僕の疲労を触媒に、再起の誓い
僕、アルト・フォン・レヴィナスが、次に意識を取り戻した時。
そこは、見慣れた工房の天井だった。どうやら、気絶した僕を、ヒロインたちがベッドまで運んでくれたらしい。
身体は、鉛のように重い。糖分の過剰摂取と、急激な筋繊維の酷使、そして一睡もしていない脳が、ストライキを起こしている。
だが、不思議と、頭だけは、雨上がりの空のように冴え渡っていた。
絶望と、無力感に苛まれていた心の靄は、完全に晴れていた。
「…アルト(様)!」
僕が身じろぎしたのに気づき、ベッドの周りを囲んでいた三人の少女たちが、一斉に顔を上げた。
その顔には、深い安堵と、そして、それ以上に深い罪悪感が、くっきりと刻まれている。
「気がついたのね!よかった…!」
「す、すみませんです…わたくしたちのせいで…」
「…あなたの体調を考慮せず、未熟な精神論を押し付けたこと、謝罪するわ」
三者三様に、しおらしい。
昨日までの、あの暴走お悩み相談選手権が、まるで嘘のようだ。
僕は、ゆっくりと身体を起こしながら、首をかしげた。
「いや、なぜ君たちが謝るんだ?僕は、君たちの行動に、深く感謝しているのだが」
「「「へ?」」」
三人の、間の抜けた声が、綺麗にハモった。
僕の言葉の意味が、全く理解できない、という顔をしている。
僕は、ベッドから降りると、ふらつく足で、工房の中央に立つ。そして、三人のヒロインに向き直り、プロデューサーとしての、穏やかで、しかし、絶対的な自信に満ちた笑みを、浮かべてみせた。
「君たちの、昨日の行動は、決して無駄ではなかった。いや、むしろ、僕にとっては、必要不可欠なプロセスだったんだ」
僕の言葉に、三人はますます混乱している。
僕は、ノートパソコンを起動させ、壁に、ある人物の映像を投影した。
黄金に輝く、偽りの英雄――ゴールデン・ジャスティスだ。
「昨夜、僕は、確かに無力感に苛まれていた。だが、君たちが、それぞれのやり方で僕を励まそうとしてくれたおかげで、僕は、ある重要なことに気づくことができた。それは、この男を打ち破るための、唯一無二の、完璧な解法だ」
そう。
リゼットがくれた、甘いお菓子。それは、僕の疲弊した脳に、最低限の糖分を供給してくれた。
クラウディアが課した、無茶なトレーニング。それは、僕の身体に強制的な負荷をかけることで、脳を覚醒状態へと導いてくれた。
そして、エミリアが付き合ってくれた、長い沈黙の時間。それは、僕に、膨大な情報を整理し、思考をまとめるための、最高の環境を与えてくれた。
彼女たちの暴走は、結果的に、僕の分析を、飛躍的に加速させたのだ。
「君たちの行動は、バラバラに見えて、一つの目的のために、完璧に連携していた。つまり、君たちは、無意識のうちに、チームとして、最高のパフォーマンスを発揮していたということだ」
そして、僕は、結論を告げる。
「僕の疲労を触媒に、君たちの心は一つになった。そして、その君たちの想いが、僕に、答えをくれた。ありがとう、プリズム・ナイツ。君たちこそが、僕の最高のヒーローだよ」
僕の、心の底からの感謝の言葉。
それを聞いた三人の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
リゼットが、クラウディアが、そしてエミリアが、顔を見合わせる。
そうだ、と。
私たちが、しっかりしなくちゃ、と。
彼女たちの心に、昨日失ったはずの、ヒーローとしての誇りの炎が、再び、力強く灯るのが、僕には見えた。
「さあ、反撃のブリーフィングを始める。もう、下を向いている時間はないぞ」
僕の言葉に、三人は、涙をぐっと堪え、力強く、頷いた。
◇
「まず、敵の分析からだ」
僕は、ゴールデン・ジャスティスの戦闘映像を、スローモーションで再生する。
「彼の鎧は、オリハルコンとアダマンタイトの複合合金。物理攻撃、魔法攻撃、その双方に対して、現時点では最高の防御性能を誇る。これを正面から打ち破るのは、不可能に近い」
「そんな…」とリゼットが息を呑む。
「だが、どんな完璧なシステムにも、必ず弱点はある」
僕は、映像の一点を指し示す。
「彼のエネルギー源は、太陽光。鎧の表面に組み込まれた光子コンバーターで、魔力に変換している。つまり、夜間や、屋内など、太陽光が届かない場所では、その出力は著しく低下するはずだ」
「なるほど…!戦う場所を選べば、勝機があると!」
クラウディアの目に、知性の光が戻る。
「だが、それだけでは不十分だ。彼の最大の武器は、その圧倒的なパワーではない」
僕は、映像を切り替える。そこに映し出されたのは、彼に熱狂する、王都の民衆の姿だった。
「彼の最大の武器は、これだ。『民衆の声援』という名の、絶対的な支持。彼は、ヒーローである前に、完璧な『エンターテイナー』なんだ。常に観客を意識し、どうすれば自分が最も輝いて見えるかを、計算し尽くして行動している」
「だから、あんなに派手なパフォーマンスを…」
エミリアが、納得したように呟く。
「そうだ。そして、それこそが、彼の、最大の、そして、唯一の『弱点』となる」
僕は、三人の顔を、一人一人、順番に見つめて、言った。
「ヒーローとは、何か?」
僕の問いに、三人は、それぞれの答えを、心の中で探しているようだった。
「僕が愛したヒーローは、決して、完璧なだけの存在ではなかった」
僕は、静かに、しかし、力強く語り始める。
「彼らは、泥にまみれ、傷つき、時には、無様に負けることもあった。だが、それでも、彼らは、決して諦めなかった。なぜなら、彼らには、守るべきものがあったからだ。たった一人の少女の涙だったり、ささやかな日常の風景だったり。その『守りたい』という、純粋な想いこそが、ヒーローをヒーロー足り得る、唯一の条件なんだ」
「それに比べて、ゴールデン・ジャスティスは、どうだ?」
「彼は、誰かのために戦ってはいない。常に、自分自身のために戦っている。自分が、民衆から、どう見られるか。それだけが、彼の行動理念だ」
「だから、僕たちの作戦は、極めてシンプルだ」
僕は、王都の地図を広げ、ある一点を、指し示した。
「彼を、ヒーローとしての『真贋』を問われる、究極の選択へと、誘い出す」
「彼が、民衆へのパフォーマンスと、本当に守るべき命を、天秤にかけざるを得ない状況を、僕たちが、創り出すんだ」
僕の作戦を聞いた三人の顔に、驚きと、そして、確かな覚悟の光が宿る。
それは、正々堂々とは言えない、少しだけ、意地の悪い作戦かもしれない。
だが、偽りの正義を打ち破るためには、時に、悪意すらも、利用する覚悟が必要なのだ。
「…やれるわ」
リゼットが、固く拳を握りしめて言った。
「ええ。私たちのやり方で、私たちの正義を、証明して見せましょう」
クラウディアが、不敵な笑みを浮かべて頷く。
「はいです…!わたくしたちの心を、今度こそ、一つに合わせる時です!」
エミリアが、慈愛に満ちた、しかし、鋼の意志を宿した瞳で、微笑んだ。
そうだ。
もう、迷いはない。
僕たちの心は、確かに、一つになった。
僕の疲労と、彼女たちの涙を触媒にして、プリズム・ナイツは、今、本当の意味で、一つのチームとして、再起の誓いを立てた。
「よし、行こうか。プリズム・ナイツ」
僕の言葉に、三人は、最高の笑顔で、頷いた。
「「「応っ!!」」」
偽りの黄金の輝きを打ち破る、三色の、いや、四色の、本物の光の反撃が、今、始まろうとしていた。




