9人中5人が現役野球部だ。
A組の自信の根拠もここから来ているのだろう。
今の打者もその一人。
果たしてそんなA組の攻撃を抑えられるのか、僕は少し不安に駆られる。
が、それも杞憂だったことを僕はすぐに思い知ることになった。
友也の第一球。
大きく振りかぶって放たれたボールは……
「バシッ!!」という力強い音と共に一直線に捕手のミットに収まった。
「ストラーイクッ!!」
その投球にその場にいた誰もが息を飲んだ。
「速え……」
「アイツ本当に素人かよ!?」
「今の150キロ近く出てたんじゃないか?」
A組側のベンチからも感嘆の声が上がる。
「ストラーイクッ! バッターアウトッ!!」
僕の不安はどこへやら、なんと友也は相手にボールに触らせることなく三者連続三振に抑えてしまった。
「やるじゃねぇか、友也!」
「スゴいよ! 野球部から三振取るなんて」
「まだ一回を抑えただけだ、喜ぶのは早いんじゃないか。それに野球は点を取らなきゃ勝てないぞ」
すでに浮かれ気分でいた僕達の気を引き締めるように友也は苦言を呈した。
きっと、この試合が楽に勝てるものではないと感じているのだろう。
攻守は交代して、今度は僕達の攻撃だ。
A組の投手、マウンドに立ったのはなんと橘君だった。
「ピッチャーは橘の野郎か……」
「これは予想外だな。てっきり野球部の奴が出てくると思ったが」
橘君は生徒会に属してはいるが部活には入っていない。
そんな彼がなぜマウンドに立っているか疑問を覚えたが、僕達はすぐその答えをすぐに知ることになる。
一投目。
皆が固唾を飲む中、橘君がボールを投げ放った。
「ストラーイクッ!」
どんな球が投げられるのかと思われたが、それは何の変哲もないストレート。
確かにスピードは速いが友也の球と比べると見劣りしてしまうものだった。
「へっ、あの程度のボールで俺様達を抑えられると思ってんのか? こりゃ完全に舐められてるぜ」
橘君の投球を見た竜二は、手のひらを返し、あきれ果てたように言う。
「いや、まだそう決める付けるのは早いぞ竜二」
「何度見ても変わらねぇと思うがね」
竜二の言う様に野球部員なしで僕達を抑えられると思われているのか、それとも 友也の言う様に橘君がまだ実力を出していないだけなのか……
それは次の一投で明らかになった。
続いて投げられたボール。
スピードに大きな変化は見られない。
一投目でタイミングをすでに掴んだのか、傍目から見てもピッタリのタイミングで打者がバットを振る。
しかし、バットはボールにかすりもせず空を切る。
バットを避けるかのごとく、右側に滑るようにボールが変化した。
「チッ、今のスライダーか!?」
「ああ、それもかなりのキレだ。こいつは簡単には打たせてくれなさそうだな」
橘君は速球派の友也とは違い、変化球を駆使する投手であったのだ。
さっきのお返しとばかりにB組も誰ひとり塁に出ることはなく、三者凡退に抑えられてしまう。
「この様子じゃ、一点でも取られたら取り返すのは面倒だな。次も頼むぜ友也」
「ああ、任せろ」
試合は1回の攻防が終わり、2回の表に入る。
マウンドに立った友也の快進撃は留まることを知らず、この回もA組にボールを前に飛ばすことを許さなかった。
そしてB組の攻撃。
4番打者は竜二、その後に友也、僕と続いていく。
「よっしゃ、一発デカいの打ってやるぜ」
「頑張って竜二」
「おうよ!」
僕の激励に竜二は右手を挙げて高々と答えた。
「オラァ!」
気合の入った掛け声とともに、竜二は一球目から容赦のないフルスイングを振るった。
「カキィンッ!」という乾いた音を立て、この試合で始めてボールが前に飛んでいく。
しかし判定は惜しくもファール。
竜二は、この後も橘君のスライダーを二球続けてファールにし、粘り強さを見せる。
「へっ、俺様を舐めんなよ」
「ふん、このくらいでいい気になってもらったら困るよ。これで終わりだっ!」
「またお得意のスライダーか!?」
スライダーを警戒しながら、竜二がバットを全力で振りぬく。
ボールとバットの位置は平行。
例え、スライダーで横に変化したとしても、そこに待っているのはバットの先端だ。
どちらにしても空振りで終わることはない。
しかし……
「ストラーイクッ! バッターアウトッ!!」
先生は高らかに、三振を宣言した。
「何だと!!」
予想外の出来事に驚いている様子の竜二。
だが、遠目から見ていた僕には球の軌道がハッキリと見えていた。
ボールは真っ直ぐでも横にでも変化することはなく、直前で下へ落ちていた。
横ではなく縦の変化。
これではバットに当たらないのも当然だ。
二つ目の隠し玉。
橘君の余裕は確かな実力に裏打ちされたものだった。
「クソッ! 俺様としたことが……」
「ドンマイ、竜二」
三振に終わってしまった竜二が悔しみながらベンチに戻ってくる。
野球の素人が多い僕達のチームにとって、変化の大きいキレのある球を打つのは至難の技なのだ。
縦横無尽に変化する橘君の球を捉えなければ、友也の言う様に点数が取れず、A組に勝つことは出来ない。
「狙い球を絞っていくしかないな」
友也が打開策を提案する。
直線のストレート、横のスライダー、縦のフォーク、どの球が来るかわからないならば、あらかじめ来るであろう球を一つに絞っておく。
空振り覚悟の戦法だが、むやみにバッドを振るよりは、確実に命中率は上がる。
それが今の僕達に出来る唯一の作戦だった。
有言を実行するべく友也が打席に入る。
打席に立つ友也は橘君のボールを捉えきれずにいるものの、持ち前の運動神経を生かし、ファールで三振を防ぎながらチャンスを窺う。
友也はスライダーに狙いを絞ると言っていた。
しかし、すでにスライダーはもう何度か投げられている。
狙い球を絞る。
言葉にするのは簡単だが、さすがの友也でも変化する球を前に飛ばすのは困難なようだった。
「チッ、打ち上げちまった」
友也の粘りも空しく、高く打ち上げられたボールはそのまま三塁手のグローブに収まった。
次は僕の打順だ。
実際に打席に立って見ると、座って見ているより球が急激に速く感じられた。
友也と同じくスライダーに球を絞る。
だが、先の二人とは違い、バットはボールに当たることなく空を切った。
やはりボールに当てるだけでも難しい。
後がない状況に追い込まれる。
頼む、当たってくれ!!
そう願い、当てずっぽで振ったバッドだったが、かすかにボールの当たる音が聞こえた。
しかしボールは前に飛んでいくことなく、捕手のミットに入っていく。
「アウトッ! スリーアウトチェンジ!」
結局、結果は先ほどと同じ三者凡退だった。
「ドンマイ、ドンマイ。バットには当たったんだ次は打てるさ」
「この回もしっかり守っていこうぜ!」
「うん!」
そして僕は、チームメイトからの激励を受け、気を取り直してこの後も試合に臨んでいくのであった。




