異色の内定者
例えどれだけ時代が進もうと、大手広告代理店に就職する若者の傾向はそうは変わらない。
頭脳明晰!(有名大学出身)
話術快活!(若者言葉で言うならコミュ力おばけ)
容姿端麗!(合コンで連絡先を交換してもらえる好感度)
体力無限!(酒も無限に呑めるとなおヨシ)
これらの厳しい基準をくぐり抜ける猛者というのは、皆往々にして雰囲気が似ているものだ。
自尊心に満ち、表情は明るく、テキパキと動きハキハキと話し・・・
会議室でグループワークに取り組む二十五人のそんな若者達を眺めながら、麻里奈は手元の新卒社員情報と本人をそれぞれ一致させるために観察を続ける。
(早稲田スポーツ科学部・・・そんな感じね)
(あの子可愛い・・・ミスコンっぽい、青学か・・・)
(お!UCLA!よく逃げられなかったわね、人事頑張ったじゃん)
資料と内定者を見続けるうち、ある学生が目に入った瞬間麻里奈の目は釘付けになった。
(えっ、アレ内定者なの?!)
急いで名前とプロフィールを確認する。
(片山奏士、立教大学、文化コミュニケーション学部、テニスサークル、バイトはスタバ・・・)
経歴はよくある内定者のパターンだが、ご本人のタイプが広告代理店内定者のソレでない。
(なっっっっっよ!!!えぇ?!なんであんな貧弱そうな子採ってんの?!)
線の細い体、柔らかい物腰、穏やかで人の良さそうな顔。
好感は持てるが、ここはド根性と押しの強さがなければ生き抜けない広告業界。
なのにその全てを兼ね備えて”なさそう”な男の子が内定者なのだ。
(人事どうした何を血迷った?!あんなん一年持たずに辞めんじゃないの?!)
「はい、時間になりましたのでこれから各グループ発表に移りたいと思いまーす」
人事部社員の声掛けで皆が前方を向き、各グループの代表者が発表を始める。
今回の研修は広告戦略立案の一環を学ぶために、お題となる商材(緑茶)の広告をどのように打つかをグループ毎に考え発表するというものである。
「リスティングだけだと興味のある人にしか訴求されないよね?それだとパイが広がらないんじゃない?」
「広告塔オオタニにするならどれだけ売らなきゃいけないか計算してあるの?」
「なぜ緑茶の広告にLGBTQフレンドリー色を出そうと考えたの?」
現役社員による厳しいツッコミが飛び交い、額に汗かきながら学生達は己が爪の甘さを実感させられる。
最後に例の大人しそうな男の子・片山奏士のグループが発表するが、
「外国人観光客に狙いを絞って、国際空港の出国エリアモニターにCMを流して最後に緑茶を飲もうという気にさせます!」
という発表に、
「・・・帰る人より来た人にPRした方が良くない?」
というツッコミで、撃沈する始末だった。
(・・・まあ、入社前じゃこんなモンよね・・・)
苦笑いを噛み殺して改善ポイントを淡々と伝える麻里奈。
ふと見ると、内定者の中で奏士だけが一心不乱にパソコンのキーボードを叩いて麻里奈が伝えた改善ポイントをメモしている。
最近の学生は人の発言を記録する時、スマホで録音したりChatGPTで文字起こしをしたりと省エネ傾向が強いが、なんと彼は泥臭く必死になって手を動かしていたのだ。
十八時になり研修は終了し、麻里奈も解放され自分のデスクに戻る。
コーヒーを一口飲んでから業務に戻ろうとしたところ、マウスを忘れたことに気付き研修会場だった会議室に戻ると中では奏士が一人残ってパソコン作業をしていた。
「まだ残ってるの?」
声を掛けるとハッとした様子の奏士が勢いよく立ち上がり
「あ、お疲れ様です!」
と言って頭を下げた。
「明日も九時からでしょう?もう帰ったら?」
「・・・でも、もう少し考えたりしなきゃで・・・」
オドオドと奏士は答える。
明日の研修内容は今日の指摘を踏まえて今度は個々で企画を再提案するという内容だから、見直しをしているのだろう。
しかし麻里奈はキッパリと告げる。
「中身がない案じゃ見直すだけ無駄よ。君達なんとなくの印象だけで話を進めたでしょ?自分のアイデアに説得力を持たせる証拠が必要なのにそれが全然なかったじゃない」
「え、でも、どうすればいいですか・・・?」
「ほら、パソコン貸して」
やれやれと思いつつも、麻里奈は奏士に企画立案に最低限必要なスキルを伝授していく。
「内閣府とかNHKとかが色んな調査報告を公開してるからそういうので裏付けしていくの」
「え!凄い!こんな毎年、調査ってされてるんですか?」
「そう、本当の案件だったら外部の調査会社に頼むけど研修だったらこの程度でいいからこういうの押さえとくのよ。なんとなくは絶対ダメ!」
麻里奈のパソコンを叩く手は止まらない。
「案を練る時新人がよくやっちゃうのは広げ過ぎて矛盾を潰し切れてないことなの」
「帰国する訪日外国人向けに空港の出国エリアってのが、広がり過ぎってことですか・・・?」
「そう、対象が外国人、場所は空港ってのは悪くないけど、だったら東京駅はダメなのかとか、空港に一番多いのは実は従業員じゃないかとか、そういう深堀りに答えられる準備が足りないのよ」
「そうなんですね!」
奏士のメモを取る手も止まらない。
麻里奈は気になってつい聞いてみた。
「ねえ、最近の子ってメモするのにデジタルデバイスすごく使うけど、君はアナログ派なの?」
そう聞かれて奏士は慌て始めた。
「あ・・・すみません、効率悪いですよね・・・」
「いや、アタシの世代はアナログだから別に何とも思わないけど、珍しいなーって思って」
「いえ、なんか・・・相手の許可なく勝手に録音とか録画って失礼な気がして・・・それに自分の手を動かす方がちゃんと内容を飲み込めるような気がするから、結局こっちが効率いいんです、僕は・・・」
照れながらそう話す奏士に麻里奈は感激する。
(え?!超いい子じゃん!しかも努力家!)
なるほど、これは内定に値する人柄の良さ、と納得した麻里奈の新人教育熱がヒートアップする。
(人事が頑張って採用した新卒だ!鉄は熱いウチに打つべきね!)