合理的な着想
「こちらが、その試作品となります。どうぞ御覧ください」
科学者が自信満々に紹介したその『台座』を、皆が興味深げに眺めている。この辺鄙な研究所に投資家たちや彼らの技術顧問が数十人集まったのは、ある画期的な発明がもつビジネス上の可能性を見極めるためだった。
台座は金属製の部品を組み合わせた、木の切り株ほどの大きさと形で、上面には人の足跡がペイントしてある。側面から伸びた無数のケーブルは床の上をぐねぐねと這いまわり、周囲に据えられた複雑な装置群へと繋がれている。
投資家の一人が手を挙げる。
「それで……その、『瞬間移動』と言ったかね? その言葉から私が想像するような機能を、それが持つのであれば、こちらも言い値で買う準備はあるんだが」
科学者が胸の前で握りこぶしを作って、勇ましくうなずく。
「はい! まさに、貴方のご想像通りの物であります。まあ百聞は一見にしかずということで、今からお見せいたしましょう!」
自信に満ちた表情の科学者が台座の上に立ち、足跡のマークに自分の足を合わせる。白衣の乱れを直して背筋を伸ばした彼が、少し離れた場所で制御盤を操っている助手にうなずいてみせた。
途端に、機械的な唸りが部屋にこだまし始める。見守る投資家たちがごくりと息を飲んだ。
不意に台座から光が天井に向かって放たれ、その上に立つ科学者の体を包む。白い輝きが完全に彼を覆い隠した瞬間、光は消失する。
そしてまさに、煙のように科学者の体は台座の上から消えていた。
「いかがです?」
背後からの声に、皆が一斉に振り向く。にんまりと彼らの驚き顔を眺め渡す科学者。彼は投資家たちの表情をにやにやと確かめつつ、彼らの間をゆっくりとかき分けながら、再び台座のもとへと歩み寄った。
先ほど手を上げた投資家が、魂を抜かれたような顔で首を振る。
「たまげたな。こりゃ本物のようだ」
「でしょう? これでどうやって儲けるかは、皆さんのアイデア次第ですよ。ええと、何かご質問は?」
投資家に付き添ってきた技術顧問が、配られていた技術資料に目を落としながら手を挙げる。
「二つ質問があります。まず一つ。これは言わば『倫理的』な疑問です」
懐疑的な感情を隠すこと無く、資料の一枚をひらりと抜き取り、科学者に向かって突き出す。
「ここには物質の素粒子レベルでの分解と再構成技術、とありますが、これは貴方の体を一旦分解したということですよね? それは貴方が瞬間移動装置を使うたびに『死ぬ』という事を意味するのではありませんか?」
出し抜けに現れた『死』という言葉に顔色をぎょっと青ざめさせ、ざわめく人々。「そうだ、そこが気になった」という声もほうぼうから上がる。
技術顧問が更に言い添える。
「もう一つ、こちらは『技術的』な疑問です」
にこにこと耳を傾ける科学者を不審に思いながら、技術顧問は両手を大きく広げて上から下へとぐるりと回してみせる。それはまるで世界そのものを指し示すような仕草であったので、そこから科学者は次の質問をおおよそ予想できた。
技術顧問の言葉は、半ば投資家たちに向けた解説でもあった。
「地球は自転と公転をおこなっています。つまり、『常に』空間的な『位置を変化』させ続けています。ついでに言えば太陽も銀河系の中を移動していますし、銀河系自体も宇宙の中を進み続けているわけです。なんとなれば、この宇宙そのものも膨張を続けて一定の大きさを保っているわけではないのです」
科学者の傍らの台座を指差し、技術顧問が言葉を継ぐ。その声には拭い切れない不信感がはっきりと現れている。
「であるにも関わらず、この機械は移動先の座標をどうやって正確に算出しているのでしょうか? この二点に対して安心できる答えが無い限り、私の立場ではこの発明の安全性を保証するつもりはありませんね」
彼の言葉を笑みを絶やさずにうなずきながら聞いていた科学者が、胸の前で揉み手をしながら進み出る。
「ええ、ええ。ごもっともなご質問です。我々が難儀した部分がまさにそこなのです。そしてその二つの御心配を、我々はある一つの着想によって『同時に』解決することができたのです」
彼は自分の胸に手を当てて、忍耐強い教師のように優しく語りかける。
「先ほどのデモンストレーションで、私は自分を分解しておりません。そして、この機械も天体運動の影響を考慮した座標など計算していないのです」
科学者は鼻息も荒く、胸を張ってきっぱりと言い切った。
「要するに『自分』を分解しようとするからややこしい話になるのです。ならば、『自分以外』を分解してしまえばよろしい」
いち早く言葉の意味を理解した技術顧問の頬がぴくりと震える。反射的に視線を左右に振り周囲の景色を確認する。彼の背中を汗が一滴流れた。
科学者は自身の言葉に酔いしれながら、両手を高く掲げて皆の注目を集める。
「そう、これは『宇宙』に存在する『自分以外の全ての物質』を素粒子レベルに分解し、位置をちょっとだけずらして『再構成』する機械なのです! どうです皆さん、素晴らしいでしょう!?」
じわじわとその意味を理解しはじめ蒼白になっていく投資家たちの沈黙を、科学者は自分のアピール不足からくるものだと勘違いした。
彼は実に情熱的な声色だったが、それは皆の右耳から入って左耳へ通り抜けていく。少しずつ殺気立ちはじめた投資家たちが、じりじりと台座の方へ近づく。何人かは腕まくりをして、そこらにあった工具置き場からハンマーやバールを手にとっている。
彼らの不穏な空気に気付く様子がない科学者が、足取り軽く再び台座の上にひらりと昇る。
「信じられませんか? よろしい、もう一度、瞬間移動をやってみせましょう。そうすればこの機械の素晴らしさが……え? どうしました皆さん? 顔色がよろしくないようですが……ああっ!? いけません、この機械は大変高価な代物で……ダメです、壊さないで! どうしたんですか皆さん、落ち着いてくださいっ!! ああっ、そんな、ヒドい!」