出会いは湯けむりの中!電撃ラブ・ハプニング!
王都随一と名高い最新スパリゾート『王都 湯楽城』。
その門をくぐった先は、まさに地上の楽園だった。
計算され尽くした庭園には四季折々の花が咲き乱れ、せせらぎの音が心地よいBGMとなって耳をくすぐる。建物は、伝統的な和の様式美と、近代的な機能性が見事に融合した、僕の科学者魂を激しく揺さぶる設計思想で貫かれていた。
そして、僕たちプリズム・ナイツ一行に用意された大部屋は、その豪華絢爛な施設の最上階に位置していた。
襖を開け放てば、王都の街並みを一望できる絶景のバルコニー。部屋の中央には、巨大な檜のテーブルが鎮座し、壁際には、人数分のふかふかの布団が、まるで「さあ、今夜はここで仁義なき戦いを繰り広げるがよい」とでも言いたげに、ずらりと並べられている。
長旅の疲れを癒やすべく、まずは温泉へ。
それが、新たな戦いの火蓋を切る合図になるとも知らずに。
◇
「ふぅ〜〜…極楽、極楽ぅ〜…」
檜の香りが立ち込める、広々とした大浴場。
乳白色の滑らかな湯に身を沈めたリゼットは、年寄り臭いため息と共に、至福の表情を浮かべていた。その肌は、湯気と温泉成分の効果で、早くも薔薇色に染まっている。
「ふふん、見てなさいアルト!この温泉効果で、私のお肌、もっとぷるぷるになっちゃうんだから!今夜、お布団が隣になった時には、そのすべすべお肌で、アルトをメロメロにしてあげるんだから…!」
誰に言うでもなく、しかし、明確なライバルたちへの宣戦布告を、リゼットは高らかに口にする。
その隣で、岩に背を預けて瞑想していたクラウディアが、ぴくりと眉を動かした。
「フン、量より質よ、ブラウンさん。私は、この静寂の中で精神を研ぎ澄まし、心身ともに最高のコンディションを整えるわ。プロデューサーの隣に侍る者として、常に万全の状態であることこそが、最も重要なこと。お肌の水分量などという、表層的なパラメータで一喜一憂するのは、非論理的だわ」
「なっ…!お肌は乙女の命なのよ!この氷頭!」
「何ですって、この脳筋パン娘!」
バチバチと火花を散らす二人を、おっとりとした声が宥める。
「あらあら、うふふ。皆さん、とってもお綺麗ですよ。それより、せっかくですから、皆さんで背中の流しっこをしませんか?」
エミリアさんが、たわわな胸を湯に揺らしながら、聖母のような微笑みを浮かべる。その、あまりにも平和的で、あまりにも魅力的な提案に、リゼットとクラウディアは、ぐっと言葉を詰まらせた。
「これが『裸の付き合い』でござるな!指南書通りでござる!」
一人、目を輝かせているのは菖蒲君だ。彼女は、慣れない温泉に少しのぼせ気味なのか、頬を上気させながら、興味津々といった様子で三人の肢体を観察している。
「リゼット殿の身体は、しなやかで無駄がない。瞬発力に優れた筋肉でござるな。クラウディア殿は、鍛え上げられた体幹と、美しい筋肉の筋が、まさに騎士。エミリア殿は…その…すごい、でござるな…」
「あ、あらあら…」
「な、何よ、ジロジロ見ないでくれる!?」
「えへへ、菖蒲さんも、ちっちゃいけど、きゅっと引き締まっててすごいわよ!」
きゃっきゃうふふ、と。
戦場での勇ましい姿など微塵も感じさせない、年頃の少女たちの、どこにでもある光景。
それは、僕が何よりも守りたかった、平和そのものだった。
湯上がり後、四人は浴衣に着替えると、予約していた併設のスパトリートメントへと向かった。
「極上のオイルで、全身をとろとろにマッサージですって!?」
「アロマの香りで、心も身体もリラックス…論理的にも、効果が期待できるわね」
「わぁ…!なんだか、お姫様みたいです…!」
「これが『すぱとりーとめんと』…!主殿を癒やすための、新たな術を会得するでござる!」
四者四様の期待に胸を膨らませ、個室の扉を開けた彼女たちは――その歩みを、ぴたりと、止めた。
部屋の中央。そこに設えられた施術ベッドに、うつ伏せで横たわる、一人の先客がいたからだ。
(な…)
(これは…)
(まあ…)
(なんと…!)
四人の思考が、完全にシンクロする。
そこにいたのは、神が己の才能の全てを注ぎ込んで創造したとしか思えない、完璧すぎるプロポーションを誇る、一人の妖艶な美女だった。
くびれた腰から、丸みを帯びた豊かな臀部へと続く、黄金比率の曲線美。しなやかに伸びる長い脚。そして、施術のために背中が大きく開いたバスローブから覗く、滑らかな肌は、真珠の光沢を放っている。
やがて、施術師に促され、その美女が、気だるげな仕草でこちらへと身体を向けた。
その瞬間、四人は、第二の衝撃波に襲われる。
大きく開かれた胸元から、こぼれ落ちんばかりの、ダイナマイトボディ。
その、あまりにも圧倒的な質量と、芸術的なまでの造形美に、四人は、声もなく打ちのめされた。
リゼットは、無意識に自分の胸元と、相手のそれとを見比べ、がっくりと膝から崩れ落ちそうになる。
(うぐぐ…!あ、あれは…反則よ…!物理法則を、無視しているわ…!)
クラウディアは、冷静を装いながらも、その碧眼は、嫉妬と驚愕の色で揺れていた。
(…非論理的な質量ね。だが、認めざるを得ない。美しい…!くっ、私としたことが、見惚れてしまうとは…!)
エミリアさんは、ただただ、純粋に感嘆していた。
(まあ…!まるで、豊穣の女神様が、人の姿をとって現れたかのようです…!神様がお創りになった、最高の芸術品ですね…!)
菖蒲君だけが、全く違う角度から、その存在を分析していた。
(あれぞ、指南書にあった『傾国の美女』…!男を惑わし、国をも滅ぼすという、伝説のくノ一かもしれぬ…!主殿には、絶対に近づけてはならぬ相手でござる!)
その美女こそ、悪の組織「どきどき☆世界征服同盟」の女幹部、ルージュ・ブリッツその人であった。
彼女は、後から入ってきた小娘たちを、値踏みするように一瞥すると、心底退屈そうに、ふん、と鼻を鳴らした。
(…なによ、ガキばっかりじゃないの。こんなところに、あの新聞の朴念仁プロデューサーがいるとは思えないわね。まあ、いいわ。まずは、この施設をアタシのモノにして、それから、ゆっくりと料理してあげるんだから)
ルージュと四人の少女たち。
互いの素性も知らぬまま、女としてのプライドと美意識が、静かなスパの個室で、バチバチと激しい火花を散らした。
これから始まる、恋と戦いの嵐の、ほんの序曲だった。
◇
一方、その頃。
僕、アルト・フォン・レヴィナスは、湯着に着替えると、混浴エリアの露天岩風呂へと、足を運んでいた。
もちろん、やましい気持ちなど微塵もない。僕の目的はただ一つ。この施設のメインである、巨大な岩風呂の泉質と、その地熱エネルギーを利用した循環システムの構造を、科学的に解明することにあった。
「ふむ、なるほど。泉質は、ナトリウム-塩化物泉か。含有されるメタケイ酸の量が、規定値の1.5倍を超えている。これが、俗に言う『美肌の湯』の根拠だな。そして、この湯量の豊富さ。源泉から直接引き込んでいるだけでなく、一部を魔力フィルターで浄化し、地熱を利用したヒートポンプで再加熱して循環させている。実に、合理的で、美しいシステムだ…」
僕は、岩風呂の縁に腰掛け、携帯型の防水データ端末に、分析結果を打ち込んでいく。
湯けむりの向こうには、雄大な山々の景色が広がり、滝が岩肌を滑り落ちる音が、心地よく響いている。まさに、最高の研究環境だった。
その、僕の知的探求心を、打ち破る者が現れた。
「きゃっ…!」
可愛らしい、しかし、切羽詰まったような悲鳴。
声のした方を見ると、湯けむりの中から、一人の女性が、ふらりとした足取りで現れた。
燃えるような深紅の湯着を、そのダイナマイトボディにまとわせた、先程、スパでプリズム・ナイツを圧倒した、あの妖艶な美女だった。
どうやら、併設されたミストサウナで、少し長居をしすぎたらしい。その白い肌は上気し、瞳は潤んで、どこか焦点が合っていない。
彼女は、ふらふらと、覚束ない足取りで、僕の方へと近づいてくる。
「だ、大丈夫かい?少し、のぼせてしまったようだね。そこの岩に座って、少し休んだ方が…」
僕が、純粋な善意から声をかけた、まさに、その時だった。
彼女は、僕の目の前で、苔むした岩に足を滑らせ、バランスを崩した。
「きゃあああっ!」
悲鳴と共に、彼女の、豊満な身体が、スローモーションのように、僕の方へと倒れ込んでくる。
僕の、科学者としての思考回路が、超高速で回転を始める。
(対象の質量、倒れ込んでくる角度と速度から、衝突時の衝撃エネルギーを算出…!僕の体幹ならば、受け止めることは可能!だが、問題は、衝突ポイントだ!)
(まずい!このままでは、僕の胸部に、彼女の…彼女の、あの、非論理的な質量を誇る二つの柔らかい半球体が、真正面から激突する軌道だ!)
回避は、不可能。
僕は、覚悟を決めて、歯を食いしばった。
次の瞬間。
むにゅんっ。
という、この世のどんな物理法則でも説明できない、柔らかく、温かく、そして、圧倒的な弾力性を持った感触が、僕の胸板を襲った。
僕の思考が、一瞬、完全に停止する。
鼻腔をくすぐるのは、高級な香油と、女性特有の、甘い香り。
目の前には、上気した白い肌と、深紅の湯着からこぼれ落ちんばかりの、豊かな谷間。
――これが、僕と、ルージュ・ブリッツの、運命の出会いであった。
(な…)
(な、な、な、な…)
ルージュの頭の中は、完全に、真っ白になっていた。
生まれてこの方、十八年間。
悪の組織の幹部として、英才教育を施され、魔術の研鑽と、世界征服の計画立案にのみ、その青春を捧げてきた。
恋愛など、昼ドラの中だけの絵空事。同年代の男と、まともに口を利いたことすらなかった。
そんな彼女が、今。
人生で初めて、見ず知らずの男の、硬い胸板に、その顔と、自慢の胸を、押し付けている。
(こ、これが…『男』…!)
感じたことのない、硬い筋肉の感触。自分とは違う、少しだけ汗の匂いが混じった、不思議な匂い。そして、自分の心臓が、まるで警鐘のように、ドッドッドッと、うるさく鳴り響いている。
(な、ななな、なによ、この胸のどきどきは…!?)
(これが、あの魔王様が言っていた、恋…!?胸がキュンとして、頭が真っ白になるって、これのこと!?)
彼女の、恋に恋する乙女の脳内データベースが、この異常事態を、『恋の始まり』というフォルダに、強制的に分類・保存した。
僕の、どこまでも純粋で、心配そうな声が、彼女の混乱に、さらに拍車をかける。
「だ、大丈夫かい?」
(だ、大丈夫なわけ、ないじゃない…!)
(こ、声まで…なんだか、素敵に聞こえる…!)
ルージュは、羞恥と混乱で、爆発寸前だった。
彼女は、悪の組織の幹部としての、ちっぽけなプライドを奮い立たせ、僕の胸から、弾かれたように身を離した。
「な、なによ! アタシは、この温泉を征服しに来たんだから! あんたなんかに、心配される筋合いは…きゃあ!」
強がって、啖呵を切った、その瞬間。
彼女は再び、苔むした岩に足を滑らせ、今度は、背後にある滝壺へと、美しい放物線を描いて、真っ逆さまに落ちていった。
「しまった!」
僕は、咄嗟に、もちろん腰のポーチに常備している、万能ツールボックスから、小型ワイヤーアンカー射出機を取り出した。
(こういう不測の事態に備え、常に携帯している。ヒーローの、基本だ)
ワイヤーの先端が、ルージュの湯着の帯を、的確に捉える。
僕は、岩に足を固定し、全体重をかけて、彼女の身体が水面に叩きつけられる、その寸前で、見事にキャッチした。
「全く、危ないじゃないか。気をつけるんだ」
ワイヤーに吊られ、宙吊りになったルージュの、すぐ目の前に、僕の顔があった。
逆光と、湯けむりのエフェクト。
そして、心からの心配を込めた、優しい声。
それは、彼女が今まで見てきた、どんな昼ドラのヒーローよりも、格好良く、頼もしく見えた。
(ヒーロー補正、発動。当社比、3割増しである)
僕の、ヒーロー然とした(本人無自覚)行動と、吊り橋効果のダブルコンボが、ルージュの乙女心を、完全に、撃ち抜いた。
(た、助けられた…!)
(こ、この男に…!二度も…!)
彼女は、びしょ濡れのまま、ワイヤーに吊られながら、僕の顔を見上げて、叫んだ。
(礼なんて、言えるもんですか!悪の組織の幹部が、敵かもしれない男に!でも、このままじゃ、アタシのプライドが…!)
(そうだわ!悪の組織として、敵の情報を聞き出すのは、当然の権利よ!)
「あ、あんた! 名前を、教えなさい!」
その声は、震えていた。
それは、怒りでも、恐怖でもない。
生まれて初めての、恋のときめきに、だった。




