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?月?日 (?)・前

 ────ふいに目が覚めた。

 目の前には、見飽きた天井が広がっている。

 住み慣れた我が家、自室のベッドで僕は目を覚ました。

 夢……を見ていた様な気がする。

 夢の内容は全く覚えていない。

 なのに…… 

「なんで……僕は泣いているんだ……?」

 なぜ、涙が流れているのか見当もつかなかった。

 別に悲しいわけじゃない、怖い思いをしたわけでもない。

「なんで……うっ…………止まらないんだよ……」

 いくら拭っても涙が止まることはなかった。

 僕の中の何かをすべて洗い流してしまうように僕は感情のままに泣き続けた。


 涙が治まったころには、すでに登校時間が迫ってきていた。

 すぐに支度をし、家を出た。

 そして目指していた場所にたどり着いたとき、一定のリズムを保って、歩いていた足を止める。

 僕の立ち止まったのは、緑豊かな公園の前。

 けれどもそこには、誰もいなかった……


「あー、どっかに可愛い女の子でもいねぇかな」

「ハハハッ、お前女にがっつぎすぎだから!」

「うるせぇ」

 途中、人を待つ僕の前をガラの悪い男達三人が通り過ぎていった。


 そして暫くして……

「おっす亮、今日も早いじゃねぇか」

「おはようさん」

 僕の親友である、竜二と友也の二人が揃って現れた。

「おはよう、二人とも」

「何だ亮、元気ねぇじゃねぇか。何かあったのかよ?」

「ううん、別に何も無いよ……」

「そうか、ならいいんだけどよ。じゃあ遅刻しないうちにサッサと行こうぜ」

「うん」

 僕達は今日も三人で登校する。

 何もおかしいことではない。

 これが僕のいつも通りなのだから……


 学校に着くと恒例のホームルーム、そしていつもの通りの授業が始まった。

 僕の右隣の席もいつものように空いている。

 その席を見ていると、僕の胸の中も、その空席のようにポッカリと穴が空いてしまった、そんな気がしてならなかった。


 滞りなく授業は終わり、下校する。

 今日は友也がバイトだというので竜二と二人で帰宅した。

「じゃあ、また明日な」

「うん……」

 いつもの道で、僕達は別れる。

 去っていく竜二の背中を見送っていた時、僕は大きな不安に駆られた。

「ねぇ、竜二!」

 衝動に駆られるままに竜二を呼び止める。

 竜二を呼び止められずにはいられなかった。

 ここで別れたら、もう竜二と会えない気がしてしまったからだ。


「ん、なんだ?」

 立ち止まった竜二がこちらを振り返る。

「竜二はさ、どこにも行ったりしないよね……?」

「言ってる意味がわかんねぇぞ」

「竜二は、ずっと僕達と一緒にいてくれるよねってことだよ……」

「そんなの当たり前じゃねぇか。今日の亮はおかしなこと言うな」

「………………」

 その言葉を聞いても、僕の中にある不安は消えてはくれなかった。

 きっと竜二も何で僕が眉をしかめているのか不思議に思っていることだろう。

「亮、お前が何を心配しているかはしらねぇが、俺様はいつだってお前の味方だ。お前がそれを望んでんなら俺はいつまでも一緒にいてやるぜ」

「竜二……」

「あんまりシケた面してんじゃねぇぞ。じゃあ、また明日な」

「うん! またね」

 竜二の言葉に僕は、久しぶりに笑ったような気がした────




 竜二が途中、立ち止まり振り返ると、亮が今日初めての笑顔を浮かべながら歩き去って行くのが見えた。

「あれが、本当に俺様に勝った男なのかね……まあ、頼られて悪い気分はしねぇけどよ」

 これからどうしたものかと、珍しく複雑な心境になる。

「どうにも調子が狂うな、柄にもねぇこと考えてっからか……」

 亮達といてもどこか息苦しさを感じている自分に嫌気がさし、竜二は頭を掻く。

 ずいぶんと長い間、二人と行動を共にしてきたが、そんな事を感じるのは竜二にとって初めての経験だった。


 小さいころの竜二は近所でも有名なほどに腕っ節が強いガキ大将だった。

 だが、そんな竜二にも一緒に遊ぶ友達はいた。

 いや、本当にアレを友達だと言っていいのかは、はなはだ疑問だ。

 当時、竜二と一緒にいた者達は皆、自分と対等ではなかったのだ。

 竜二に目を付けられることを恐れ、竜二の傘下に入ろうとした者達。

 つねに竜二のご機嫌を窺い、竜二を後ろ盾にすることによって、周囲に威張り散らしていた。

 けれども亮と友也は違った。

 最強だと思っていた自分にたった二人で立ち向かい、打ち負かした。

 初めて自分にも対等の存在が現れたのだと、この時、竜二は思った。


 素でいられる。

 それが竜二が二人と居る理由だった。

 いちいち他人の気を窺って行動するのは性に合わない。

 自分は自分らしく生きる、それがモットー。

 いつまでも着飾ることのない自分を受け入れ続けてくれている二人に竜二は表には出さずとも感謝をしていた。

 だからこそ竜二も亮達が困っていれば全力で手を差し伸べる。

 それが自分を対等に受け入れてくれた亮達への竜二なりの感謝の印だった。


 そして今、その亮が精神的に弱っている。

 今日一日、一緒に行動していた竜二にはそう感じられた。

 そんな亮のために自分がしてやれることは何か、それも竜二の中では結論が出ている。

 しかし、そのせいで自分がこんなにも窮屈な思いをしようとは考えるに至らなかったのだ。


「さて、一体どうしたもんかねぇ。……なぁ、お前はどう思うよ? いい加減コソコソ隠れてないで出てきたらどうだ。俺様に話があんだろ?」

 一人、どこかにいる誰かに向かって声を掛けた。

 その声を聞き、一人の男が竜二の前に姿を現す。

「やっぱりお前か……友也」

 竜二の前に現れたのはバイトに行くと言って学校で別れた友也だった。

 いつものようにヘラヘラと笑う竜二を友也は神妙な面持ちで見据えていた。

「竜二、お前はいつまでこんな茶番を続けるつもりだ?」

「さあな、そんなことはアイツが決めるこった」

「今の状況をお前も理解しているだろう?」

「まぁ、なんとなくな。流石の俺様もこの状況を素直に喜ぶ気にはなれねぇよ」

「だったら……」

「けどな、俺様は誰の指図も受けるつもりはねぇ。例え、親友のお前でもな……」

「……なら、これはお前の親友としてのお願いだ────」




 次の日、竜二は学校を休んだ。

 友也に何か知っているか、理由を尋ねてみても「わからない」と言われた。

 今日の友也は、どこか物憂げな表情をしていて、僕が話しかけてもいつもよりもそっけない反応しか返ってこなかった……

 そして今日の学校生活を終える。

 自分の部屋の前に着いたとき、ふと隣の部屋が目に入った。

 そこは、長い間ずっと空き家の部屋。

 この先もここはずっと空き家のままなのだろうか……?


 自室に入り、ベッドに身を投げる。

 何だろう……この気持ちは……

 今までと変わらない毎日を過ごしているはずなのに何か物足りなさを感じる。

 何かが欠けてしまったような、そんな感覚。

 でも、それを取り戻そうとすれば、また大切な何かを失ってしまいそうな気がする。

 それが、とてつもなく怖かった。

 ベッドに身を預けているうちに瞼が重くなり、いつの間にか僕は深い眠りに就いていた────




 体が重い、外に出たくない。

 目が覚めた次の日の朝、そんな陰鬱な気分が僕の体を支配していた。

 別い風邪をひいたわけでもない。

 ただただ、体が学校に行くことを拒んでいた。


 枕元の携帯を取り、友也に電話をかける。

『もしもし、どうした亮? こんな朝早くに』

「今日、体調が悪くて学校に行けそうにないんだ……」

『何だ、風邪でもひいたのか?』

「そういう訳じゃないんだけど」

『……わかったよ。先生には俺から伝えといてやる』

「ごめん……」

『気にするな。飯はちゃんと食べるんだぞ』

「うん」

『お大事にな────』

 そして僕と友也を繋いでいた電話が切れた。

 その日、僕は何をするわくでもなく一日中、部屋に引きこもっていた。


 次の日になっても気分が晴れることはなかった。

 今日も友也に欠席するうまを電話で伝える。

 友也は電話越しでもわかるくらい心配してくれていたが、僕は、

「大丈夫だよ」

 とだけ言った。

 そして次の日も、そのまた次の日も僕は学校を休み、糸の切れた人形のようにベッドの上で横たわっていた。

 竜二もいる、友也もいる。

 いつまでたっても二人は居続けてくれている。

 なのに僕の中には虚しさだけが残っていた。


 そして、学校を休み始めて四日目の夕方。

 来客を知らせるチャイムが部屋に鳴り響く。

 ドアを開けるとそこには……

「よっ」

 友也が立っていた。

「中、入っていいか?」

「うん……」

 友也を部屋に迎え入れる。


「体の具合はどうなんだ?」

「大分良くなってきたよ……」

 友也を心配させまいと適当にごまかす。

「……そうか、そいつは良かった」

 しばしの間、僕達の間に沈黙が訪れた。


「どうだ亮、気晴らしに少し散歩にでも行かないか?」

 沈黙を破ったのは友也の散歩の誘い。

 正直あまり気乗りはしなかったが、

「うん、いいよ」

 これ以上、友也に心配かけまいと、僕は了承する。


 外に出てからも僕達は無言で歩き続けた。

 友也はどこかに向かって歩いているようで、僕はその後を追いかけているだけだった。

 十分ほど歩いたところで、友也が足を止める。

「ここ、覚えてるか?」

 友也が止まった場所は、昔、僕達と竜二が喧嘩をした空き地のあった場所だった。

 今はもう、その空き地には小さな建物が建っている。


「もちろん……初めて会った僕と友也が竜二達を相手に大喧嘩した空き地、だよね」

「ああ、そうだ。ここから俺達三人は始まった」

「あの時、友也と出会っていなかったら、僕はずっとイジメられてたままだったろうね……」

 あの時の友也が僕に声をかけてくれたから今の僕がここにいる。

 それは紛れもない事実だろう。

「でも、亮はそれが嫌だったから、そんな自分を変えたいと思ったから、俺と一緒に戦ったんじゃないのか?」

 僕に背を向けたまま友也が言った。


「そう……だね……」

 違う……

「僕は自分を変えたいと思ったのかな……?」

 そんな理由じゃないだろ……!?

 確かにイジメられるのは嫌だった。

 でもあの時の僕にとっては、孤独でいることが何よりも辛かった。

 ずっと一人でいることが……

 でも友也が変えてくれた。

 僕を孤独から救ってくれた。

 あの時の僕は竜二達に仕返しをしたかった訳じゃない。

 ただ、友也と一緒にいたかっただけだ。

 また一人になるのが嫌だったから、友也についていっただけだ。

 僕が自分を変えたかったからなんて、そんな高尚な理由じゃない。


「……違うよ、友也。僕は自分を変えたかったんじゃない。僕は、ただ友也と一緒に遊びたかっただけだよ」

「………………」

「だから……僕はあの時から何一つ変わってなんていない。あの時の……弱い僕のままなんだよ」

「……それは間違いだ」

 友也は僕の方に振り返り、僕の言葉を否定した。

 不満に顔をしかめている表情は、真っ直ぐに僕の瞳を見据えている。

「あの時のお前は確かに強くなっていた。だが、今のお前は違う。今のお前は自分で成長することを放棄してしまっている。俺が初めて会ったときと同じだ」

 友也の言葉に僕は……

「それでも、いいよ」

 そう、今となってはそんなことはどうでもいい。

「僕は弱いままで構わない。友也と竜二がいてくれれば……他には何もいらないよ」

 ここには僕の望んでいた世界があるのだから……

 ここにいる限り、僕は一人になることなんてないんだ。


「本当にそれでいいのか?」

 友也の表情が徐々に険しいものへと変わっていく。

「それは本当にお前が望んでいることなのか?」

 僕の心を突き刺すように友也の視線は鋭いものだった。

「亮、お前はまた逃げるのか? 誰かが手を差し伸べてくれるまでずっと逃げ続けるのか!?」

「違うよ、僕は! ……僕は……」

 言葉が続かない。

「どうした、言いたいことがあるなら言ってみろ! だけどな亮、今回ばかりは誰もお前を助けてはくれない……お前自信の力で乗り越えていくしかないんだ! お前だって分かってるはずだ。こんな『偽り』の世界にいつまでも居てはいけないと……」


『偽りの世界』

 友也の表現は、とても的確なものだった。

 そう、ここは虚構に満ち溢れた世界だ。

 でも、それは現実の中にほんの少し嘘を混ぜた程度。

 竜二と友也という小さな嘘を混ぜただけの世界だった。

 二人が、もう僕と一緒にいられるはずがないのだ。

 だって二人は僕を助けるために……

 そんなことは、この数日でとっくに気付いていた。

 ただ、今までそれに気付かない振りをしていただけだ。


「それでもいいじゃないか」

 例え作られた世界だろうが、偽物の世界だろうが、

「僕達はここにいるんだから、こうしてまた一緒にいられるんだから」

 何も変わっていない、全ては今まで通りだ。

 友也がいて、竜二がいて、僕がいる。

 僕にとっては何も変わらない現実がここにはあった。


「それじゃあダメなんだ。ここにいたらお前はどんどん弱くなっていく。自分で自分を苦しめることになる……あいつの様にな……」

「あいつ……?」

 その人物を僕は思い出すことが出来なかった。

 それもまた、僕の中から大切な何かが失われしまったということなのだろう。

「亮、お前にはお前の帰るべき場所がある。いつまでも俺達と一緒にはいられない」

 友也の表情は先ほどと変わらずに険しいものだった。

「なんで……? 友也はずっと僕の味方だと思っていたのに……」

 どんな時でも僕を助けてくれるヒーローだと思っていたのに……


 なんで……? 

「なんでそんなこと言うんだよっ!?」

「…………」

 友也は何も答えない。

 僕を責めるような眼差し、それが友也の答えだったのかもしれない。


「無駄だぜ。今のそいつに何を言ってもな」

 代わりに答えたのは……

「竜二……」

「ワリィな友也。ここ数日、俺様なりに色々考えたんだけどよ、やっぱり俺様は亮に付かせてもらうぜ」

「残念だ。お前なら理解してくれると思ったんだがな」

 突然現れた竜二。

 状況を呑み込めていない僕をよそに二人は会話を続ける。

「ここで目が覚めた時に決めたんだ。俺は、最期の最後まで俺の身を案じてくれた亮の味方になり続けようってな」

「それが亮のためにならないことだとしてもか?」

「ああ。邪魔をしようってなら誰だって容赦はしねぇ」

 二人が何の事について話しているのか、僕にはよくわからなかった。

 ただ会話の内容から推測できたのは、友也と竜二がそれぞれ違う道を選んだということ……

 いつの間にか一触即発の重苦しい雰囲気が僕達を包んでいた。


「ふっ、なるほどな。今度は俺がお前達にとっての悪者ってわけか……」

 今の自分の立場を嘲笑するように友也は口の端を緩める。

「勘違いすんじゃねぇ、別にお前の敵になったわけじゃねぇよ。俺はただ、亮の意思を尊重するだけだ。俺達と一緒にいたいって言う意思をな」

「なるほど、最期まで義理を果たし通す、お前らしいと言えばお前らしいな。どうやら俺はお前の覚悟を見誤っていたみたいだ。それがお前の決めたことなら俺からはもう何も言うまい」

「へっ、お前のその潔さも中々のもんだぜ」

「そんなんじゃないさ。こう見えても俺はあきらめが悪いんだ。さて……」

 一度間をおいて、友也は竜二に向けていた視線を再び僕に向けた。

「亮、お前はどうする? 俺と竜二はもう覚悟を決めている。お前には、この世界に居続けたいというお前の願いを貫き通す覚悟があるか?」

 なんで友也はあんなことを言うんだ?

 僕はただ、みんなで一緒にいたかっただけなのに……

「………………」

「……答えられないか? なら考える時間をやろう。明日、今と同じ時間にいつもの公園で待ってる。そこでお前の答えを聞かせてくれ」

「待ってよ! もし僕の考えが、友也の意見にそぐわないものだったらどうするの?」

「あちらを立てればこちらが立たずってやつだ。 ……そうなったら、男同士コイツで決着を付けるしかないだろう」

 そう言って友也が差し出したのは自らの拳だった。

「そんな……でもっ…………」

「亮!」

 そこで竜二に言葉を遮られる。

「あいつが一度決めたら、止まらない奴だってのはお前が一番理解してんだろうが」

「竜二……」

 見ると友也はもう踵を返し、歩き去っていた。

 この場に僕と竜二の二人が残される。

「安心しろ。明日は俺も戦う。俺様の力とお前の頭があれば友也の野郎にだって勝てんだろ。明日に備えて今日はもう帰んな」

「うん。ありがとう竜二……」

 僕には友也がどこか遠くへ行ってしまったように感じられた。

 明日に行われるであろう、僕達の戦いにどんな意味があるのかは、よくわからない。

 でも、きっと友也は僕の考えを理解してくれるはずだ。

 だって僕達は親友なのだから────

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