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資産運用勉強会

 月曜日。


 早速麻里奈は宮城をミーティングブースに呼び出し、宮城達二十代社員を対象とした資産運用勉強会を開こうかと考えているとそれとなく伝えてみると、宮城は諸手(もろて)を挙げて喜ぶ。


 どんなに大企業に就職できても、やはり若い世代は将来に一抹の不安があり、しかし誰に相談すればいいのかが分からないという状況のようだ。


「怪しいセミナーとか引っ掛かりたくないんスよね~」

「当然よ、マネー系のセミナーなんてむやみやたらに参加するモンじゃないわ」


 総務の許可を取り、会議室を押さえ、宮城が六年目以内社員のチャットグループに勉強会の告知をすると実に三十人を超える若手が集まり、その中に奏士の姿もあった。


(キタキタキター!!!)


 獲物が引っ掛かった喜びを隠しながら、第一回目は手始めに会社の福利厚生について詳しく説明していく。


 事後アンケートには


『会社の福利厚生について把握しきれていなかったことを教えてもらえて非常に勉強になりました!』


 という声と、次回も参加したいかという質問に百パーセントの”はい”を貰い、麻里奈はトイレで小躍りする。




 しかし!




 奏士からの接触は特になかった。




『何で?!』

『まだ一回勉強会したくらいでしょ?もうちょっと様子見しなよ』

『そうそう~果報は寝て待て~だよ。』


 グループLINEには非常に低温な励ましが続く。


 麻里奈は諦めずに勉強会を開き、女子社員からの要望で資産運用サークルまで立ち上げたが奏士からの接触はない。


「え~!花房リーダーっておうちタワマンなんですか~?!」

「すご~い!見てみたい~!!」


 キラキラOLライフに憧れる女の子達の要望で自宅のタワマンまで公開することになったが、そこにも奏士の姿はない。


「花房リ~ダ~!みんなで丸の内大学のファイナンスセミナー行きましょうよ~!」

「花房さん、合コン開いてください~!」

「花房リーダーLINE教えてください!」


 なぜか麻里奈の周囲は女子社員で溢れた。


「いや、女の子達が頼ってくれるのはいいんだけどさ・・・」


 徐々に深まる秋を感じる中、おばあちゃん家の敷地内の庭で焼き芋をしながら麻里奈は力なくつぶやく。


「なんで奏士君はLINE聞いてくれないのかな・・・」


 足元を風が通り抜け、カサカサの落ち葉が飛んで行く。


「これはもう脈ナシでしょ」


 焦げた落ち葉の中からホイルで包んだ芋を引っ張り出し響花が言い放つ。


「そもそも冷静に考えて、新卒ボーイが二十歳年上の女なんて好きにならないでしょ」


 焼きたてホクホクの芋を食べる一同を、ヒンヤリと冷たい秋の空気が包み込む。


「・・・まあ、いい夢見たということで・・・」


 純子の慰めと共に、麻里奈は力なく芋を食べる。


 この夏の労力がパアになり、結局、独り相撲をしていただけの自分に虚しさを感じ体育座りで小さくなっていると、


「も~!麻里奈ちゃん元気出して!お盆も休暇取ってなかったでしょ?!久々にみんなでどっか行こうよ、猫ちゃん達OKなホテル探してさ!!」


 と、梓が上から飛び乗り元気付ける。


 梓の気遣いに乗り、家の中へ移動してパソコンでペット可ホテルを探すことにした一同。


 箱根にいい感じのホテルを見つけたので今度行こうと盛り上がると、麻里奈の気持ちも少しは軽くなる。


(温泉浸かって美味しいもの食べてリセットするかあ・・・)


 大企業で出世する秘訣は、気持ちの切り替えが早く出来ることである。


 最新の箱根情報をYouTubeで見まくったせいか、仕事中も会議中も旅行が楽しみで仕方なくなってきた麻里奈。


 久々の旅行に備え新しい鞄を見に行くために今日は早めに切り上げようと書類のチェックに集中していると、そこへ、ポンっ、と音がしパソコンに目を移すとTeamsで奏士からチャットメッセージが来ている。


「?」


 開くと、


『花房リーダーお疲れ様です!すみません、本日中に社印を貰って先方にお渡ししなければいけない契約書があるのですが訂正箇所が見つかって今作り直しています。押印申請上げるのがこの後なのですが、すぐにご承認いただけますでしょうか・・・?』


「あらま」


 現在奏士は宮城と共に会議室で取引先と会議中、時計を見ると十六時、社印押印の締め切りは十七時、あと一時間で申請と製本を完了させ印紙を貼り総務まで社印を貰いに行き先方に渡す、中々のスピード感だ。


『大丈夫よ、できたらすぐに申請上げて』


 そう答えると、


『ありがとうございます!少々お待ちください!』


 という返事。


 少ししてまたチャットで『今申請上げました!ご承認のほどよろしくお願いいたします!』とメッセージが来たのでメール画面に切り替えると、承認依頼のメールが来ている。


 リンクをクリックすると奏士が上げた押印申請システムの画面が表示され、内容と添付ファイルを確認していくが気になる箇所が・・・


「ここ社名後株じゃん」


 添付された契約書は相手先の社名が正しく『近急プリントパートナーズ株式会社』になっているが、奏士が押印申請システムに手入力した契約先は『株式会社近急プリントパートナーズ』になっている。


「もお・・・こういう細かいトコみんなちゃんとしないんだよな・・・」


 麻里奈はチャットの返信を書き込む。


『押印申請の方、先方社名が前株になっています。契約書は後株で問題ないですが、社名は大事なので内部のシステムといえど正式な社名を入力するよう気を付けてね。宮城さんにも言っておきます』


 そう打ってから承認のボタンを押す。


『承認しました、社印貰いに行ってください』


 メッセージを送ると即座に『ありがとうございます!』という返事があり若者らしさに微笑ましく思った、その時。


 麻里奈が送ったメッセージに、ハートマークが付いた。


(ハート・・・?)


 目を凝らして見つめる先にあるのは、ハートマーク。



 ハートである。



(ハ・・・ハ・・・ハートォォォォォ!!!!!)


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