5月13日 (日)
「遅いなぁ……」
「何かあったんでしょうか?」
時計を確認すると時刻はすでに16時05分。
約束の時間を過ぎていた。
「おーい、わりぃわりぃ。遅れちまった」
一度連絡を入れようと思ったところで竜二と友也の二人が向かいから特に急ぐ様子もなくいつものように歩いてきた。
「遅刻だよ」
「そう固いこと言うなってたった5分じゃねぇか」
「竜二だって普段は時間にうるさいくせに」
「いやー、今日の事を考えたら、つい友也と話が盛り上がっちまってな」
「気が早いんだから、まったく……」
「仕方ねぇだろ、極上の料理が食い放題。これが浮かれられずにいられるかってんだ」
「と言うわけだから勘弁な、亮」
そう、僕達はこれから青篠スカイタワーにある最高級レストラン『トラサルディー』の食べ放題ディナーに行くのだ。
これが出来るのも美咲さんが町内の福引きで二等を引き当ててくれたおかげである。
高級店に行くと言うことで、念のために学校の制服で集まっていた。
「じゃあ、さっさと行こうぜ」
「もう、調子いいんだから」
「まぁまぁ、こういうのも楽しいじゃないですか」
怒る僕をよそに美咲さんは、いつものように柔和に微笑んでいた。
「何してんだ、早く来ないと置いてっちまうぜ!」
「っていつの間に!? ちょっと待ってよー」
こうして僕達四人はスカイタワーを目指して歩きだした。
「でよ、そこで猪狩の卍固めが決まってな……」
道中は竜二が昨日観戦に行った、プロレスの試合についての熱弁を聞いていた。
「いやー、あの試合は熱かった。まさにメインイベントに相応しい闘いだったぜ!」
「竜二も楽しかったようで何よりだね」
「おうよ、土産は明日持って行ってやっからな」
「うん、ありがとう」
竜二の事だからシュールなお土産を買ってきてそうだと容易に想像がついた。
「亮達は昨日何かしてたのか?」
「僕は美咲さんとデスティニーランドに行ってきたよ」
「とっても楽しかったですよね、亮君」
「ほう、それは興味深い話だな……」
友也は、またいやらしくニヤニヤしていた。
この笑い方をした時の友也は、ろくでもないことを言い出すから要注意だ。
「何だかこいつら妙に仲良くなってねぇか……ってか呼び方変わってね?」
「休日に男女二人がデートスポットに出かけたんだ。距離が縮まってて当然だろう。やっと亮も、めでたく彼女持ちか」
「いや別に付き合ってるとか……そういうのじゃ……」
「まあ、そう照れるなって亮! で、正直な話どこまでいったんだ? キスくらいはしたのか? ほら、お兄さんに言ってごらん」
「ちょっ、一々からかわないでよ。まだ……その……」
冷静に観覧車での出来事を思い出すと顔が焼けるくらい恥ずかしい。
「ハッハッハ。冗談だって。まあ何だ、白河も亮の事を宜しくな」
「は、はい。でも、亮君って酷いんですよ昨日だっておばけ屋敷で……」
お化け屋敷と聞くと悪い意味でドキドキしてしまう。
今でも鮮明に思い出すことのできる美咲さんの双丘の感触。
もしかして、そのことに美咲さんも気付いていて、ここで話そうってんじゃないだろうな?
僕は、いてもたってもいられなくった。
「なんだ、暗闇に乗じてどこか触られたか? 亮は見た目通り結構ムッツリだからな」
「わーわーストップ、ストーップ! 何言ってんの友也!! 触ってはないよ」
っていうか見た目通りムッツリって……
一体、友也には僕がどんなふうに見えているんだ?
「触っては……冗談で言ったんだが、まさか図星か?」
「い、いや……あれは不可抗力で……」
焦って余計なことを口走ってしまった。
まさに墓穴を掘った。
「どうしたんですか亮君? 顔が赤いですよ」
「な、何でもないよ。ハハ……ハハハ」
美咲さんが鈍感なことに感謝する。
本人が恐がっている間に隣で胸を堪能していたなんてことが知られたら変態の レッテルを張られてしまうかもしれない。
あっ、こういうところがムッツリなのか……
自分の愚かさに自分で気付いてしまい、ちょっと凹む。
「そんなに触りたいなら堂々と頼めばいいじゃないか。きっとお前が頼めば白河なら……」
「止めて、それ以上は言わないで!! それじゃあ本当にただの変態だから!! もういいから早く行こうよ……」
「ったく、本当に亮はいじりがいがあるな」
いつになったら僕もいじる側に回れるのだろうか……
しょうもない願いを胸に僕は近づいてくるスカイタワーを見上げながら歩いていた。
「さて、じゃああと二時間、スカイタワーの中を見て回るか」
スカイタワーについてから時間まで僕達は下層のショッピングモールを回ってみることにした。
「うわー、色々なお店がありますね!」
「相変わらず俺様達には縁のなさそうな店ばっかだな」
竜二がそう言うのも無理はない。
青篠スカイタワーの中にあるお店は基本的に高級店。
服も靴もアクセサリーも家具も万単位は当たり前。
一般の、しかも学生の身分である僕達にはとてもじゃないが手の出せる値段ではない。
「駅前の服屋と何が違うのかさっぱり分からん」
「素人の俺達には分からないこだわりがあるんだろ」
おしゃれに無頓着な男連中にとって最悪服は着れればいい程度の認識であった。
「美咲さんは何見てるの?」
ガラスケースの中の商品に見惚れている美咲さんに声を掛ける。
見てみるとガラスケースの中には指輪が入っていた。
値段ざっと見積もって、一般サラリーマンの給料三ヶ月分くらい。
「結婚指輪とか女の子の憧れですからね」
「け、結婚……!」
ついその言葉に反応してしまう。
結婚か……
『ただいま』
『お帰りなさい、亮君』
『今日も仕事疲れたよ』
『お疲れ様です。ご飯にしますかお風呂にしますか?それとも…………』
いやいや、いつの時代だ!
自分の妄想に自分でツッコミを入れる。
こんなんだから友也にもムッツリって言われるのか……
「亮君!」
「はい!」
「? 風間さんが呼んでますよ」
「う、うん。わかったよ」
人前での妄想はほどほどに、これが今日の教訓だった。
友也の元に皆が集まる。
「次は展望室に行ってみないか?」
スカイタワーの最上階に位置する展望室。
約300メートルの高さから青篠の街を一望できる絶景の場所だ。
スカイタワーの観光に来た者ならば、当然誰でも寄る場所だろう。
「うん、いいよ」
「ここにいるよりは面白そうだしな」
「はい!」
「よし、じゃあ行くぞっ!」
そうと決まれば行動は一つ、早速エレベーターに乗って最上階を目指す。
チンッというお決まりの音を立ててエレベーターが最上階に着いた。
「うおっ、すげぇな!」
目の前に広がる室内は、ほぼ360°壁一面が透明のガラス張りになっていた。
どこを見ても、遠くまで広がっていく景気が見える。
まるで自分達も空の上に浮いているようだった。
ガラスに寄って外を眺める。
「おい下見てみろよ。人も車も蟻んこみてぇに小せぇぞ」
確かに、こんな光景を見せられては『人がゴミのようだ』と言いたくなる気持ちもわからなくはない。
「あれは、うちの学校じゃないですか?」
「お、本当だな」
普段は滅多に来れない場所だからか、皆は子供の様にワイワイとはしゃいでいた。
「亮、これやってみないか?」
そう言ってきた友也の横にあるのは双眼鏡。
その双眼鏡は百円を入れると五分間だけ見えるタイプのものだった。
「うん、いいよ」
財布から百円を取り出し、コイン投入口に入れる。
早速、双眼鏡を覗いてみると、裸眼で見るよりもさらに遠くの景色まで一望できた。
「おおっ! さすが高性能。ずっと向こうまで見えるぞ」
「おい友也、俺様にもちょっと見せてくれよ」
「はいよ」
「美咲さんも見てみる?」
「はい、ありがとうございます。……わぁ! すごく大きく見えます。学校の窓から先生の姿が見えそうですよ」
「おお、確かにこいつはスゲェな」
普段見慣れている景色も、こうして見るととても新鮮に見えた。
そして皆が景色を楽しみ終わった頃。
「よし、そろそろ時間だしトラサルディーに行くか」
「お、待ってました!」
時刻は18時47分、ちょうど良い時間だ。
「えっと、店の場所は、と」
友也がパンフレットを広げ、店の場所を確認する。
「ちょうど、この真下の位置だな」
「早く行こうぜ。早くっ」
「そんなに慌てなくても料理は逃げたりしませんよ」
もう待ちきれないと言った様子の竜二を保護者役の美咲さんがなだめる。
僕達は再びエレベーターに乗り、下の階へ降りる。
エレベーターから降りるとすぐに『TRUSSARDI』と英語でデカデカと書かれた、オシャレな看板を見つけた。
「いらっしゃいませ」
店に近づいていくと、入口に立っていたウェイターさんが迎えてくれた。
黒い制服に身を包み、ビシッと伸びた背筋そして完璧な営業スマイル。
いかにも仕事が出来る人という感じだ。
流石、高級店の店の顔を任されているだけのことはある。
「失礼ですが本日、ご予約済みのお客様でございますか?」
「あーっと、俺達は……白河、頼む」
「は、はい。えーっと、これで来たのですけど……」
美咲さんが福引きで当てた券取り出しウェイターさんに見せる。
「失礼致しました。本日は御当選、誠におめでとうございます。ただいまお席の方へ御案内致しますのでこちらへどうぞ」
案内されつがままに店の中へ入っていく。
「こちらへどうぞ」
ご丁寧に引かれて椅子にそれぞれ腰を掛ける。
「すぐに飲料水とナプキンの方をお持ちいたします。ご注文や御用の際は何なりとお申し付け下さいませ」
最後にそう言ってウェイターさんは去っていった。
「丁寧な接客ですね」
「ああ、学生の俺達を見ても眉一つ動かさないあの接客態度。流石、世界に誇る店だな」
店内は椅子、照明から絨毯にかけてまで贅沢な造りであり、ウェイターだけでなくこの店のすべてが一流と言っていいものばかりであった。
周囲のお客も僕達のような学生がいるわけもなく、豪華なドレスや高級スーツに身を包んだ気品溢れる大人達ばかりである。
「こういうところに来ると緊張するね」
「そうか? そんなに気張ってねぇでもっと気楽にいこうぜ」
緊張という言葉とは無縁の竜二は、場の雰囲気に飲まれることはなく、どんな場所でも常に素でいる。
こういう図太さは素直に見習うべきなのかもしれない。
「さてと何食うかな、と」
さっそく竜二がメニューを広げる。
「名前だけじゃあんまりわかんねぇな」
「料理名からしてイタリアンが中心みたいですね」
「とりあえず適当に頼んでみるか、いくら食べても値段は変わらないからな」
そんな会話をしていると、再び先ほどのウェイターさんがやって来た。
「こちらがナプキンになります。御注文の方はお決まりでしょうか?」
代表して友也がいくつか料理を適当に注文していく。
「御承知致しました。ただいまお持ち致します」
「さーて、どんな料理が出てくるのかワクワクするぜ」
暫くしてからテーブルに次々と料理が出そろっていく。
「それでは楽しいひとときを」
全ての料理が出そろったところで、ウエイターさんがそう言って厨房へと戻っていった。
テーブルの上にはパスタやサラダ、スープなどの料理が所せましと並べられている。
飲み物の方は学生なのでシャンパンを頼んだ。
「う、美味そうじゃねぇかよ……」
「気持ちはわかるが、ちょっと待てって竜二」
今にも飛びつきそうな竜二を制して友也が皆のグラスにシャンパンをつぐ。
「じゃあ、まずは白河から一言だ」
「えっ、私ですか!?」
「当然だ。お前のお陰で、今日俺達はここに来れたんだからな」
「わ、わかりました。ごほんっ」
それらしい咳払いを一つし、美咲さんは一度席から立ち上がる。
「えーとですね。皆さん今日は、どんどん楽しんじゃってください! 以上です」
「よし、俺達に乾杯ッ!!」
「「乾杯ッ!!」」
こうして僕達の楽しい宴が始まった────
はずだった……
『ザザ……ザ……ザーーーー』
突然どこからかノイズのような音が僕達の耳に届いた。
「あ、何の音だ?」
「店内のスピーカーから、じゃないか?」
友也の言う通りノイズは店内に配置されているスピーカーからのようだ。
先ほどまで流れていた、優雅なBGMもいつの間にか消えている。
『ザ……ザーーーーー』
次第に大きくなっていく音に、僕達以外のお客もノイズの異変に気付いていく。
何が起きたのかと、店内がざわざわと慌ただしくなっていった。
『ザーーー…………』
そしてノイズは何の前触れもなくピタリと止まった。
「止まったみたい、ですね……」
「ったく、何だよ。これからって時に水差しやがって」
そう言って竜二が再び料理にありつこうとした時……
『……あー、あー……ご機嫌よう、諸君……』
スピーカーから男の声が聞こえた。
『私は、とある反国家組織の指導者だ。先週にこの国で起きた国際線のテロを起こ
した者と言えばわかって頂けるかな。突然で申し訳ないのだが、諸君らにはこの
腐った世界を創り替える為の礎となってもらうことにした』
この男は一体何を言っているんだ?
このタワー内にいた誰もが、そう思っていることだろう。
目まぐるしく次々起こる異常な事態に皆が事情を呑み込めないでいた。
しかし、そんな中でも男の言葉と時間だけは無情にも進んでいく。
『それでは、グッドラック……』
それを最後に男の声は聞こえなくなった。
そして無気味な店内は無気味な静寂に包まれる。
これから何が起こるんだ、と誰もが胸の内に不安を抱いているのだろう。
そしてついに誰もが想定していなかった最悪の出来事が、僕達の身に降りかかった。
次の瞬間、近くで巨大な爆発音が鳴り響いた。
大地震でも起きたかと錯覚するほどにタワーが全体が揺れる。
「うわぁっ……!」
揺れの衝撃で皿やグラスがテーブルから落ち、床一面に料理が散乱していく。
大きな窓の向こう側に下から立ち上る爆煙が見えた。
「キャアアアアア……ッ!!」
恐怖のあまり叫び声を上げる客。
いつになっても止まらない振動。
ゴゴゴ、と大きなうねりを上げるタワー。
次々を鳴り響く大きな音に耳の奥がキーンとしている。
そして再び聞こえた巨大な爆発音。
それは一発や二発ではなく連鎖的に鳴り響く。
その轟音の波がすぐそこまで迫ってきていた瞬間────
「────あぶねぇっ! りょおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」
それが僕の耳に入ってきた最後の言葉だった────




