少女は未来を振り上げた――
えっと、すみません。書いてしまいました。
連載してる小説書かないでなにやってるんでしょうね私は……。
う! いたい! 石投げないでください!
反省はしてます。後悔はしてないです。
私は歩いていた。
家に帰る道を。
黙々と。葬式にでも出席しているがごとき陰鬱さを纏わせて。
今は八月。夏休みとはいえ、登校日などというものはある。えてしてそれは生徒から歓迎される事などなきに等しい事柄ではあるが、私自身はそんなに言うほど鬱陶しいと思ってはいなかった。
いや、正確にはそれ以上に耐え難いものが、普通は心安らぐはずの家にいた。
そう、怪物。それは私のような中学生の女の子を震えさせるには十分すぎるほどの威力を持った怪物――。
ボストンバッグを抱えなおし、額から流れてきた汗を拭って、私――小鳥遊日景はギンギンにこちらを照らしつける忌々しい太陽を見上げた。
今は昼。イコール一番暑い時。ああ、気分は最悪だ。様々な意味で。
「ああ、でも家に着けばそのいろんなものからも解放される――――」
全ては私たちの計画通り。あの愚か大人たちは私たちの手の平のうえだ。
「フフ、アハハ、アハハハハハ……!」
狂気じみた笑みを浮かべて、私は目をぎらつかせて一歩歩を進めた。
いきなりだが、私の両親は私を児童虐待している。それはもう激しく。
なんでも母自身元々児童虐待を受けていたらしい。愛情を与えてもらえなくて、子供をどう愛したらいいか分からない、どう接していいのか分からない。私を虐待した後に必死で嫌わないでなどと言いながら私に謝り許しを乞う。自分で言うのもなんだが、哀れな女だ。
そして父親。どこかおかしかった母親を好きになった人物なのだから正常ではないだろう。事実そうだった。
普段は、穏やかなのだ。母親と違うのはこの点である。
私と普通に話し、ふれ合い、共にご飯を食べ、運動会などの学校行事なども進んで参加してくれ、時折勉強なども教えてくれる。表向きにはいい父親だった。過去形だ。
少なくとも私が十歳頃まではそうだった。
今ではただの飲んだくれのクズ。元々クズだったが、余計拍車が掛かった。今は主に母親の収入で日々の生活を営んでいる。
今の彼の生態は非常にシンプルかつ無意味。
昼ごろ起床、酒を飲み、時折コンビニに餌を買いに行き、テレビを見て、煙草をすって、私に乱暴し、母に暴力を振るい、母や、時々私が作る餌をもそもそと食べ、そして寝る。
正直吐き気を催しそうな毎日だ。ここ最近は貞操の危険も感じる。
ところでなんだが、私は母親似の美人だ。とびっきりの。スタイルもなかなかいいと自負している。私の場合、それこそが問題だった。
幼い私を犯したいと思うほど私の父親はロリコンではない。
だが、中学二年生の、大人の階段を少しずつ上がり始めている今の私は?
父親をまじかで見てきた私には分かる。この男はやるときはやる。それはもうあっさりと法律だろうが良心の壁だろうがやすやすと超えてくるのだ。
母は気付いていない。気付こうともしていない。
母は私を愛したいと言いながら私のことなんて少しも見ていない。夫である彼でさえも。
だから、だろうか。
父親の私の見る目が変わってきている事に全く気付いていない。さすがの私もこれには失望した。どこかで分かっていたことではあったが。
私は幸か不幸か昔から成熟していた。だから両親を愛していると言う虐待を受けている子供特有の症状はないし、私はすでに両親を見限っている。
だからこそ、私達は計画した。
私と同じような境遇の子供たちを数人集めて、そのなかでも特に信頼している月見里優香と神谷孝祐と共に、私達は計画した。
――両親を、誰にも悟られずに殺す方法を。
「思い出せば長かったな……」
きっと、今仲間は私の無実を証明するための策を弄してくれている最中だろう。
なんのことはない、私は両親が殺されている頃、友達の家にいるという証拠。それを立証してくれている。
単純な話だ。
私は今日風邪を引いている設定で学校に行った。マスクを被った状態で。声もがらがら声にしていく事ももちろん忘れてはいない。
私の仲間は三人いる。先ほど言った二人と、私によく似た体型や背丈をしている女の子。
つまり私たちの計画はこうだ。
まず、私は優香と一緒に帰る。その途中、人に見られていないときを見計らってその女の子と入れ替わる。女の子はマスクをつけ、声もがらがら声に偽装しているからそうそうばれる事はない。特に、私は常日頃目立たないように行動しているからよっぽど親しいものでなければ余計気付くはずもない。
そして私は普段誰も通らないような狭い路地裏から周り回って家に着く。私の家は大きなマンションやら店に囲まれているから裏の玄関口から入ればそんなに言うほど目立たない。そして私は家に入り込む。
その間、私の友達と偽者の私はその友達の家に遊びに行っている。まだ夏休みだし、宿題やらをやろうなど、なんでも言い訳はたつ。何度か私はその友達の両親の家に遊びに行っているのだが、極力話さず、人見知りである事を友達の両親に認識させているので、女の子がろくに何も喋らなくても一切問題はない。
さて、その後の私の行動だが――。
そこで、私の携帯がブブッ、と鳴った。素早くメールを確認して、私はほくそえんだ。
『優香達は特に怪しまれなかったようだ。むしろ歓迎されてたから問題なさそうだぞ。例のあれはもう届いてるか? それならさっさとやっちまえ。健闘を祈る。無理はするな』
それだけの簡潔な文章だったが、私にとっては十分すぎるほどにその言葉は自身の背中を押した。
私は母親の指紋つき包丁を携えて、父親をこの手で殺すべくその場を後にした。
「上手く行ってるかしら、日景は」
「そうね……」
「心配しなくても、全て上手く行っている」
ポツリともらした優香の独り言を、女の子――奈緒美意外に答えた少年がいた。
「あ、孝祐!」
扉をくぐってすぐの壁にもたれかかって、孝祐は腕を組んだ。
「包丁の件も上手く行ったし、アリバイ作りもほぼ望みどおりに行った。これ以上はさすがに日景自身に託すほかない」
ベッドから立ち上がりかけて、優香は再び座りなおした。
「……そうね、信じるしかないわね」
「出来る事はやった。仲間を集め、計画を練り、決定的な証拠も偽造できた。人事を尽くして天命を待つ。俺達に出来る事は、もはやこれしかない」
「……そうね」
三人はほぼ同時に日陰の家がある方向に眼を向けた。
――その時。
携帯が鳴った。
三人ともハッとなって、優香は鳴った自分の携帯をふんづかまえ、神業ともいえるほどのスピードでメールの内容を見た。
見て、優香はくたっと、脱力したように息を吐いた。安堵しているように思えて、孝祐はメールを覗き込んだ。
メールには、孝祐に負けず劣らずの簡潔な文章で、こうとだけ記されていた。
『天命は、果たされた』
父親が落ちぶれた理由、それは、病が発覚したからだった。治せないほどに進んだ、不治の病だったそうだ。
自暴自棄になった父親は勤めていた会社を止め、家に引きこもり始めた。
外に出ない父親の体型は太りこそしなかったが、筋肉は落ち、体力も相対的に減り、体の動きは鈍くなった。ここ最近は病のせいか余計動きが鈍重で、そんな父親に人並みの力が残っているはずもなかった。
これは一種の賭けだ。
父親の男としての力が勝るか、私の中学生とはいえ、そこそこある力が勝るかどうかの、賭け。
父は昼に起きる。それは私が学校から帰ってくる時間帯とほぼ一致しているのだ。昼は、とくに起きたて、人の動きや頭の回転は鈍い事がほとんど。そこを狙う。
押し倒して、心臓向かって刺すか、くびの大動脈を切るか。
ちなみに、血の掛かった服は前もって掘ってある穴に埋める。この前死んだハムスターと一緒に埋めるから、そこはぬかりない。
今は裏の玄関口に隠してあった黒のロングコートを着ているため、血もあまり目立たないだろう。
私は深く深呼吸して、父親がいるであろうリビングに近づいた。
――殺す覚悟は、当の昔にしてあった。
必死に練習した足音を出さない歩き方でリビングを覗き込み、私は自分の勝利を確信した。
あの醜い父親は、私に無防備なその背中を晒していた。
あの母親は今日昼までに仕事を終わらせて帰ってくる。時間的に言えば、後一時間もしないうちに帰ってくる。そうしたら私たちの計画は完成する。
息を呑む。心臓がバクバクとやたらうるさい。ナイフを握る手に汗が滲む。
待っていた。この日を。
くそったれな両親と決別するこの日を。
一体、どれほどこの日、この瞬間を待ち侘びた事か。だから、だから――!
動け、声は出せないゆえに私は口パクでそういった。
動かないのだ。手も、足も、なにもかも。
余裕を持って殺せるはずが、とんだ誤算だった。
動け、動け! 私のこの体! 何で震えている。私は殺す、この男を!
この瞬間を歓喜していたはずの私の心は、いつのまにか恐怖で埋め尽くされていた。
なぜ。父親の背中を見たからか。それとも人を殺すのが単に怖かった? それとも万が一ばれて捕まるのが怖いとでも言うのか?
急に眩暈がして、私は後ろに後ず去った。そこの丁度、ダンボールがおいてあった。
ザザ、とダンボールのすれる音がした。
父親が怪訝そうにこちらを振り返るのを見て、私は血の気が引いた。パッとナイフは隠した。コートの袖に。
「――――!」
口を真一文字に結んで悲鳴を漏らすのは耐えた。今はこの状況を何とかしなくては。
私は努めて冷静に、にこやかに笑った。
「あ、お父さん。ごめん、起こした? 今ご飯作ってるから少し待って」
最初は眉を寄せていた父親もこの私の言葉に納得したのか、ああ、と頷く。
両親とも、いつもいつも虐待をしていると言うわけでもない。今はしない時期のようだ。
「そのコートは?」
「うん、風邪がひどくなってきたから、友達に借りたの。さすがに暑いから後で脱ぐよ」
「そうか」
と、そこで父親は下卑た目でこちらをじと、と見据える。その視線がどこか父親としてではなく男としての色が混じっている風にも見え、私は嫌な予感がした。
「なあ、お前ってもう生理とか始まってるよな」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「え……?」
父親は私の体をなめるように見て、ふいに私の体を抱きしめた。さりげなく私の胸に手を沿え、腰に手を回す。私は体中の肌が粟立つのを、今はっきりと感じた。
硬直している私の体をまさぐり、父親はねばねばした気持ちの悪い声で私の耳元でささやいた。
「なあ、お前もいい年だろう? 少しは経験しといた方がいいんじゃない?」
「な……や、め……」
全て言い終わらないうちに、今度は口を同じそれでふさがれた。口内に父親の舌が入り込んだのを認識して、私は今度こそ頭が真っ白になった。
違う。強くそう思った。
違う。違う違う違う! 私は自分の父親にこんな事をされたいんじゃない!
私の脳裏に孝祐の姿が横切る。
いつも私のそばにいてくれた彼、いつも私をそっと支えてくれていた彼。
孝祐の笑顔が消えたと思ったら、次は優香の顔が頭に浮かんだ。
突然転向してきた彼女。私を心の底から理解してくれている一番の女友達。唯一無二の親友。
次に出てきたのは奈緒美。
私の役を快く引き受けてくれた彼女。彼女には本当に感謝してもし足りない。
――このまま犯されたらどうなるだろう。
一生、皆には逢えないような気がした。
それは。
それだけは。それだけは――――。
停止した思考を振り払い、精一杯の抵抗を試みようとした、その瞬間だった。
私の胸をもみ、コートやら服やらを脱がしている最中だった父親が急に体をくの字に曲げて苦しそうにあえぎ始めたのだ。
私は今度こそ体のこわばりが解けて、父親の体を振り払う。脱がされかけていた服を引き寄せる。そのまま父親の体はゆっくりと床に倒れていった。
先ほどまで恐ろしい怪物だった父親は苦しそうに胸を掻き毟り、ひたすらなにかを掴もうと手を空中に伸ばしている。そこでようやく私も父親が何を求めているのかに気が付いた。
「もしかして、病気の発作……?」
時々父親は薬を飲んでいた。発作を抑えるためのクスリだったのだ。
私は今度こそ吹っ切れていた。
こんな男、むしろ私の手で殺すべき。そう思った。病気の発作なんかで死なせちゃいけない。ちゃんとこの手で殺さないと。
いまだ生々しく残る父親の手の感触を思い出して吐きそうになるが、なんとかそれだけは堪えた。
「……許さない」
私の声はあまりの怒りに震えていた。
許すもんか。こんな、実の娘に欲情して、無理矢理犯そうとするような、こんな男……!
なにより、ひどく傷付けられたような気がした。汚されたような気がした。
この体は、いつか好きな人に、愛している人にはじめて捧げるようなものなのであって、こんな易々ととられかけてはいけない筈のものだった。
少なくとも私の中では、そういう図式が無意識のうちに心の奥底に存在していたのだ。
私は、気付けば涙を流していた。
声も出さず、ただ泣いた。泣きながら、私は隠していたナイフを取り出した。迷いはなかった。
床に転がっている男が目を見開く。その目に怯えの色が混じったのを、私は見逃さなかった。
私は顔を歪ませた。口元に冷笑が浮かぶ。
私は男を押さえつけ、ナイフを振り上げた。私の今の表情は、もしかしたら想像も出来ないほどに歪んでいるかもしれなかった。
「死ね――――」
あの世の地獄に落ちろ! 心の中でそう叫んで、私はナイフを下ろした。
手ごたえを感じて、そして男は脱力した。
それが何を意味していたのかは、明らかだった。
――この日、私は未来を振り上げた。平和な未来を掴み取るために、未来を――。
この小説はあくまで小説であって、児童虐待がなんだとか、そういうことは決して考えてはいないので、気楽に受け止めてもらえると幸いです。
ここで一つ裏話を。
察している方もいるかもしれませんが、日陰は考祐のことが好きです。また、考祐も日陰に好意を抱いていたりします。
そして優香と奈緒美は境遇ゆえか恋に関する事柄に鈍感な二人をどうにかしてくっつけようと人知れず努力していたりなんかしている……という裏設定があったりなかったり。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
評価してくだりありがとうございます。小説を書く活力になりました。
とっても嬉しかったです。
これからも頑張ってまいります。