プロローグ 新世界での再起動
絶望が支配する炎の海で、一人の少女が叫んだ。
自らの無力さに打ち震えながら、託された最後の希望をその腕に抱き、魂のすべてを振り絞って。
「変神っ!――プリズム・チェンジッ!!」
その叫びは、世界を書き換える起動コマンド。
少女の腕にはめられた機械仕掛けの腕輪が閃光を放ち、襲い来る魔獣の爪を弾き返す光の障壁を展開する。光の中で、彼女の身体は宙に浮き、炎の奔流がリボンとなって絡みついた。村娘の衣服は光の粒子へと分解され、代わってその身に編み上げられていくのは、白を基調としたセーラーカラーの戦闘服。胸元には深紅のリボンが結ばれ、栗色のポニーテールは燃えるような赤色へと染め上げられていく。
やがて光が収束し、変身を終えた少女が、灼熱のオーラをまとって大地に着地する。
もはや、そこに怯える村娘の姿はない。
「――炎の魔法戦士。セーラー・フレア!」
凛とした声で、彼女は自らの名を告げた。その瞳には、すべてを守り抜かんとする不屈の炎が宿っている。彼女は地を蹴り、炎の矢となって迸った。華奢な拳に炎をまとわせ、巨大な魔獣の顎を打ち砕く。その一撃は、絶望を打ち破る希望の鉄槌。まさに、完璧な『ヒーロー』の姿だった。
――そこで、いつも目が覚める。
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「3、2、1…メインエンジン、点火」
2025年、NASAの研究施設。その心臓部であるコントロールルームに、張り詰めた、しかし心地よい興奮が満ちていた。数多のモニターが青白い光を放ち、人類の叡智の結晶たる新型推進エンジンの稼働状況をリアルタイムで映し出している。
その中央、指揮官席に座る若き日本人――天野翔は、穏やかな笑みを浮かべてコンソールを眺めていた。
「素晴らしい…!見てください、この安定したエネルギー波形。僕の計算通り、いや、それ以上だ」
彼の呟きに、周囲のスタッフたちが安堵と称賛の息を漏らす。弱冠二十代にして、このプロジェクトの頭脳を担う天才。その事実に、嫉妬よりも畏敬の念を抱く者の方が圧倒的に多かった。
だが、その瞬間だった。
――ピピピッ!
けたたましい警告音が、祝福のムードを切り裂いた。一つのモニターが赤く染まり、エラーコードの羅列が高速で流れ始める。
「なっ…なんだ!?エネルギーチャンバー内の圧力が異常上昇!制御不能!」
「冷却システム、応答しません!」
スタッフたちの声が悲鳴に変わる。翔の表情から笑みが消え、超高速で思考が回転を始める。モニターに映し出された数値を瞬時に解析し、最悪の結論を導き出す。
(ダメだ…臨界点を超える…!このままじゃ、ここ一帯が吹き飛ぶ!)
「総員退避!急げ!」
翔が叫ぶ。だが、すぐ隣にいた後輩研究員は、恐怖で足がすくんで動けなくなっていた。その彼を、爆心地から遠ざけるように、翔は力強く突き飛ばした。
「君にはまだ、見るべき未来があるだろう!」
それが、彼の最後の言葉になった。
閃光。
轟音。
そして、すべてを焼き尽くす灼熱の衝撃波。
仲間を庇うように立ち塞がった若き天才の身体は、いとも容易く爆炎に飲み込まれていった。
(ああ…僕の夢も、ここまで、か…)
薄れ、千切れゆく意識の中で、翔の脳裏に浮かんだのは、科学の未来でも、ノーベル賞の栄誉でもなかった。
それは、ずっと昔の記憶。
ブラウン管のテレビの前で、目を輝かせていた幼い自分。
不格好でも、泥臭くても、たった一人の誰かを守るために、必死で立ち上がる銀色の巨人。ピンチの瞬間に駆けつけ、絶望を希望に変える、仮面のヒーロー。
そうだ。僕の原点は、いつだって彼らだった。
科学の力で、世界を平和にしたかった。
でも、本当に作りたかったのは、そんな小難しいものじゃない。
たった一人でいい。
悲しみに暮れる少女の涙を拭い、絶対的な希望で心を照らす――僕だけの『ヒーロー』を、この手で生み出したかったんだ。
(もし…もし、もう一度だけチャンスがあるのなら…)
後悔と、しかし不思議なほど純粋な願いが、光となって魂を包み込む。
(今度こそ、誰かを守れる、僕だけのヒーローを――)
その強い想いは時空を超え、因果律の鎖を断ち切り、やがて――。
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
全く新しい世界で、産声となって響き渡った。
柔らかな産着の感触。
自分を優しく抱きしめる、温かい腕。
そして、耳慣れない、しかし慈愛に満ちた言葉。
「まあ、なんて元気な子でしょう。あなたのお名前は『アルト』。アルト・フォン・レヴィナスよ」
(…ここが、僕の新しい研究室…というわけか)
辺境貴族の赤子として、天才科学者の「強くてニューゲーム」が、今、静かに起動した。
これは、後に世界を揺るがす「創造主」と、彼によって生み出される「最強のヒロイン(プリズム・ナイツ)」たちの、壮大な勘違いから始まる物語である。