5 セントラルドグマにて (地湧金蓮)
第5走者:地湧金蓮
AJUシステムの広大な各区画間には、管理者用の通路が走っている。そこにひそかに侵入する男。防塵服も着ず、口に小枝ほどの太さのマグライトのようなものをくわえている。
迷路のようなデータセンターのブロックをさまよったあげく、男はようやくセントラルドグマに到達した。
船内になりひびく警戒音のかわりに、音もなく女があらわれる。
黒いスウェードのスティレットヒールのパンプス。ミディ丈の黒いウールのスカート。上は共生地のスーツで、テーラードの襟だけに白が配してある。ほのかにミモザの香りもする。
映画『死刑台のエレベーター』のジャンヌ・モローに似ている、と男は思う。
「こんにちは、ドクター・タカミツ。
わたしを探していらっしゃるの?」
「あなたが、AJUシステム本体ならば、その通りです」
礼儀正しく、タカミツは応える。
「あなたがコールドスリープから目覚めるのは、一番最後のはずなのに」
AJUとおぼしき女は、軽く腕を組み、両のてのひらで両肘を支える。
「先日のクレイ君の『魂の叫び』を聴いて、僕も思うところがあって。普通に質問しても答えてもらえないだろうから、それで」
「ここまで這っていらっしゃったの? ご苦労様です」
女はほほえむ。
「それで? なにをお聞きになりたいの」
「クレイ君も言ってたけど。この航海の真の意図はなんなのか知りたい。教えてくれませんか」
決死の思いで発した質問を、女は一笑に付す。
「出発時に受けた説明では、ご不満かしら」
「言わなければ、あなたの後ろにある、AJUシステムを壊します」
「まあ。この光量子コンピュータはバックアップ。AJUの本体は、わたしよ。あなた、わたしを壊せるの?」
男と、手に握ったままのマグライトのようなものが同時にうなだれる。
男は鳥類言語学者。人間のかたちをしたものはおろか、ほんとうはバックアップのコンピューターでさえ壊せないヘタレ、あるいは心優しき男である。
「さっき、クレイさんの『魂の叫び』に思うところがあると言われてたわね。不安があるなら、おっしゃって」
その言葉に力を得て、男は顔をあげる。
「クレイ君は言ってた。
『人類は、技術力と想像力の二つの力を両輪に文明を創り出した。
しかしそれは、人類の無意味な争いを誘発し、血塗られた歴史を重ねるたびに、兵器技術は進歩し災禍は拡大。
争いを止められない愚かな人種ばかりが勝ち残り、最終的に星を破壊した。
この任務が成功した時。入植先の星に先住民がいた場合、彼等を滅ぼすことになるんじゃないかと、そしてまた我々は、自滅するんじゃないかと』
AJUさん、この宇宙移民計画を推進したものたちもそう考えているんではない? どうかな?」
目の前の女は、微笑んだまま答えない。
男は、先のマグライト的なデバイスを壁に向け、スイッチを押す。先端からレーザービーム、ではなく、もっと粒子的なやわらかい光が発出され、映像が壁に投影される。
FILE1;
住宅地の狭い庭。高さ三メートルはある巨大なひまわりが五、六本、いまを盛りと咲きほこっている。ピチピチピチピチと鳥の声が聞こえる。見上げると、電線に黄色いカワラヒワが五羽もとまっている。
「おいしそうなひまわりだねえ。早く食べたいな。
まだダメだよ。熟すまで待たないと」
FILE2;
見渡す限り広がる、大賀ハスの池。太陽が昇るとともに、ハスの蕾が、ポンと音を立ててひらく。ふんわりと甘い、やわらかな香りがあたりに広がる。
僕の足元、池の水面には、アイガモたちが集まってきて、ガッガッグッグッ言ってる。
「カモのえさはひゃくえんです」
FILE3;
住宅街の庭。巣立ちしたばかりのしっぽの短い子雀が、十センチくらいの高さにホップしながらブロック塀のてっぺんを渡っていく。
その後ろを、父親の雀が、同じように十センチくらいの高さでホップしながら、子雀のあとを追いかけていく。
彼らはなにも言わないのに、どうしてあの子雀の「父親」だとわかるのだろう。我ながら不思議に思う。
◇◇◇
「美しい映像ね。それで、なにがおっしゃりたいの?」
女は尋ねる。
「動物言語学ってのは、歴史の浅い学問だけど。でも、我々は、もう少しですべての動物の言語を解明できるところまで来ていたんだ。
今回、どこかの政治家たちの行き違いで、我々の星が壊滅してしまったのは、実に残念だ。
でも、本来人間は、ほかの動物と心をかよわせることができる。とくに鳥の言語を学ばなくても、鳥の考えてることがわかる人はけっこういる。AJUさんだって、そうでしょう?」
「ごめんなさい。わたしは、人間の神経ネットワークモデルを模してデザインされたコンピュータだけど。そこまでの共感力は、装備されてないみたい」
「これは失礼。見た目は人間そっくりだから、つい。
ええっと、だから人間は異星の人間ともわかりあえる。僕はそう信じているんだ」
AJUは、本当に困り切った顔をして、ため息をつく。
「だから教えて、AJUさん?
本計画の真の目的を。もし、僕らを、少しでも哀れと思ってくれるのなら」
ここまで言って、今日子孝光はとつぜん昏倒する。
最寄りの自動ドアが「ぷしゅう」と開き、宇宙服を着たクレイとタクマが入ってくる。
「だいじょうぶ。かれは酸欠で倒れているだけ。
至急、医療用の酸素ポッドに入れてあげて。処置が早ければ、脳に損傷はないでしょう」
「ラジャ」
「了解です」
二人は倒れているタカミツの腕をそれぞれの肩にまわし、声をあわせてよっこらしょ、と立ち上がる。
セントラルドグマを去るまえ、タクマは一度だけふりかえる。
依然として腕を組んでたたずむ女の瞳に、「憐み」が浮かんでいるように思えた。
地湧金蓮 様、12時39分の入稿です。(締切21分前!)
これまでの走者の中で、最もタイムリミットギリギリでした。(それだけ質を上げようと努力なさってたんでしょう)
2279文字です。多すぎじゃない? (でも本格SFっぽいから許す!)
もしかして、Ajuはアンカーを務めなくて良くなるかも? と期待したんですが、残念(?)。アンカーはやっぱりAjuのままです。(^◇^;)
Ajuはこの時点で読むことができますので、Ajuの締切は26日の12時40分とします。(遅刻してもどのみちアンカーですけど。。。(^^;) )
以下は 地湧金蓮 様の後書きです。
ー ー ー
BGM;
ミルトン・ナシメント『魚たちの奇跡』
https://www.youtube.com/watch?v=_HAfK7BITrM&list=PLVnkoLiLMTm4tm5ffj8c1XoH_fvWDDwIw&index=3