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第10話 Memento diei

「5年前くらいまで……だったかしら。アタシは、隣町のモンタヴィエを拠点に冒険者をやってたの」

 えっ、とテオが声を上げる。もとは冒険者だったんですか? と。グロリオサは少し困ったように頷いた。


「もとはもクソも、今も出ようと思えば出られるぜ。グロリオサはSSランクの冒険者だからな」

 アシルがそう言うと、グロリオサは顔の前で右手をパタパタさせる。

「やだァ~! もう現役は引退したのよォ!」

「引退してなおこの強さだ。隣町や中央からしたらあんたが受付嬢をやってるのなんて納得いかないだろうよ」

「そう……そうなのかしらね」


 ふ、とグロリオサは遠い目をする。



 ――それは、グロリオサがまだ冒険者として活動していたころの事だった。

「なあ、ギル。俺、来週ちょっと高ランクの依頼受けたから行ってこようと思ってるんだ」

 ふんわりとした栗色の髪が印象的な、青い目の青年。名を、レオナールといった。


「へえ、どんな?」


 ギル――ギルベルト、現在はグロリオサと名乗っている青年こそが、このレオナールの大親友だった。    


 二人は、この街の酒場で意気投合し、よく共に依頼に出かけていた。ある時は迷子の猫を探した。またある時は、畑を荒らす大食いイノシシの討伐、討伐に慣れてからは、中央からの依頼を受けてドラゴン退治に出かけたこともあった。二人は負け知らずのコンビで、街の人々からの信頼も厚かった。何かあれば、『モンタヴィエの双翼』に頼めばいい、と皆が口をそろえて言うような、そんな二人だった。


 この日だって、いつものように二人で酒場で食事をとっていた。


「南にある火山の、火喰い鳥の尾羽を取りに」

 レオナールの言葉に、ギルベルトは酒を飲む手を止めた。

「火喰い鳥……?」

「ああ、知ってるだろ?」


 レオナールの方を勢いよく振り向く。この時はまだ巻き髪にセットされていなかったギルベルトの後ろで一つにくくられた髪が、馬の尾のように揺れた。

「知ってるも何も……! 今のお前のランクじゃ……」

「そうかな、でも、受付嬢さんはSランク依頼って言ってたし、ぎりぎり問題ないよって」


 依頼のランクには様々な解釈がある。Sランクの冒険者は、Sランク以下の依頼であればどの依頼を受けてもいい。しかし、Sランクの中でも熟練者と初心者に分かれるので、そこは自分で判断して該当ランクの中から依頼を受けていく形になる。ランクに関してはSSからFというざっくりとした分け方であるため、同ランクの中にも危険度の差異というのが出てくる。慎重な者であれば、SSランクに上がるまでSランクの危険依頼は受けない、という者もいるし、Sランクに上がりたての者は基本的にはAランクの高危険度依頼を受けて慣らしていくのが通例であった。


「問題ないわけあるか、お前は先月Sランクに上がったばかりだろう」

「ん~、まあ……ギルに比べたら俺なんてまだまだだけどさ」


 対して、ギルベルトはあと一つ大きな依頼をこなせばSSランクへの査定が待っているほどだった。


「火喰い鳥はまずいって……」

 火喰い鳥は極めて獰猛で、縄張り意識がとても強いため、テリトリーに入る者を絶対に許さない。SSランクの冒険者であっても、気配を消して静かにその巣に忍び寄り、落ちている尾羽をこっそり拾ってくるのを推奨されているような、そんな危険な依頼だった。


 ギルベルトは顔をしかめてレオナールのグラスに酒を注いでやる。


「もう受けてきちゃった」

「キャンセルできるだろ、キャンセル料必要なら少し持ってやるから……」

「行きたいんだ。はやくお前に追いつきたい」

 ボトルをテーブルにおいて、ギルベルトは口を引き結ぶ。


 そうか、レオナールは、先にランクを上げてしまった私に引けを取っていることを気にしているんだ。


「……早くなくていい、とにかく危険なことはやめて……」

「俺たちはモンタヴィエの双翼だぜ? 俺だけランク低いまんまじゃだめだろ!」

 あはは、と笑ってレオナールはグラスのワインを飲み干す。


 きっと来月にはお前はSSランクになっちゃうんだから、俺も一気にポイント貯めるんだ! なんて言って――。



 彼の笑顔を見たのは、その日が最後になった。




 次の日からギルベルトはレオナールとは別の長期依頼のため北部へ出かけていたため、レオナールの見送りは出来なかった。あの日の夜に、いつものように、じゃあまた、と手を振って、それが最後だった。今度はお前の驕りだからな、なんて軽口を叩いたのは、レオナールに無事に戻ってきてほしかったからだ。

 ギルベルトが一か月の長期依頼から戻ってきて、いつものように酒場へ行ったとき、レオナールの姿はなかった。共に出掛けたという冒険者の姿も、もちろんなかった。


 聞くのが怖かった。


 南の火山へは往復で二週間。どれだけかかっていても、さすがにもう帰っている頃だ。あるいは、別の依頼を受けていてたまたまここにはいないだけ、そう思いたかった。

 けれど、長期依頼からモンタヴィエに戻った時点でギルベルトはこの街がなんだか通夜のような雰囲気に包まれていることに気づいてしまっていた。


 受付嬢にレオナールの所在を問う。


 まだ帰還していない。それだけだった。


 それだけで、十分な情報だった。


 誰一人として、火喰い鳥の尾の納品依頼を受けた者は帰ってきていない、と。


「どうして……!」


 ギルベルトは思わず受付嬢に掴みかかった。


 彼女は、Sランク冒険者にSランクの仕事を紹介しただけです、とすました顔で答えた。そこで止めるのがあなたの仕事じゃないのか、あれはまだ未熟だったのに、Sランクというには、まだ。

 否、彼女がした仕事は、受付嬢のマニュアルとしては適切だったと言える。ギルベルトは頭に血が上っていたことを恥じて、受付嬢から手を離す。


「ああ、それから、SSランク昇格、おめでとうございます」

 温度のない声で、受付嬢は北部で申請しておいたSSランク冒険者証が届いている、と封筒を取り出してカウンターの上に静かに置いた。

「……ありがとうございます」

 報酬と封筒を受け取り、ギルベルトは店を出る。



 空は晴れているのに、町全体が暗く沈んでいた。

 ギルベルトは街の広場のベンチへ腰掛けると、封筒を開く。

 紙製の冒険者証とは異なり、少し重量のある金属製のカード。SSの刻印と、自分の名前が刻まれている。


 きっと、レオナールはこれを並べて一緒に酒を飲みたかったんだろう。


 揃いのSSランクだ、とはしゃぎたかったんだろう。


 一刻も早く、そうしたかったんだろう。


 どうしてもっと強く引きとめなかった。


 どうして、お前には無理だとはっきり言わなかった。


 ぼた、ぼた、と大粒の涙が金色のカードを濡らしていく。


 こんなもの、もういらないのに。


 片翼を失った自分には、もう、いらないのに。




 どんな恐ろしい魔物を目にしても、どんな大けがをしても泣いたことなんかなかった。

 初めて決壊した感情に翻弄されるまま、ギルベルトは広場に響き渡るほど慟哭した。

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