断罪の聖歌と、双つの絶望
広場を埋め尽くす、人々の悲鳴と、苦悶の声。
その、地獄絵図の中心で、聖女セレーネは、天を仰ぎ、悲痛な声で叫んだ。
「これは、天が与えたもうた試練!
この聖なる都に、不信心者がいる証です!」。
その声は、拡声の魔法によって、王都中に響き渡る。
恐怖に震える民衆は、その言葉に、救いを求めるように、聞き入った。
そうだ、これは、神の怒りなのだ、と。
そして、その怒りの原因が、どこにあるのかを、必死に探し始めた。
セレーネは、そんな彼らの、迷える心を導くかのように、その白魚のような指を、真っ直ぐに、僕たちプリズム・ナイツへと向けた。
「そこにいる、古き英雄たちこそが、神の怒りを買った、不浄の源なのです!」
その一言が、引き金だった。
民衆の、恐怖と、混乱と、そして、行き場のない怒りが、一つの、明確なターゲットを見つけた。
狂信的な信仰心に支配された民衆の、憎悪の視線が、一斉に僕たちに突き刺さる。
「あいつらのせいだ!」
「聖女様に仇なす、悪魔め!」
「あいつらが、この街に災いを持ち込んだんだ!」
誰かが、足元の石畳を拾い上げ、僕たちに向かって、投げつけた。
その、一つの悪意は、瞬く間に、伝染した。
一人、また一人と、昨日まで、僕たちに「ありがとう」と言ってくれていたはずの人々が、今、僕たちに、殺意のこもった石を、投げつけてくる。
「な…なんで…」
リゼットが、呆然と呟く。
彼女の頬を、小さな石が掠め、赤い一筋の血が流れた。
だが、その痛みよりも、心の痛みのほうが、遥かに、大きかった。
僕たちが、完全に孤立した、その時。
戦場に、新たな絶望が舞い降りる。
大聖堂の前の空間が、バグったように、激しく明滅した。
そして、データの裂け目から、二つの、禍々しい影が、その姿を現した。
一人は、人の背丈ほどもある戦斧を担いだ、筋肉の塊。狂戦士レックス。
もう一人は、影そのものが人の形をとったかのような、痩身の暗殺者。ノクス。
カイザーの懐刀である、二人の最強幹部が、同時に出現したのだ。
「カイザー様より、最終クエストの通達だ。ヒーローの公開処刑を行う」
ノクスが、感情のない、冷たい声で、そう告げる。
その言葉は、死の宣告そのものだった。
「ひゃっはー!待たせたな、ヒーローごっこども!民衆に石を投げつけられる気分はどうだ?最高のショーじゃねえか!」
レックスが、巨大な戦斧を、楽しそうに振りかぶる。
聖女に扇動された民衆、そして、世界攻略ギルドの最強幹部。
二つの脅威に挟まれ、プリ-ズム・ナイツは、絶体絶命の窮地に立たされた。
「くっ…!」
僕は、即座に、ヒロインたちに指示を出す。
「全員、変神しろ!だが、民衆には、絶対に手を出すな!防御に徹するんだ!」
「「「「「応っ!!」」」」」
「「「「「変神!!プリズム・チェンジッ!!!!!」」」」」
五色の光が、憎悪の渦巻く広場に、迸る。
だが、その光は、もはや、希望の輝きではなかった。
ただ、生き延びるためだけの、悲痛な光だった。
「こんな…こんなのって、ないわよ…!」
セーラー・フレアへと変神したリゼットが、涙声で叫ぶ。
彼女は、炎の壁を作り出し、飛んでくる石つぶてから、仲間たちを守っていた。
その炎は、決して、民衆を傷つけないように、細心の注意が払われている。
「黙りなさい、リゼットさん!今は、感傷に浸っている場合ではありません!」
ナイト・ブリザードが、巨大な氷の壁を生成し、レックスの、大地を揺るがす一撃を、かろうじて防ぐ。
だが、その衝撃で、氷壁には、大きな亀裂が走った。
「小賢しい真似をしやがって!」
レックスが、再び、戦斧を振りかぶる。
その、あまりにも強大な、物理的な暴力。
だが、それ以上に厄介だったのは、もう一人の、影の存在だった。
「エミリア殿!背後!」
シャドウ・ストライダーへと変神した菖蒲が、鋭い警告を発する。
ヒーリング・エンジェルが、はっと振り返った、その瞬間。
彼女の、足元の影から、音もなく、ノクスの、黒い刃が突き出された。
キィン!
甲高い金属音と共に、菖蒲の小太刀が、その刃を弾き返す。
「…やるな、忍びの娘。だが、お前の動きは、全て、カイザー様のシステムが、予測済みだ」
ノクスは、そう言うと、再び、影の中へと、溶けるように消えていった。
いつ、どこから、次の攻撃が来るか、わからない。
その、心理的なプレッシャーが、僕たちを、じわじわと追い詰めていく。
「ふんっ、ちょこまかと、鬱陶しいわね!」
エレク・ハートへと変神したルージュが、紫電を迸らせる。
「まとめて、吹き飛ばしてや…!」
「待て、ルージュ君!」
僕が、彼女を制止する。
彼女の雷は、あまりにも強力すぎる。
一歩間違えれば、民衆を巻き込み、それこそ、カイザーの思う壺だ。
「くっ…!じゃあ、どうしろって言うのよ!」
ルージュが、悔しそうに、歯噛みする。
そうだ。
僕たちは、あまりにも、無力だった。
民衆を守ろうとすれば、幹部たちの攻撃に晒される。
幹部たちと戦おうとすれば、民衆を危険に晒してしまう。
完全に、詰んでいた。
カイザーの創り出した、この、悪辣な盤面の上で、僕たちは、ただ、翻弄されるだけの、駒に過ぎなかった。
「ひゃっはー!どうした、どうした!手も足も出ねえようだな!」
レックスの、巨大な戦斧が、横薙ぎに振るわれる。
僕たちは、散り散りになって、それを回避する。
だが、その一撃は、僕たちではなく、大聖堂の、巨大な円柱を、狙っていた。
ゴゴゴゴゴッ!
轟音と共に、円柱が砕け散り、大聖堂の天井が、大きく傾ぐ。
悲鳴を上げて、逃げ惑う民衆。
その、瓦礫の雨から、民衆を守るために、エミリアが、必死に、癒やしの光の結界を展開する。
「皆さん!早く、ここから逃げてくださいです!」
彼女の、悲痛な叫び。
だが、その、献身的な行動こそが、ノクスの、最大の狙いだった。
「…隙、あり」
結界の維持に、全神経を集中させていた、エミリア。
その、完全に無防備になった背後の影から、ノクスが、再び、その姿を現した。
その黒い刃には、対象の魔力を、完全に封じ込めるという、呪いの毒が、塗られている。
「しまった…!」
僕が、気づいた時には、もう、遅かった。
ノクスの刃が、ヒーリング・エンジェルの、その、光り輝く翼の、付け根へと、深々と、突き立てられた。
「…あ…」
エミリアの、小さな、か細い声。
彼女の身体から、優しい翠色の光が、急速に、失われていく。
変神が、強制的に解除され、その場に、崩れ落ちる、シスター服の少女。
その背中には、禍々しい、紫色の紋様が、呪いの刻印のように、浮かび上がっていた。
「エミリアさん!」
「エミリア殿!」
リゼットと菖蒲が、悲鳴を上げる。
チームの、心臓が、光が、今、僕たちの目の前で、奪われた。
その、一瞬の動揺。
それこそが、勝敗を分ける、決定的な隙だった。
「もらったぜぇぇぇっ!」
レックスの、渾身の一撃が、氷の壁を、粉々に砕き割り、その奥にいた、クラウディアの身体を、無慈悲に、吹き飛ばした。
「ぐっ…あ…!」
ナイト・ブリザードの変神が解け、壁に叩きつけられたクラウディアは、そのまま、意識を失った。
「クラウディアさん!」
「おのれ…!」
リゼットとルージュが、怒りに我を忘れ、レックスへと、突進しようとする。
だが、それは、あまりにも、無謀な突撃だった。
「――終わりだ」
ノクスの、冷たい声と共に、無数の、影の刃が、二人の足元から、突き出した。
二人は、なすすべもなく、その刃に捕らえられ、身動きを封じられてしまう。
残るは、菖蒲と、僕だけ。
だが、その菖蒲も、ノクスとの、高速の攻防の中で、その身体に、無数の傷を負っていた。
絶望。
圧倒的な、絶望。
僕たち、プリズム・ナイツは、今、完全に、敗北しようとしていた。
民衆の、憎悪の視線の中で。
神を名乗る、プレイヤーの、嘲笑の中で。
僕たちの、英雄譚が、今、ここで、無残に、終わるのか。
僕の、プロデューサーとしての、物語が。
僕の、愛する、少女たちの、未来が。
僕は、歯を食いしばり、自らの、無力さに、ただ、打ち震えることしか、できなかった。




