お礼はエナドリで
麻里奈の指導の甲斐あって、翌日の奏士の個人発表は悪くない出来だった。
「東海道新幹線駅構内のサイネージに広告を出せば、静岡の茶処のイメージも相まって効果的と考えました」
「どうして新幹線駅なの?在来線は?」
「インバウンドも含めた旅客が使う新幹線駅の方がアピールする力が大きいと思いまして・・・このナビタイムのデータ収集結果から分かるように、東京と大阪を結ぶゴールデンルートはとても外国人旅客の利用が多く・・・」
「それなら新幹線の中に広告出せばいいんじゃない?」
「あ、そうなのですが・・・新幹線車内での過ごし方ってみんなスマホ見ていると思うので、歩きながら周囲をきちんとみる駅構内がいいと思いまして・・・僕自身新幹線では外の景色見入って冊子とかは見ないので・・・」
しどろもどろになりながらも指摘に全て答える奏士を麻里奈は満足げに見つめ、ミーティングが入っていたため研修終了時間と同時にそそくさと退出した。
四月。
晴れてグループリーダーとして組織をまとめる立場になり、より一層忙しさが増す毎日を過ごすうち奏士のことはすっかり忘れていた麻里奈だったが、ゴールデンウィークが近づく頃に人事から共有された配属一覧を見て驚く。
(え?アタシのグループなの?)
奏士の配属先には自身の所属部署が書かれていた。
「ああ~ついにOJTですか~・・・アタシも先輩になったんですねえ~」
奏士のトレーニング担当は入社六年目の宮城静香。
「大丈夫、内定者研修で話したけどいい子だったから」
「お前の流儀でタタいてやれ宮城!」
豪快な松本部長がウケ狙いで言うが、
「あ~・・・辞めちゃったらすいませんね・・・」
女子柔道全国大会入賞者の宮城がつぶやくと現実味が増す。
しかしあの真面目さなら大丈夫だろうと麻里奈は楽観した。
そして四月二十八日。
トレーナー・宮城の早歩きに置いて行かれないよう小走りにやって来た奏士は、持ち前の愛想の良さを振りまき振りまき、挨拶を重ねる。
「はい、君の所属の広告プランニングディビジョン二部の皆さんです、挨拶!!」
「はい!本日からお世話になります片山奏士と申します!!一日も早く業務に慣れ、皆さんのお力になれるよう誠心誠意頑張りますのでよろしくお願いいたします!!!」
パチパチと拍手が響き、宮城が奏士を引き連れ麻里奈の元にやって来る。
「花房リーダー、連れてきました。片山です」
「内定者研修の時はお世話になりました!本日からよろしくお願いいたします!」
「よろしくね」
ぺこぺこと会釈しながら挨拶周りに連れて行かれる奏士を見送り、麻里奈も業務に戻る。
ランチを宮城に誘われるが、昼休み返上でも片付かない分量の仕事が降って来るため断り、デスクでパンをかじる。
(あ~・・・リーダーってホント一番大変だわ・・・)
しかし明日からのゴールデンウィークをエンジョイするために、ここは頑張りどころとマウスをクリックしまくっていると、
「あの・・・花房リーダー・・・」
と、小声で話しかけてきた相手は奏士である。
「どうしたの?ランチ美味しかった?」
「あ、はい!皆さんとハンバーグ食べに行きました!美味しかったです!」
「良かったじゃない、先輩とはよく交流するのよ」
「はい!あ・・・それで・・・」
奏士はおずおずと麻里奈に向かって何かを差し出す。
手渡されたのはエナジードリンク、”モンスター”である。
「あの、これ・・・この前ご指導頂いたお礼です!お忙しいのに本当にありがとうございました!!」
両手でモンスターを差し出す奏士は腰をビシィっ!と折り曲げ、マナー講師も驚きの礼儀正しさ。
「ああ、いいのに・・・わざわざありがとうね」
上司らしい笑顔で受け取ると、顔を上げた奏士は満面の笑みでペコペコと頭を下げながら宮城の元に走って行った。
(わざわざお礼なんて律儀な子ねえ・・・にしても・・・)
受け取った缶を改めて眺める。
(若い子のチョイス・・・)
エナドリ言うたらリポDの世代の麻里奈には馴染みのないセレクションだが、ハッと気付く。
(・・・ははーん?こりゃアタシに惚れた感じか?)
デキる社員の姿に恋に落ちるというのは春のオフィスの風物詩、モテ女の麻里奈もかつてン十年前に幾度となく経験したことだ。
(アタシも罪な女だわ・・・あんな若い子までオトしてしまうなんて・・・)
ふふっ、と余裕の笑顔でまた業務に戻り、その夜は月曜のダーリン・官公庁勤務のマサフミ(四十四歳・独身)のタワマンで、大型連休の幕開けにふさわしいホットな時間を過ごす。
「新卒の子がわざわざエナドリくれたりして可愛いの」
「麻里奈みたいなイイ女が上司とかそいつ一生分の運使い果たしたろ」
「そうよねえ~!」
ベッドの中で、ソファの上で、風呂で廊下でキッチンでベランダで。
いっちゃこ~ら、いっちゃこ~ら、よ~いよ~いよいっ。
ダーリンとのエンドレスな夜を堪能し続ける麻里奈だったが、後に自分の方が恋の沼にハマるとはこの時まだ思いもしなかった。