結成プリズム・ナイツ!…と、仁義なき席順争奪プレゼン大会
『嘆きの森』に、光が戻った。
呪いの元凶だった負のエネルギー集合体は、ヒーリング・エンジェルの慈愛の力によって浄化され、森は本来の生命力に満ちた姿を取り戻しつつあった。
小鳥たちのさえずりがBGMとして復活し、僕たちは英雄の凱旋のごとく、森を後にしていた。
「それにしても、すごかったわね、エミリアさん…」
「ええ。あの怪物を、戦わずに無力化するなんて…論理的には理解不能ですが、見事な結果でした」
リゼットとクラウディアが、傷ついた身体を引きずりながらも、賞賛の眼差しでエミリアを見つめる。
「そ、そんな…!わたくし一人の力じゃありませんです!アルトさんが作ってくださったプリズム・チャームと、お二人が戦ってくださったおかげで…!」
当のエミリアは、両手をぶんぶんと横に振って謙遜している。その姿は、先程までの聖母のような神々しさはなく、いつもの天然ドジっ子シスターそのものだった。
炎と氷、そして癒やし。三つの異なる力。三人の少女たち。
その光景を見ていた僕の胸に、ヒーロープロデューサーとしての熱い魂が、ふつふつと湧き上がってくるのを感じた。そうだ、今こそ、その時だ。
僕は、咳払いを一つすると、三人の前に進み出て、高らかに宣言した。
「皆、聞いてくれ!僕は、今、この瞬間をもって、我々のチームを正式に命名する!」
「「「え?」」」
三人の、きょとんとした顔。構うものか。こういうのは勢いが大事なのだ。
「太陽の光がプリズムを通して七色の輝きを放つように、君たち一人一人の個性と勇気が合わさる時、世界を照らす無限の光となる!悪の闇を切り裂き、人々の希望となる、聖なる騎士たち!その名は――」
僕は、天に指を突きつけ、叫んだ。
「――『プリズム・ナイツ』だ!」
………しーん。
森に、気まずい沈黙が流れる。
リゼットが、おそるおそる口を開いた。
「ぷ、ぷりずむ…ないつ…?」
「ああ!どうだ、素晴らしい響きだろう!」
「え、ええと…まあ、アルトが言うなら…」
「…ネーミングセンスの論理的整合性については、今は問いませんでおきましょう…」
「わぁ…!なんだか、かっこいいです…!」
三者三様の、いまいち締まらない反応。だが、純粋な瞳で目を輝かせているエミリアのリアクションに、僕はプロデューサーとして深く満足した。
かくして、後に世界を救うことになる英雄チーム『プリズム・ナイツ』は、僕のほとばしる特撮ヒーロー魂によって、ここに産声を上げたのである。
◇
事件解決の報告を終え、王都へと帰還する馬車の中。
僕たちプリズム・ナイツの記念すべき初任務は、大成功に終わった。そのはずだった。
だが、この密室空間で、彼女たちを待っていたのは、新たな戦いだった。
それは、世界の命運などとは全く関係のない、しかし、彼女たちにとっては世界の命運以上に重要な、『アルト様の隣の席』を巡る、仁義なき戦いであった。
発端は、些細なことだった。
三人掛けの座席の真ん中に座り、今回の戦闘データをノートパソコンに打ち込んでいた僕の右隣にはリゼット、左隣にはクラウディアが座っていた。そして、僕たちの向かいの席に、エミリアが座っている。ごく自然な配置だ。
リゼットが、水筒を取り出し、僕に差し出した。
「アルト、喉渇いたでしょ。はい、特製のハニーレモンよ」
「おお、気が利くな、リゼット。クエン酸による疲労回復効果は、科学的にも証明されているからな」
「もう、理屈っぽーい!」
そんな僕たちのやり取りを、クラウディアが氷のような視線で一瞥し、フンと鼻を鳴らした。
「非効率的ね。本当に彼の疲労を回復させたいなら、アミノ酸やビタミンB群をバランスよく配合した栄養補助食品を摂取させるべきだわ。そもそも、なぜあなたが当然のように彼の隣にいるのかしら」
「なっ…!そ、それは早い者勝ちっていうか、幼馴染の特権っていうか…!」
「特権?論理的根拠の欠片もない、愚かな発想ね。プロデューサーの隣に座るべきは、不測の事態に最も迅速に対応できる、護衛としての能力が最も高い者であるべき。つまり――」
「異議あり!」
クラウディアの言葉を遮り、リゼットがばっと立ち上がった。ガタン、と馬車が揺れる。
「アルトの隣に一番ふさわしいのは、誰よりもアルトのことを想って、心と身体の健康を管理できる、私に決まってる!今日は、そのことをはっきりさせるために、プレゼンテーションをさせてもらうわ!」
プレゼンテーション。なんと知的な響きだろうか。
僕が興味津々で見守る中、リゼットは咳払いを一つすると、熱弁を振るい始めた。
「議題!『私がアルト様の隣に座るべき論理的かつ情緒的優位性について』!第一に、私はアルトが転生した赤子の頃から、彼の成長を逐一見守ってきました!彼の好きな食べ物、睡眠サイクル、研究に没頭する時の癖まで、全てのデータを網羅しています!これにより、彼のパフォーマンスを最大化させるための、最適なサポートを提供できます!」
ほう、と僕は頷く。確かに、彼女の生活支援能力は極めて高い。
「第二に!何よりも重要なのは、精神的な安定です!私が隣にいることで、アルトは故郷を思い出し、心が安らぐはず!この精神的安定こそが、彼の天才的な発想力の源泉となるのです!私がアルト様の精神的安定に最も貢献します!以上!」
自信満々に胸を張るリゼット。なかなかどうして、説得力のあるプレゼンだった。
だが、それに対して、クラウディアがすっと立ち上がり、冷静な声で反論を開始した。
「幼稚な精神論ね。感情的な繋がりが、必ずしも戦闘効率に直結するとは限らないわ。私のプレゼンを始めます。議題『プロデューサーの隣席配置における危機管理と戦術的最適解』」
おお、こちらも面白そうなテーマだ。僕はノートを取り出し、ペンを走らせる準備をした。
「第一に、馬車での移動中は、外部からの襲撃リスクが最も高まる局面の一つ。この際、プロデューサーの隣には、防御力と即応性に最も長けた騎士が配置されるべきです。私のナイト・ブリザードとしての能力、そして騎士貴族としての訓練経験から鑑みて、その任に最もふさわしいのは、論理的に私であることは明白です!」
ふむ。危機管理の観点から言えば、彼女の言うことにも一理ある。
「第二に、私は常に冷静な分析と判断が可能です。あなたが隣で不必要に騒ぎ立てることで、プロデューサーの集中力を削ぐリスクがあるのに対し、私は彼の思考を妨げません。静かで、安全で、効率的な環境を提供することこそ、最高のサポートと言えるでしょう。結論として、最適解は私。異論は認めません」
ビシッとリゼットを指差し、完璧な理論武装で締めくくるクラウディア。
二人の間に、バチバチと激しい火花が散る。
「な、なんですってー!」
「事実を述べたまでよ」
一触即発の二人。その時、これまで黙って成り行きを見守っていたエミリアが、おずおずと手を挙げた。
「あ、あのぅ…」
二人の視線が、一斉にエミリアへと注がれる。
「わ、わたくしなんかが、お二人のような立派なプレゼンはできませんけど…」
彼女は、少し頬を赤らめながら、はにかむように言った。
「でも、その…アルトさんのお傍にいると、なんだか心がぽかぽかして…わたくしの癒やしの力も、一番安定するような気がするんです…。ですから、もし、わたくしが隣にいれば…」
彼女は、にこっと、聖母のように微笑んだ。
「お傍にいるだけで、マイナスイオンを放出できるかもしれませんです」
マイナスイオン。
その、あまりにも予想外で、科学的根拠が皆無でありながら、しかし、謎の説得力を持つパワーワード。
リゼットとクラウディアは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、完全に沈黙した。
…勝負、あったかもしれない。
三者三様の、熱いプレゼンが終わり、三人の視線が、裁定者である僕へと集中する。
僕は、書き留めていたノートから顔を上げ、興奮に目を輝かせながら、三人に言った。
「素晴らしい…!実に、素晴らしいプレゼンだった!」
僕は立ち上がり、賞賛の拍手を送る。
「リゼット君の提案は、オペレーターの心理的安定とモチベーション維持に焦点を当てた、ヒューマンセントリックなアプローチだ!クラウディア君のは、物理的セキュリティとリスクマネジメントを最優先する、極めて合理的な戦術論!そしてエミリアさんのは、生体エーテル波による環境恒常性維持という、全く新しい概念の提示だ!どれもが、今後の『プロデューサー・サポート・システム』を構築する上で、非常に価値のあるデータだ!」
僕は、キラキラした目で三人に詰め寄る。
「ありがとう、君たちのおかげで、僕の研究は飛躍的に進展した!この仁義なきプレゼン大会、ぜひ、定例会議として定期的に開催しようじゃないか!」
僕の、心の底からの感謝と提案。
それに対して、三人のヒロインは。
「「「…………」」」
顔を見合わせ、そして、この日一番の、深くて長いため息を、三人同時に、つくのだった。
僕の平穏と、彼女たちの仁義なき戦いは、まだ、始まったばかりである。




