絶対なる捕食者! 砕かれた炎と氷の刃
僕たちプリズム・ナイツを乗せた王家の馬車が、目的の村へと到着した時。
車内に満ちていた、少女たちの、どこか緊張感をはらんだ賑やかな会話は、ぴたりと、止んだ。
窓の外に広がっていたのは、もはや『村』と呼べるような場所ではなかったからだ。
家々は、崩れてはいない。畑も、荒らされてはいない。
だが、そこに、生命の色だけが、完全に抜け落ちていた。
石造りの家は色褪せた墓石のように静まり返り、畑に実っていたはずの作物は、黒い炭と化して崩れ落ちている。風に揺れる木々は、枝の先まで乾ききり、まるで助けを求めるように、灰色の空へと手を伸ばしていた。
そして何より、人の気配が、ない。物音ひとつしない。鳥のさえずりも、虫の羽音も、子供のはしゃぎ声も。昨日まで、ここに確かに存在したはずの、人々の営みの全てが、きれいさっぱりと消し去られていた。
「…ひどい…」
リゼットが、か細い声で呟く。その顔から、血の気が引いている。
馬車を降りた僕たちは、死の静寂に包まれた村を、警戒しながら進んでいく。僕の携帯スキャナーは、この一帯の生命エネルギー値が、限りなくゼロに近い異常事態を示していた。
「まるで…嘆きの森の悪夢が、そのままこの場所に移ってきたかのようです…」
エミリアが、悲痛な表情で胸の前で十字を切る。
「だが、嘆きの森とは邪気の『質』が違う。あれは澱のように溜まった呪いだったが、これは…喰らい尽くされた後の、残骸だ」
クラウディアが、腰の剣に手をかけながら、鋭く分析する。
その時、菖蒲が僕の前に出て、制止した。
「主殿、皆様、お気をつけくだされ。…来まする」
菖蒲の言葉が、引き金だった。
村の中央広場。その地面が、まるで巨大な何かが呼吸をするかのように、三か所、同時に盛り上がった。
そして、土を、石畳を、無残に砕きながら、三体の異形の怪物が、その姿を現した。
一体は、燃え盛る溶岩そのものを身体としていた。その周囲の空気は陽炎のように歪み、地面は触れることなく黒く焦げ付いていく。惑星の核から生まれたかのような、絶対的な熱量を誇る――炎獄のプレデター。
一体は、万年氷を削り出して作ったかのような、鋭利な身体を持っていた。吐き出す息は、地面を瞬時に凍てつかせ、周囲の気温を原子の活動すら停止させるほどの極低温へと引きずり下ろす。あらゆる熱を嘲笑う、絶対零度の化身――絶対零度のプレデター。
そして、最後の一体は、定まった形を持たない、影のようだった。だが、その不定形の身体からは、生命の根源たる魂そのものを直接啜り上げるという、冒涜的な飢餓感が溢れ出している。慈愛の対極に位置する、魂を狩る者――魂狩りのプレデター。
「間違いない…!こいつらが、村を…!」
リゼットが、怒りに拳を握りしめる。
もはや、言葉は不要。
僕たち四人の少女たちの心が、一つの闘志となって燃え上がった。
「「「「変神っ!――プリズム・チェンジッ!!」」」」
紅蓮の炎が、絶対零度の氷が、慈愛の翠光が、そして、闇を統べる漆黒が、死の大地に迸る。
四色の閃光が、絶望を打ち破る希望の輝きとなって、顕現した。
「炎の魔法戦士、セーラー・フレア!」
「氷の魔法騎士、ナイト・ブリザード!」
「癒やしの魔法戦士、ヒーリング・エンジェル!」
「闇を駆ける刃、シャドウ・ストライダー!」
四人の英雄が、三体の絶望に、真正面から立ち向かう。
戦いの火蓋は、切って落とされた。
「まずは、先手必勝よ!」
セーラー・フレア――リゼットが、一直線に、炎獄のプレデターへと突貫する。
「喰らいなさい!フレア・ナックル!」
渾身の炎の拳が、マグマの巨体に叩き込まれる。
だが。
「―――!?」
リゼットの顔が、驚愕に歪んだ。
確かな手応えが、ない。それどころか、彼女の放った炎は、プレデターの身体に触れた瞬間、まるで薪をくべられたかのように、逆に相手の身体をさらに大きく燃え上がらせてしまった。
『…ソレガ、オマエノ、ホノオカ?』
プレデターの身体から、地鳴りのような、嘲笑う声が響く。
『惑星ヲ焼キ尽クス我ガ身ニトッテ、ソノ程度ノ熱、暖炉ノ火ニモ等シイワ』
「なんですって…!?」
プレデターが、巨大なマグマの腕を振りかぶる。その一撃は、リゼットの炎とは比較にならぬ、惑星規模の熱量を宿していた。リゼットは咄嗟に後方へ跳んで回避するが、頬を掠めた熱波だけで、肌が焼け付くように痛んだ。
その頃、ナイト・ブリザード――クラウディアもまた、信じられない光景を目の当たりにしていた。
「ブリザード・ワルツ!」
舞うように放たれた氷の斬撃が、絶対零度のプレデターを襲う。
だが、その刃は、敵の身体に届く寸前で、カキン、と軽い音を立てて、空中で凍り付いてしまった。
「なっ…私の氷が、凍らされた…!?」
『…生ヌルイ』
プレデターから、侮蔑に満ちた声が響く。
『ソレヲ氷ト呼ブノカ、小娘。我ガ故郷ノ惑星デハ、ソレハ“春ノ陽気”ト言ウ』
「なんですって…!」
クラウディアのプライドが、音を立てて軋む。彼女の絶対零度の剣技が、赤子扱いされている。その事実が、彼女の冷静さを、わずかに、しかし、確実に狂わせていった。
そして、最も絶望的な戦いを強いられていたのは、ヒーリング・エンジェル――エミリアだった。
「皆さん!私が援護しますです!」
彼女が、傷ついた仲間たちを癒やそうと、聖なる光を放つ。
だが、その光は、魂狩りのプレデターが放つ、影の触手に触れた瞬間、まるで闇に飲み込まれるかのように、掻き消えてしまった。
『…無駄ダ。我ハ魂ヲ喰ラウ者。癒ヤシトイウ概念ハ、我ニハ存在セヌ』
それどころか、プレデターは、まだ息のあった村人の亡骸に、その影の触手を伸ばす。
すると、亡骸から、青白い人魂のようなものが、ずるりと引きずり出され、プレデターの身体へと吸収されていった。
「あ…!なんてことを…!」
エミリアの、癒やしという絶対的な肯定の力は、魂の消滅という、絶対的な否定の力の前では、あまりにも無力だった。
『――全員、聞け!個別に戦うな!連携して、一体ずつ確実に仕留めるんだ!菖蒲君、撹乱を!』
即席のテントに設営した司令室から、僕の檄が飛ぶ。
その声に、三人が我に返る。
そうだ、私たちは、一人じゃない!
「承知!」
シャドウ・ストライダー――菖蒲が、十数体に分身し、三体のプレデターを同時に撹乱する。
その隙に、フレアとブリザードが、一体…炎獄のプレデターへと、集中攻撃を仕掛けた。
「氷よ、炎を打ち消せ!」
「炎よ、氷を溶かせ!」
互いの弱点を補い合う、完璧な連携。
だが、敵は、その連携すらも、嘲笑った。
炎獄のプレデターは、ブリザードの氷を蒸発させながら、フレアの炎を吸収し、さらに巨大化する。
その間、絶対零度のプレデターと魂狩りのプレデターが、分身した菖蒲を、いとも容易く見破り、その本体へと、的確に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ぐっ…!分身が、通じない…!?」
敵は、三体で一つの個体であるかのように、完璧に連携していた。
僕の司令室のモニターに、プリズム・ナイツの四人のバイタルデータが、危険信号を示す赤色で点滅し始める。
追い詰められていく。
じりじりと、しかし、確実に。
希望の光が、三体の絶望の影に、飲み込まれていく。
「はぁ…っ、はぁ…っ…!」
「くっ…なんて強さなの…!」
「これでは、ジリ貧です…!」
「主殿…申し訳…ござらぬ…!」
四人の少女たちの、悲痛な声が、僕の耳に突き刺さる。
僕は、歯を食いしばり、コンソールを睨みつける。
何か、何か手はないのか。逆転の一手は。
だが、モニターに映し出される、冷徹なシミュレーション結果は、何度繰り返しても、同じ未来を予測していた。
―――全滅確率、98.7%。
(…ダメだ)
僕は、奥歯を、血が滲むほどに、強く噛み締めた。
(このままでは、彼女たちが、死ぬ…!)
プロデューサーとして、いや、彼女たちを愛する一人の男として、それだけは、絶対に、許容できない。
たとえ、それが、どれほど屈辱的な決断であろうとも。
僕は、通信機のマイクを、震える手で掴んだ。
そして、腹の底から、叫んだ。
「―――撤退だ! 全員、今すぐ戦線を離脱しろ!」
僕の、苦渋に満ちた声が、戦場に響き渡る。
『え…?』
『撤退…ですって…?』
『まだ…戦えます!』
『主殿!何を…!』
四人の、信じられない、という声。
だが、僕は、非情な司令官に徹した。
「これは命令だ!繰り返す、プリズム・ナイツは、ただちに撤退せよ!今は、勝てない!」
僕の、有無を言わさぬその言葉に、四人は、一瞬、動きを止めた。
その、コンマ数秒の隙を、僕は見逃さない。
司令室のコンソールから、遠隔操作で、僕がこの日のために開発しておいた、特殊装備を起動させる。
「閃光弾、煙幕弾、一斉射出!」
プリズム・ナイツの足元から、強烈な光と、敵の五感を狂わせる特殊な煙幕が、同時に炸裂した。
視界を奪われたプレデターたちが、一瞬だけ、動きを止める。
その隙に、僕は、最後の指示を叫んだ。
「行けぇぇぇぇっ!!」
四人は、悔しさに顔を歪め、唇を噛み締めながらも、プロデューサーの命令に従い、その場から全速力で離脱した。
背後から、欺かれたプレデターたちの、怒りの咆哮が追いかけてくる。
だが、もう、彼女たちは、振り返らなかった。
◇
王都へと向かう、帰りの馬車の中。
そこには、行きのような、賑やかな会話は、一切なかった。
ただ、重く、気まずい沈黙だけが、四人の少女たちを支配している。
誰もが、俯き、自分の膝を、ただじっと見つめているだけ。
リゼットも、クラウディアも、エミリアも、菖蒲も。
その心には、同じ、一つの感情が、鉛のように、重く、のしかかっていた。
(…負けた)
仲間と一緒だったのに。
四人、全員の力を合わせたのに。
それでも、勝てなかった。
それは、彼女たちが、プリズム・ナイツとして、初めて経験する、明確で、絶対的な、『敗北』の味だった。
その、あまりにも苦く、そして、惨めな味は、若き英雄たちの心に、決して消えることのない、深い、深い傷跡となって、刻み込まれたのだった。




