治療の麻里奈
それは、友人歴二十年の中で、誰にとっても初めて見る光景だった。
男好きの麻里奈がセフレとの情事を拒み、ワンワン泣いている理由が、
『セフレのアレが奏士じゃない!』
だと言うのだ。
最近全然連絡を寄越さず大人しいなと思っていたこの色狂い、まさかまさか、恋煩いをこじらせ重症化させていた!
逃走劇から二時間後、もうすぐ夜中の十二時を回ろうとしている中集まった梓、響花、純子、そして家に押しかけられた雨季はもうどうしていいか分からない。
「えーっと・・・そのセフレがもう用無しになっただけだよね?別にソッチの方は変わらず旺盛なんだよね?」
純子の問診に、治まったと思った号泣が再開される。
「・・・うっ、もう・・・ムリ・・・」
「他のメンツとも?」
「もうイヤ!!奏士君じゃない男のアレなんて!!!」
一同は慌てふためく。
「んじゃ、マジックで名前書けばイケるんじゃない?!そうし、って!!」
「そうそう、ちゃんと油性で!!!」
「名前じゃヤダ!奏士君の●●●じゃなきゃイミない!!!」
叫び、床に突っ伏し、わあわあ泣きで四人を困らせる。
そこへ、麻里奈に懐くパピヨンがゆっくりと近付き、にゃお~と低く鳴いた。
「パピヨンちゃん・・・!アタシどうしたらいいのおおおおお~~~!!!!!」
パピヨンをすかさず腕の中に引き込み抱き締め、ゴロゴロと暴れる。
(奏士君がいい・・・奏士君じゃなきゃやだ・・・)
雨季が丹念に手入れをするパピヨンの滑らかな毛を触っていると、ふと視界に入ったのは・・・
しっぽ。
パピヨンのしっぽ。
長くて、太めで、それはそれは立派な・・・
しっぽである。
「・・・奏士君の●●●にぎにぎしたいいい~~~!!!」
しっぽを両手で握り頬擦りしていると雨季にパピヨンを取り上げられる。
「ウチの猫オカズにすんな!!!」
「ねえ純ちゃんコレヤバいんじゃない?!麻里奈ちゃん自制が効かなくなってるよ?!」
「なんかないのアスピリンとかモルヒネみたいなの!!」
「いや~・・・これはボーイじゃなきゃ無理じゃないかな~・・・」
麻里奈のゾンビ化を食い止めるため、緊急会議が開かれた。
「セフレに二十三歳くらいの男の子を追加すればどうにかなる!」
「いや、本人じゃなきゃとか言ってるからダメでしょ」
「VRで疑似セックスができるソフトとか純ちゃん作れないの?」
「生憎機械工学は専門外でね~」
などと話していると麻里奈の発作が始まる。
「VRなんかじゃイヤ!体も●●●も奏士君のじゃなきゃシたくない!!!」
(シたくないだとおおおおお!!!!!)
一同驚愕。
三度の飯と同じくらい粘膜接触を愛する麻里奈がソレを拒絶するということは、末期症状に等しいということである。
「ダメだ!治療が必要だ!!」
こうして、麻里奈は強制的に有休を取らされ、ありとあらゆる治療に励んだ。
人間ドッグで全身の異常の有無をチェックした後は、心療内科カウンセリング、祈祷、断食、アーユルヴェーダ。
しかし湯水の如く金を注ぎ込んでも改善の兆しは見られない。
「まあ~・・・そりゃそうだよね、何を改善すべきか分かんないもんね・・・」
自宅のタワマンまで見舞いに来た純子は、ヒマラヤのピンクロックソルトをバカみたいに入れた風呂に生気なく浸かる麻里奈を痛々しい目で見つめ、うちわで扇いでやる。
自慢のFカップは、すっかり萎れていた。
「もういっそ異動希望出しなよ・・・」
雨季が麦茶を差し出すとそれをちゅ~・・・と飲んで、力なく答える。
「もうむりまにあわない・・・」
「じゃあ次の十月でさ」
「もしかしたら麻里奈ちゃん異動になってるかもしれないよ?」
梓の言葉が現実になっていることを誰もが祈ったが、しかし幸か不幸か、三月中旬に出た内示は引き続き現部署。
奏士も変わらず部下のままで、宮城が別部署に異動という人事であった。
部長との面談でそれを知り、麻里奈は何とも言えない気持ちに包まれる。
(嬉しいのに複雑だわ・・・)
それから年度末は社内外の送別会で忙しく、四月になると歓迎会で忙しく、麻里奈は飲みまくり遊びまくりで憂さを晴らす。
宮城の代わりに異動してきた社員の歓迎会を部で開き、飲んで飲んで飲みまくり、二次会のカラオケに向かう途中、奏士が声を掛けてきた。
「あの、花房リーダー、カラオケ行くんですか?」
「ん?行くわよ~!部長のこと慰めなきゃいけないしね!」
予想通り昇進が叶わなかった部長には発散の場が必要なのだ。
「あ、でも、体調大丈夫ですか?最近も会食続きですし・・・」
「部長は平気でしょ~」
「いえ、部長じゃなくて花房リーダーが・・・」
「え、あたし?!」
自分を心底心配する表情の奏士に、麻里奈は慌てて空元気を発動。
「だあ~いじょうぶよお!」
「でも・・・前もずっと休んでましたし・・・」
「もうすっかり元気!この業界酒に強くてナンボなのよ!!」
よく分からない釈明で笑い飛ばすが、麻里奈の傷んだ心に奏士の優しさが沁みる。
思えば、もう誰も優しくなんかしてくれないこの会社で、奏士だけが自分に優しいのだ。
(仕事も一生懸命だし礼儀正しいし、ドジっ子だったのにこの一年で見違えるほど成長したし・・・)
目の前にすると、思い知る。
(・・・やっぱ好きだよお・・・)
胸が苦しくなって仕方がないが、これ以上自分が辛くならないように、遠目から見ているのが一番いいと言い聞かせる。
(ウチの部のかわいい弟分としてね・・・あ、そういえば新卒のOJTやるんだよね、ほんとよく成長したな・・・)
なんとか心の冷静を保とうとする麻里奈。
・・・しかし春の嵐の到来は目前に迫っていた!!!