試作品(ガラクタ)と少年の夢
リゼットの心配をよそに、アルトの探究心は留まることを知らない。
あの日以来、彼は工房にこもりっきりで、新たな試作品の開発に没頭していた。リゼットが毎日運ぶサンドイッチとスープだけが、彼の生命線だ。
「よし…今度こそ完璧なはずだ!プリズム・チャーム試作品4号機、起動!」
リゼットが見守る中、アルトが自信満々にスイッチを入れる。
はたして、ブレスレットから鳴り響いたのは――。
「ピロリロリロリ~ン♪」
――なんとも気の抜ける、おもちゃの電子メロディだった。
工房内に響き渡る陽気なサウンドに、リゼットは思わずこめかみを押さえる。
「…………今の、何の音?」
「むう…音響回路にバグが混入したか。想定していたのは、もっとこう、魂を揺さぶるような起動音だったんだが…。だが、これはこれで興味深いデータだ!」
まったくめげていないアルトは、すぐさま5号機に取り掛かる。
そして数時間後。
「今度こそ!起動!」
スイッチオン。
ブレスレットは、うんともすんとも言わない。ただ中央の魔法石が、ぼんやりと弱々しい光を放っているだけだ 。まるでホタルの光だ。
さすがのリゼットも、ぷっつりと堪忍袋の緒が切れた。
「もー!いい加減にして!こんなガラクタばっかり作ってないで、少しは休んだらどうなの!?」
その言葉に、それまでキラキラしていたアルトの瞳から、ふっと光が消えた。彼は手の中の試作品を、どこか寂しそうに見つめる。
「……ガラクタ、か」
その表情に、リゼットはハッとする。しまった、言い過ぎた。
「あ、ご、ごめん!そんなつもりじゃ…!」
「いや、いいんだ。君の言う通りかもしれない」
アルトは静かに笑うと、工房の窓から外を眺めた。夕焼けが、のどかな領地の風景を茜色に染めている。
「でもね、リゼット。僕にとってこれは、ただのガラクタじゃないんだ。一つ一つが、僕の夢の欠片なんだよ」
「夢…?」
「うん」とアルトは頷く。その横顔は、いつもの天才科学者ではなく、遠い日に憧れた何かを語る、ただの少年の顔をしていた。
「僕がいた世界にはね、『ヒーロー』がいたんだ」
それは、アルトが初めてリゼットに語る、前世の物語だった。
どんな絶望的な状況でも、颯爽と現れて人々を守る光の戦士。子供たちの夢と希望を一身に背負い、悪と戦う不屈の魂。そして、その力の象徴である「変身」。
「僕は、科学と魔法の力を融合させて、それをこの世界で再現したいんだ。悲しんでいる人がいたら、絶望している人がいたら、その涙を拭ってあげられるような、誰かのためのヒーローを、この手で生み出したい」
熱っぽく語るアルト。
それは、荒唐無稽な夢物語かもしれない。けれど、彼の瞳はどこまでも真剣で、純粋な輝きに満ちていた。
リゼットは、ただ黙って彼の話を聞いていた。
難しい理論はわからない。でも、アルトが本当に、本気でそう願っていることだけは、痛いほど伝わってきた。
(昔から、そうだった)
子供の頃、アルトは「空飛ぶ馬車を作る」と言って、村の大人たちに笑われた。でも彼は、風の魔法と揚力の計算を独学で組み合わせて、模型を本当に浮かせてみせた。
(アルトはいつも、みんなが笑うような夢みたいなことばっかり言って、でも、絶対に諦めなかった。だから…!)
「そっか…」
リゼットは、にこっと笑った。いつもの太陽みたいな笑顔で。
「アルトの夢、なんだかすごいね!難しいことはよくわからないけど、私、応援するよ!アルトが作るヒーロー、見てみたいもん!」
その言葉に、今度はアルトが目を見開く番だった。
自分の突拍子もない夢を、真正面から受け止めて、応援してくれる。そのことが、どんな偉大な理論の証明よりも、彼の心を温かくした。
「……ありがとう、リゼット」
照れくさそうに、でも心から嬉しそうにアルトは微笑んだ。
「君の応援があれば百人力だ!見ていてくれ、次はポップコーンではなく、本物の奇跡を起こしてみせるさ!」
再び燃え上がる天才科学者の瞳を見て、リゼットは嬉しそうに、そして少しだけ呆れたように笑うのだった。
(ポップコーンのこと、まだ気にしてたんだ…)