絶望と、ラブコメ補正
王都の中央広場は今や巨大な劇場のステージと化していた。
その中心に鎮座するのは「悲劇の化身トラジェディ・ビースト」。
まるで古今東西のあらゆる不幸を煮詰めて固めたような醜悪な泥の巨人が天を衝くほどの大きさで咆哮を上げている。
『無駄だ、無駄だ、無駄だぁっ!』
巨人の体内から脚本家オーサーの絶叫が響き渡る。
その声は拡声魔法によって増幅され、大気をビリビリと震わせた。
『貴様らがどれほど足掻こうとこの物語の結末は決まっている!愛などという不確定な要素で私の完璧な脚本シナリオが覆るものか!見よ!これぞ逃れられぬ運命!絶対的な悲劇の奔流だ!』
巨人の身体からどす黒い霧が噴き出した。
それは物理的な攻撃ではない。
触れた者の心を強制的に「バッドエンド」へと引きずり込む概念的な汚染攻撃だ。
「来るぞ!みんな、構えろ!」
俺、アルト・フォン・レヴィナスは舞台袖……いや、瓦礫の山の上に陣取りマイク代わりの通信機に向かって叫んだ。
手元のコンソールを操作し即席の舞台照明を調整する。
「照明、オールグリーン!音響、最大出力!さあ見せてやれ、プリズム・ナイツ!君たちの『アドリブ』が三流脚本家の筋書きをどう打ち破るのかを!」
俺の号令と共に五人の少女たちが散開する。
その背中に迷いは微塵もない。
『まずは貴様だ、裏切りの魔女よ!』
巨人の腕が鞭のようにしなりルージュを狙った。
放たれたのは漆黒の雷撃。
『愛する男に拒絶され、世界に疎まれ孤独に朽ち果てるがいい!これぞ貴様に相応しい末路!絶望に沈めぇぇぇっ!』
それはルージュが心の奥底で恐れていた悪役としての末路そのものだった。
だが。
「……はんっ」
エレク・ハートへと変神したルージュは鼻で笑った。
彼女は逃げない。
それどころか腰に手を当て、仁王立ちでその黒い雷撃を受け止めた。
「絶望?孤独?笑わせないでちょうだい!」
バチチチチッ!
彼女の全身から黒い雷撃を塗り替えるように鮮烈な紫色の電撃が迸る。
「アタシはねぇ、世界征服よりもあの朴念仁を征服することを選んだ女よ!あんな鈍感男を振り向かせる苦労に比べたら世界の絶望なんて甘っちょろいスパイスにもなりゃしないわ!」
ルージュが魅惑的なウィンクを巨人に飛ばす。
「それに、アタシはもう孤独じゃない。あいつが……アルトがアタシの愛を『重い』じゃなくて『凄い』って言ってくれたんだから!」
彼女は右手を掲げた。
愛と嫉妬と、そして喜びがないまぜになった超高密度のエネルギーが収束していく。
「悪いけどアタシの身体は今、恋の電流でオーバーヒート寸前なのよ!アンタごときの絶望じゃ冷やすどころか燃料にしかならないわ!愛の電流で骨の髄までシビれさせてあげるっ!」
「ラブ・ボルテージ・マックス!エレクトリック・キッスッ!」
ドォォォォン!
放たれた紫電のハート型衝撃波が黒い雷撃を食い破り、巨人の右腕を粉砕した。
『な、なんだと!?私の絶望が……恋のエネルギーに変換されただと!?』
オーサーの狼狽する声。
だが、攻撃の手は緩まない。
『ならば、貴様はどうだ!焼き立てパンの娘よ!』
巨人の口から絶対零度の吹雪が吐き出された。
標的はリゼット。
『幼馴染という呪縛に囚われ、誰からも愛されず冷たい記憶の中で凍え死ぬがいい!凍てつく孤独を味わえ!』
全てを凍らせる白い悪夢がリゼットに迫る。
しかし彼女は不敵に笑い、炎の大剣『フレイム・カリバー』を構えた。
「凍える?私が?」
ボォォォォッ!
彼女の身体から太陽のような紅蓮の炎が燃え上がる。
「あいにくだけど、私のハートは年中無休で燃焼中よ!だいたいねぇ、アルトの世話を焼くので忙しくて、孤独を感じてる暇なんてないのよ!」
彼女は炎を纏い吹雪の中を突っ切っていく。
「私の焼いたパンを食べたことがある?私のパンはね、食べた人の心まで温める魔法がかかってるの!アルトが『美味しい』って言ってくれたあの瞬間の温かさを……私が忘れるわけないでしょう!」
リゼットが跳躍する。
その姿はまさしく太陽の化身。
「私の愛の炎は、どんなに冷たい脚本だってこんがり美味しく焼き上げちゃうんだからぁっ!愛の炎は消せないわよッ!」
「バーニング・ラブ・クラッシュ!」
ズドォォォン!
炎の大剣が吹雪を蒸発させ、巨人の左肩を溶断した。
『馬鹿な……物理法則を無視している!感情エネルギーだけで、事象を書き換えているというのか!?』
「その通りだ、オーサー!」
俺はコンソールを叩きながら叫んだ。
「彼女たちの『想い』は、この世界のマナとリンクしている!論理など関係ない!『好き』という気持ちが強ければ強いほどその物理干渉力は指数関数的に跳ね上がる!それが、僕が設計した『プリズム・チャーム』の隠された仕様だ!」
『おのれ……おのれぇぇぇッ!ならばこの忍びはどうだ!』
巨人の影が無数の棘となって菖蒲を襲う。
『主君に裏切られ道具として使い捨てられる無念!闇の中で誰にも知られず朽ち果てる、影の哀れさを知れ!裏切りの闇に抱かれよ!』
「……裏切り?使い捨て?」
シャドウ・ストライダーとなった菖蒲は、迫りくる影の棘を紙一重で見切っていた。その動きは舞のように優雅で、そしてどこか楽しげだった。
「主殿が、そのような非道を行うはずがないでござる。なぜなら、主殿は……拙者の作ったあの岩のように硬い兵糧丸を文句を言いながらも完食してくださるようなお方だからでござる!」
彼女は小太刀を抜き放ち、影の中に溶け込んだ。
「それに闇など怖くありませぬ!闇とは、即ち二人きりの空間!主殿と密着し、愛を囁き合うための最高のシチュエーションでござるよ!」
ザシュッ!
ザシュッ!
闇の中から無数の斬撃が迸る。
「この暗がりを利用して、どさくさに紛れて主殿の手を握る!それこそが忍びの恋路!貴様の言う陰湿な闇など拙者の妄想力でバラ色に染め上げてくれるわ!」
「忍法・愛妻弁当の術(物理)!」
ドカカカカッ!
斬撃と共になぜか無数の爆発するおにぎりが巨人の足元で炸裂しその体勢を崩させた。
『く……狂っている!こいつら、全員頭がおかしいのか!?』
オーサーの悲鳴に近い叫び。
そうだ、狂っているとも。
恋する乙女はいつだって常識の範疇を超越する生き物なのだ。
『ええい、ならば聖女!貴様だ!』
巨人が泥のような汚濁を吐き出した。
あらゆるものを腐らせ病ませる呪いの塊。
『誰も救えない無力感!癒やせぬ傷!尽きせぬ病!自らの偽善に溺れ苦痛の中でたうち回れ!癒やされぬ傷に泣け!』
汚濁の波がエミリアを飲み込もうとする。
だが彼女は、聖杖『セラフィック・ハーツ』を掲げ穏やかに微笑んでいた。
「痛みも、苦しみも、生きていればこそですわ」
彼女の背後から神々しいほどの翠色の光が溢れ出す。
「わたくしは知りました。 傷つくことは、怖くないと。だって、傷ついた分だけ誰かに優しくなれるのですから。 アルトさんがわたくしの心の傷を、その不器用な優しさで癒やしてくださったように!」
彼女は一歩も引かず汚濁の波を受け止める。
「癒やせぬ傷などありません!わたくしの愛はどんな深い絶望も、温かいスープのように溶かしてしまうのです!さあ、悪い子には特大のお注射ですわよ!」
「エンジェリック・ハグ・バースト!」
カッ!
慈愛の光が汚濁を瞬時に浄化しあろうことか巨人の身体に美しい花々を咲かせていく。
『ぐああああッ!私の身体が……浄化される……!?悲劇の化身がただのフラワーアレンジメントになっていくぅぅぅッ!』
「とどめは私が刺すわ!」
最後に動いたのはクラウディアだった。
彼女は氷の翼を広げ、空高く舞い上がっていた。
『騎士ごときが!誇りを折られた敗北者が!理不尽な崩壊に、論理も理性も砕け散れ!』
巨人が残った腕で空間そのものを握りつぶそうとする。
全てを無に帰す崩壊の一撃。
「……フン」
ナイト・ブリザードは眼鏡を押し上げる仕草(変神後は眼鏡はないが)をして冷ややかに見下ろした。
「非論理的ね。 敗北?挫折? れがどうしたというの?失敗は成功の母。データ不足は次なる研究への糧。それが私とプロデューサーが共有する絶対的な真理よ!」
彼女は双剣を結合させ、巨大な氷の槍へと変化させる。
「私の計算にバッドエンドという変数は存在しない!なぜなら私の愛する人は、奇跡すらも計算式に組み込んでしまう最高の天才だからよ!二人の愛の計算式に解けない問題などないわ!」
「ロジカル・ラブ・インパクト!」
ズガァァァン!
氷の槍が巨人の頭上から脳天を貫いた。
『ば……馬鹿な……。私の完璧な脚本が……。こんな……こんなふざけたご都合主義の力技で……ッ!』
巨人が崩れ落ちる。
五人のヒロインたちは、傷つき息を切らしながらも、最高に晴れやかな笑顔で俺の方を振り返った。
「アルト!やったわよ!」
「プロデューサー、作戦完了です」
「終わりましたです!」
「主殿、見事な采配でござった!」
「ほら、さっさと褒めに来なさいよ!」
俺はツールの山から顔を上げ、彼女たちに向かってサムズアップした。
「最高だみんな!君たちのアドリブ力は、僕の想定の5000倍を超えていたよ!これぞ僕たちが創り上げる予測不能のハッピーエンドだ!」
だが、まだ終わらない。
崩れ落ちた巨人の残骸から黒い煙が立ち上り再び人の形を成していく。
仮面をつけた男。
脚本家オーサーだ。
『……認めん。認めんぞおおおおッ!』
彼は仮面の下から血を吐くように叫んだ。
『こんな結末、美しくない!悲劇こそが至高!涙こそが宝石!私が書き直してやる……何度でも、何度でも、貴様らを絶望の底に叩き落とす脚本を書き続けてやる!』
彼の執念が周囲の空間を再び歪ませようとする。
世界がきしむ。
「……しつこい男は嫌われるぜ、脚本家」
俺は舞台装置のメインスイッチに手をかけた。
「君の脚本はもう古い。時代遅れだ。 観客(この世界の人々)が求めているのは泣ける悲劇じゃない。明日を生きる活力をくれる笑顔の物語なんだよ!」
俺は五人のヒロインたちに向かって叫んだ。
「みんな!フィナーレだ!あいつに僕たちの『次回予告』を叩き込んでやれ!僕たちの物語はこれからもずっと、騒がしくて愛おしい日常が続いていくんだってことを!」
「「「「「ラジャッ!!!!!」」」」」
五人の少女たちが中央に集結する。
リゼットの炎。
クラウディアの氷。
エミリアの光。
菖蒲の闇。
ルージュの雷。
五つの属性が螺旋を描きながら絡み合い一つになっていく。
それは破壊の力ではない。
未来を創造する虹色の輝き。
「私たちの、愛と!」
「勇気と!」
「希望と!」
「忠誠と!」
「欲望の!」
「「「「「全部乗せスペシャルゥゥゥッ!!!!!」」」」」
「プリズム・グランド・フィナーレ!!」
五色の光がオーサーを飲み込んだ。
『こ、これが……愛……だと……? まぶ……しい……。私の……書きたかった物語は……こんな……』
光の中でオーサーの仮面が割れた。
その素顔は憑き物が落ちたように穏やかで、そして少しだけ寂しそうに笑っていた。
『……ハッピーエンドか。……悪くない味だ……』
彼の身体が光の粒子となって霧散していく。
同時に、王都を覆っていた深紅の幕がビリビリと音を立てて引き裂かれた。
差し込んでくるのは眩いばかりの朝陽。
悪夢のような夜が明け新しい朝がやってきたのだ。
「……終わった、のか?」
俺が呟くと同時にドサドサドサッ!という音が響いた。変神が解け、力を使い果たした五人のヒロインたちが一斉に俺の上に倒れ込んできたのだ。
「あ、アルト~……重い……」
「プロデューサー……クッションになりなさい……」
「むにゃむにゃ……アルトさん……」
「主殿……寝心地が良いでござる……」
「ん~……抱き枕……」
「ちょ、ちょっと待って!物理的に重い!あと、誰か僕の首を絞めてる!これはハッピーエンドというより圧死エンドだ!」
俺の悲鳴は彼女たちの安らかな寝息と、王都の人々の歓声にかき消された。
瓦礫の山の上で五人の美少女に埋もれる主人公。
うん、まあ、これこそが僕たちの物語に相応しい幕引きかもしれない。
こうして「虚構の楽園」との戦いは僕たちの完全勝利で幕を閉じた。
だが、物語はまだ終わらない。
むしろこれからが本番だ。
だって、こんなにも愛おしくて手のかかるヒロインたちとの日常がこれからもずっと続いていくのだから。




