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5月11日 (金) (2)

 学生には避けては通れないものがある。

 しかし、これは乗り越えなければいけない壁。

 これは『試練』だ。

 後に待っている長期休暇のための試練だと僕は受けとった。

 学生の成長は、この難題なテストに打ち勝つことだと……

 というわけで現在僕達は月末のテストに向けて勉強会を開いていた。

 と言っても最大の問題児である竜二に赤点を取らせまいとするために催されたものだ。

 そしてなぜだがそれは、放課後に僕の家で行われていた。


「だからここにこの公式を当てはめればいいんだよ」

「これで最後だ。頑張れよ」

「ぐぬぬ……」

 竜二がうねり声ながら問題を解いてゆく。

 勉強は僕と友也の二人掛かりで教えることになった。

 ちなみに美咲さんは、勉強で頭を使ったらお腹が空くだろうということで、台所で僕達の為に夕飯を作ってくれていた。


「これでどうだぁっ!」

 最後の気力を振り絞り竜二が問題を解き終える。

「うん、正解だよ! やったね」

「竜二もやれば出来るんだがな」

「へへへ、そんなに誉めんなよ照れるぜ」

 竜二は山を登りきった登山家のようにやりきった顔をしている。

「こっちも出来ましたよ」

「おっ、待ってました!」

 同時に美咲さんの料理も完成し、竜二が歓喜の声を上げた。


「この匂いはカレーか」

「はい! 腕に寄りをかけて作りました!」

 美咲さんには今日の夕食ようにと、あらかじめ材料を用意しておいたカレーを作ってもらった。

 この人数分を手軽に作れるものとしても最適だったからだ。

「どうぞ、真田さん」

 勉強を頑張った竜二には特盛によそった皿を渡す。

「おう! サンキュー」

「おかわりも沢山ありますからね」

「早く食おうぜ! 俺様もう待ちきれねぇ」

「そうだな。それじゃ……」

「「いただきます!」」

 ちゃんといただきますをしてから皆で食卓を囲んだ。

 

「ウマい!」

「確かに、どこに出しても恥ずかしくない味だな」

「だから言ったでしょ、美咲さんは料理が上手だって」

「そんな、カレーくらいでほめ過ぎですよ」

 美咲さんは謙遜していたが、その顔には万弁の笑みが浮かんでいた、

 自分の作った料理を美味しいと言いながら食べてくれるのは誰だって嬉しいものだ。


「ふう食った食った。ごちそうさん」

「はい、お粗末さまです」

 結局竜二は残っていたカレーもすべてを食べ尽くしてしまった。

 相変わらずの食欲に僕は呆れをを通り越して感心してしまう。

「じゃあ竜二のお腹も満たされたことだし、勉強会の続きをしようか」

「今ならどんな問題でも解けそうな気がするぜっ」

「そりゃ頼もしいことで」

 こうして勉強会が再開された。


「こいつでどうだ?」

「うん、正解だよ!」

「や、やっと終わったぜぇ……」

 糸の切れた人形のように竜二がテーブルに突っ伏す。

「こんなに勉強したのは、入学受験の時以来だ」

「これで明後日はちゃんと楽しめるね」

「明後日か、想像しただけで腹が減ってきた……」

「今食ったばっかだろうが。相変わらず食い意地だけはスゴいな」

「ほっとけ」

 友也の言葉に笑いが渦巻いた。


 僕達と美咲さんが出会ってからもうすぐ一週間が経つ。

 よくよく考えればまだ数日しか経っていないのだが、まるで、もう何年も一緒にいるかのような錯覚に陥る時もあった。

 それほど美咲さんが僕達に馴染んでくれているということなのだろう。

 いつまでこの四人で今みたいなバカをやっていられる毎日が続いて欲しい。

 そう思う夜だった────


「さてと、俺達はそろそろお暇するか」

「んあ、もうこんな時間か」

 賑やかな時間はあっという間に過ぎていき、時刻はもう10時を回っていた。

「そうだね。あまり遅くなると親御さんが心配するし」

「ああ。っと忘れるとこだった」

 カバンを持って立ち上がろうとした友也が思い出したように動きを止めた。

「どうしたの?」

「せっかく白河とも仲良くなれたんだし、みんなで連絡先くらい交換しとこうと思ってな」

「あ、私もちょうど知りたいと思っていたところです」

「そう言えばまだ教えてなかったね。じゃあ赤外線で送るよ」

「わかりました」

 それぞれが携帯を取り出し白河さんとの連絡先を交換していく。

「よっと、これで全員終わったな」

「はい! ありがとうございます」


「二人は明日の休みは予定とか入ってるの?」

 明日は暇なのでとりあえず二人に予定を聞いてみた。

「悪いな、明日は午後から丸々バイトが入ってんだ」

「竜二は?」

「前楽園ホールでプロレスの試合を観てくるぜ」

「前に言ってたやつだっけ?」

「そうそう、斗場と猪狩のドリームマッチだ!」

「それじゃあ仕方ないね。楽しんできてよ」

「わりぃな、ちゃんと土産は買ってきてやっからよ」

「ありがとう」

「じゃあ日曜日、忘れるなよな」

「うん、バイバイ」

「飯、また食わせてくれよな」

「はい、お安いご用です。暗いので気を付けてくださいね」


 友也と竜二を玄関で見送る。

「亮」

「何?」

「頑張れよ……」

 帰り際に友也が一言、そう耳打ちをして帰っていった。

 頑張るって何を?

 考えても分からないので聞き流すことにする。


「美咲さんももう帰る?」

「いえ、食器の片付けを手伝ってから戻ります」

「そこまで気を遣ってくれなくてもいいのに」

「作ってから後片付けまでがお料理ですから」

「美咲さんは本当に料理が好きなんだね」

「はいっ、大好きです!」

 後片づけまでも一人でさせるわけにもいかず、僕達は二人並んで夕飯の食器洗いをする。

 その間、特に会話は無く、ただ水の流れる音だけが聞こえていた。


「亮君」

「ん、何?」

「明日って予定空いていますか?」

「うん、空いてるよ」

「でしたら、どこかにお出掛けしませんか?」

 突然の美咲さんのお誘い。

「いいけど、明日は友也も竜二もいないよ?」

 さっきの通り二人とも明日は予定が入ってしまっている。

「かまいません。明日だけは……亮君と二人きりでいたいんです」

「え……!」

 予期せぬ言葉に思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

 しかし……

「そうだね。家にいてもどうせ暇だし。明日は何処かに遊びに行こうか」

 すぐに自分の中にも明日は美咲さんと一緒に居たいという気持ちが芽生え出した。

「ありがとうございます!」


「でも、どこに行く?」

「私は亮君の行きたいところなら何処でも構いませんよ」

「うーん、そうだな……」

 何かないかと考えてみるが、こういう時に限ってなかなか思いつかない。

 その時、ポケットの中に何かが入っているのに気付いた。

 その正体を思い出し僕は提案をする。

「ここなんてどう?」

 ポケットに入っていたのは昨日の福引で当たった遊園地の割引券だった。

「デスティニーランド、ですか?」

「うん。割引券も当たったしちょうどいいかなと思って」

「いいですね! 私も一度は行ってみたいと思っていたんです」

「じゃあ明日はここに行こうか」

「はい!」


 その後、明日の朝8時に待ち合わせという約束をして、美咲さんは帰っていった。

 一人になったことで、先ほどのやり取りを冷静に思い返し、僕は顔を赤らめる。


『かまいません。明日だけは……亮君と二人きりでいたいんです』


 あの場は一瞬ドキッとしたものの場の雰囲気に飲まれて軽く流してしまったが、今考えればあれは自分に気があるのではないかと思春期特有の妄想を膨らませてしまう。

 つい変な期待を寄せそわそわしてしまう中で明日の事を何度もシミュレートしながら僕の眠れぬ夜が始まり、今日という日が終わっていった──────

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