5月7日 (月)・後
白河さんは、休み時間のたびにクラスの皆から質問攻めに合っていた。
昼休みの今でさえも白河さんの周りには生徒が集まっている。
「あ~腹減った。なあ亮、飯食いに行こうぜ」
花より団子の竜二は相変わらずマイペースだ。
「寝てるだけなのによくお腹が空くよね竜二は」
竜二は授業中はいつも寝ている。
もはや学校に来ているのか学食に来ているのかわからない。
「俺様の肉体は、いついかなるときもカロリーを消費しているからな」
「お前は脳みそも筋肉だけで、出来てそうだけどな」
「ありがとうよ、友也」
「今のは誉めてないよ……」
友也の皮肉にも気付かず、竜二は喜んでいた。
僕達は食堂に向かい、適当な席で昼食を食べる。
「そういえば、今朝の事まだ聞いてなかったな」
「今朝? ああ、亮が公園でボコされてたやつか」
事実なのだがハッキリと言われると少し傷つく。
「ああ、あれはね……」
僕は二人に事情を説明した。
「へー、亮が転校生を庇ってねぇ」
「偉いぞ亮。見ず知らずの女の子を助けるなんて成長したな!」
「いやでも、結局は二人のおかげだし……」
「何言ってるんだ、助けに入ったということが大切なんだ」
うんうん、と友也は何故か嬉しそうにうなずいていた。
けれども僕は未だに見ず知らずの白河さんのために、あそこまで行動した自分が不思議でならなかった。
白河さんが可愛かったから、なんていう下心丸出しの理由ではないことだけを祈りたい。
「これで、あいつらを返り討ちにしてりゃ完璧だったけどな」
「僕じゃ無理だよ。竜二や友也みたいに喧嘩も強くないし」
「鍛え方が足りねぇんだよ、俺様と一緒に筋トレするか?」
焼肉定食をほうばりながら竜二が言う。
「いいんじゃないか喧嘩なんか強くなくたって。それに亮はお前にだって勝ったじゃないか」
「ぐ……そんな昔の話は止めやがれってんだ。あれは俺様の忘れたい過去なんだからよ」
竜二は友也に古い話をいじられ苦い顔をしていた。
これは、まだ僕達が仲良くなる前の話だ。
『お前だってやれば出来るんだぜっ!』
見ず知らずの白河さんを助けるために体を張った理由はわからずとも、そのきっかけとなった言葉は今でも僕の中で強く根付いていた。
「おーっと、これはこれは、B組の神谷君達じゃないか」
和気藹々とした雰囲気に水を差すようなセリフが僕達の会話に割って入ってくる。
目の前には、一人の男子と一人の女子が立っていた。
二人の腕には『生徒会』と書かれた腕章がついている。
「何か用かよ?」
明らかに毛嫌いしているような声色で竜二が言う。
「いやいや別に、相変わらず君達は暇そうで羨ましいと思ってね」
「そりゃどーも」
食堂内に険悪な空気が立ち込める。
「守……時間」
そんな空気を断ち切るように、ぼそりと隣の女子が呟いた。
「おっとそうだった。僕は君達と違って忙しいからこれで失礼するよ」
突然現れ、言いたいことだけを言って、去っていく。
なんとも嵐のような人達だった。
「けっ、相変わらずいけすかねぇ野郎だぜ」
「あまり気にしない方がいいよ竜二」
「亮の言う通りだ。勝手に言わせとけ」
さっきの二人はこの学校の生徒会長と副会長である。
生徒会長の『橘 守』は、自分の能力の高さを鼻に掛けた少し嫌味ったらしい性格をしており、妙に僕達に絡んでくる。
副会長の『千歳 葵』は、その表情からは何を考えているのか読み取れないほどクールな性格でありいつも橘君の隣にいる。
あの性格さえなければ、よい生徒の見本になれる気がしなくもないんだけどなぁ……
天は二物を与えずとは、よく言ったものだ。
午後の授業も終わり放課後になる。
放課後は、皆、部活動やバイトにいそしんでいる。
友也も今日はバイトがあると言って、先に帰って行った。
帰宅部である僕達も、いつまでも学校に残っていてもしょうがないので早々に帰ることにする。
「じゃあ、またな亮。明日は遅れんなよ」
「わかってるよ。またね竜二」
途中で竜二とも別れ、再び歩みを進める。
自宅であるマンションに着いたときマンションの前に引っ越し業者のトラックが止まっているのに気が付いた。
ふと、自分の部屋の隣が空き家なのを思い出す。
まさかとは思うが、誰かが引っ越してくるのだろうか?
トラックを横目に僕は5階にある自宅へと向かった。
「ただいま」
と言っても、もちろん返事はない。
僕の両親は2年前から仕事の都合で海外にいる。
月に1度は電話が掛かってくるけれど、海外に行って以来帰って来たことはない。
なので今は完全な一人暮らし状態だ。
時計を見ると時刻は16時47分
今日の夕飯はどうしようかな……
家にいるのは僕一人のため、必然的に家事は全て自分でやることになる。
簡単な料理なら作れるので普段は出来るだけ自炊をするよう心がけているが、一段と慌ただしかった学校を終えた今の僕にはそんな気力は残っていなかった。
というわけで今日は近くのコンビニで弁当を買ってくることにした。
服を着替え再び外に出ると、荷物の運び込みが済んだのだろうか、先ほどのトラックはもう見当たらなかった。
近くのコンビニで買い物を終えた帰り道、見覚えのある人影を見つける。
今日は何かと縁のある人物だ。
そこには白河さんが一人でポツンと立っていた。
今朝のようにキョロキョロと周りを見ながら何か探しているようだ。
「やぁ、白河さん」
困っていそうなので何か力になれればと思い僕は声を掛ける。
「あれ、神谷君。こんなところで何をしているんですか?」
「僕はコンビニで買い物をした帰りだよ。白河さんこそ何でこんなところにいるの?」
「実はですね。この辺りに私が今日から住む家があるはずなんですけど、道に迷ってしまいまして……」
白河さんは、そう言って俯いてしまう。
事情を呑み込んだ僕は、このまま白河さんを放っておくわけにもいかず、手を差し伸べることにした。
「住所を教えてもらえれば案内できると思うよ。僕もこの辺りに住んでるから」
「本当ですか!? この場所なんですけど」
白河さんが取り出した紙に目を落とす。
「わかりますか?」
「うん、ここからなら近いね。だって僕の家の……」
そう言いかけて僕は止まった。
きっと疲れているのだ、一度目をギュッとつぶり、もう一度、住所をしっかりと確認する。
だが、書かれている内容に変化はなかった。
なんと、そこに書かれていた住所は、僕の部屋の隣にある空き家だったのだ。
偶然もここまで来ると本当に彼女に不思議な縁を感じてしまう。
「神谷君の家の……何ですか?」
白河さんが何事かと不思議そうに尋ねてくるが、
「な、何でもないよ。じゃあ行こうか……」
なんとなく僕はこの事実を濁してしまった。
「このマンションの5階だね……これによると」
目の前には見慣れたマンション。
僕が現在住んでいるものだ。
「今日は一日中にお世話になりっぱなしで、本当にありがとうございました」
そう言って白河さんは律儀にお辞儀をする。
「ううん、大したことじゃないよ」
「何かお礼をしたいんですけど……」
「いいって、いいって、本当に大したことじゃないから」
僕にしてみれば当初の予定通り自分の家に帰ってきただけである。
「そうですか? でもちゃんとお礼はさせてくださいね。では今日は届いた荷物の整理をしなければいけないので」
「ああ、そうだね。じゃあまた明日……と言いたいところだけど」
「どうかしましたか?」
「僕の家もここなんだよね。あはは……」
「そ、そうだったんですか!?」
まさかの偶然に白河さんも驚いていた。
「ぐ、偶然ですね。私もこのマンションに住むんですよ」
「知ってるよ……」
天然か!? と突っ込みそうになる気持ちを抑える。
「えーと、私の部屋は……」
「うちの隣だから、ここだね」
見るとまだ表札に名前は入って無かった。
開かれたドアから見えた部屋の中にはダンボール箱がギッシリと積み重ねられている。
「今から荷物の整理をするの?」
「はい。そうしないと寝る場所も無さそうですし」
「こうしてお隣さんになったのも何かの縁だし、よかったら僕も手伝おうか?」
積み重ねられた段ボールの量を見るに、女手一つでは辛そうである。
「べ、別に、箱の中身とかを見るつもりはないから、安心してね」
これでは余計に変態っぽいと口に出した後で後悔したが、
「神谷君は本当に優しいですね。ではお言葉に甘えさせてもらいます」
白河さんはニッコリと微笑み、あっさりと受け入れてくれた。
あの量を一人で整理するのは、流石に無理があると思ったのだろう。
「じゃあ早速だけど始めようか」
「はい」
こうして僕達は作業を始めた。
「えっと、これはこっちでいい?」
「はい、そこに置いて下さい」
「んしょっと……」
「これは、そこに。あれは、あそこに置いて下さい」
「了解」
僕は主に段ボールを移動させる力仕事、白河さんは、その中身の確認と整理といった具合に仕事を分担して行っていく。
「ふぅ……とりあえずは片付いたかな」
「そうですね」
「二人でもけっこう時間が掛かったなぁ」
作業開始からすでに二時間ほどが経っていた。
「でも、神谷君が手伝ってくれたおかげであらかた片付きましたよ」
二つの室に大量に置かれていた段ボールも今では一部屋に収まるほどになっていた。
「今日は本当に神谷君に助けられてばっかりですね」
「気にしないで。僕が勝手にやったことだし」
「でも、やっぱり何かお礼をしないと……あっ! そういえば神谷君はまだ夕飯って食べてないですよね?」
少しの間考え、何か閃いた様子の白河さん。
「うん、これから食べようと思ってるけど」
「だったら、御馳走しますよ! これでも料理にはちょっと自信があるんです!!」
「えっ、本当? でもそこまでしてもらうのも何か悪いよ」
「いえ、ほんのお礼ですから」
「じゃあ、そういうことなら、お願いしようかな」
夕飯の用意をするのが面倒だった僕にしてみれば非情にありがたい申し出だった。
コンビニ弁当を買ってきてはいたが、それだけでは味気ない。
弁当は明日の朝食にすることにした。
「あ……でも食材を買ってこないといけません」
「それならうちにあるのを使ってもらって構わないよ」
「神谷君にお礼をするはずなのに、また迷惑をかけてしまいました……」
真面目な性格なのだろう。
言って、白河さんはまた俯いて落ち込んでしまう。
「いやいや、ご飯を作ってもらうだけでも十分助かるから!」
そんな白河さんをフォローするように僕は、彼女を元気ずけようと試みるのだった。
気を取り直して今度は僕の部屋へと移動する。
「冷蔵庫の中のものは適当に使っていいからね」
「色々入ってますね。これなら沢山作れそうです」
白河さんが料理に取り掛かっている間、僕は椅子に腰掛けて待つことにした。
よくよく考えてみれば、家に女の子を招くなんて初めての事である。
台所にいる白河さんを見ると料理が好きなのか、鼻歌を歌いながら楽しそうに料理をしていた。
自前のピンクのエプロンが何とも似合っている。
僕がその様子をずっと見ていると白河さんはその視線に気づいたようにこちらを向き、
「もうすぐ出来ますから、もう少し待っててくださいね」
と微笑んできた。
新婚さんて、こんな感じなのかな……
ってなにを考えているんだ僕は!!
ついついそんなことを考えてしまい、だんだん気恥ずかしくなってきた。
雑念を振り払うために頭を振る。
しかしエプロン姿の白河さんを見るたび、様々な妄想が頭の中を飛び交っていく。
まさに思春期の葛藤。
僕は自分の顔がどんどん赤くなっていくのを感じた。
次第に台所の方から食欲をそそる美味しそうな匂いが漂ってきた。
「これでよしっと!」
どうやら料理が完成したようだ。
美味しそうな匂いも相まって僕の胃袋も今か今かと料理を待ち望んでいた。
テーブルには、ご飯を主食に綺麗に盛り付けられたサラダやホワイトシチュー、エビフライなどが並ベられていく。
「わぁ、美味しそうだね!」
「お口に合うかどうかわかりませんけど、私の得意料理です」
「お腹も空いたし、さっそく頂くよ」
僕達は向かい合う形で椅子に座る。
「「いただきます」」
少し不安そうな顔の白河さんが見えたが、僕の興味はすでに目の前の料理へと移っていた。
まずシチューを一口、口に運ぶ。
口の中いっぱいにホワイトソースの旨みが広がっていく。
ほどよい柔らかさの肉、よく味のしみ込んだ野菜。
これが本当にタイムバーゲンで買いだめしておいた、食材達なのだろうか、と疑ってしまうほどだ。
「うん、凄く美味しいよ!」
「本当ですか! よかった」
僕の感想を聞いて安心したのか白河さんもほっと胸を撫で下ろした様子だった。
「今まで食べた中で、一番かもしれない」
脚色のない感想を正直に述べる。
「そんな、大げさですよ」
「本当に料理上手いんだね」
「昔に母から教わったこと以外は、ほとんど自己流ですけど」
きっと相当試行錯誤を重ね練習したに違いない。
僕も料理をするが、レシピ通りに材料を切り、調味料を入れるのが関の山だ。
この辺が、味の差なのかと僕は一人考えた。
「神谷君の家は綺麗に片付いてますね」
「片付いてるっていうか、散らかるほど物がないだけだけどね。親は、今海外にいてここに住んでるの僕だけだから」
「そうなんですか、じゃあ私と同じですね」
白河さんの話では白河さんの両親はまだ海外での仕事が片付いておらず、この町に来るのはもう少し先になるとのことだった。
「一人でこっち着くまでに何回も迷って苦労しました……」
「白河さんは根っからの方向音痴だからね」
「あー、ひどいです」
「ごめんごめん」
そんなふうに互いのことを話ながら夕食を食べていく。
「ごちそうさま」
どれも絶品の味だったので出てきた料理はすべて平らげてしまった。
「こんなに食べたのは久しぶりだよ」
「満足してくるたようでなによりです」
白河さんも、とても嬉しそうな顔をしている。
後片付けは二人で一緒にやることにした。
台所に並んで、食器や鍋を洗っていく。
「どうかしましたか?」
「い、いや何でもないよ」
間近で見ても白河さんは白くて綺麗な顔をしており、女の子特有の甘い香りもあって耐性のない僕は嫌でも意識してしまう。
それにしても白河さんも少し警戒心がなさすぎではないだろうか?
こんな可愛い女の子が、年ごろの男子の家にほいほい上り込むなど……
いや、だからと言って僕が彼女に何をするわけでも、何かする度胸もないのだけど……
片づけも終わり、玄関で白河さんを見送った後は、疲れた体を休めるため早めの就寝準備をする。
ベッドに横になり、目を閉じて今日のことを思い返す。
今日は一日でいろんな事があった。
友也と竜二にまたも助けられ、己の無力さを感じさせられた。
けれども代わりに白河美咲という人間と出会うことが出来た。
そのおかげで、一緒に楽しい時間を過ごせ、僕はこうして無事に一日を終えることが出来る。
本当にいろんな事があった。
次第に意識が深く沈んでいくのを感じる。
明日は、どうなるんだろうか?
そしてそのまま僕の意識は深い闇の中へと沈んでいった──────




