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悲しみの麻里奈

 麻里奈は絶望した。


 麻里奈は廃人と化した。


 オーランド様の店で麦焼酎をあおりにあおって倒れ救急車で運ばれ、そのまま三日寝込んだ。


 出社できるほど回復しても、奏士の姿を見ることができず個別ブースに籠って仕事する日々が続き、周囲からはまだ本調子ではないのではと心配されるが”本当の理由”を言うことなどできるはずもなく、適当に誤魔化し在宅勤務をしていた。


 この一年のバカ騒ぎが、実は新卒社員の律儀な礼儀作法を拡大解釈したものに依っていた、だなど恥ずかしくて死にたくなる。


 しかしこういう時ほど周囲は平和そのもの、特に悪い病気も見つからなかったりするからこの世は非情である。


 そんなある日、昼食のカップラーメンをズルズル啜りながら在宅勤務をしていると、LINEメッセージを受信。


『麻里奈久しぶり、最近どうしてる?』


 三田会のダーリン・タクヤ(商社勤務・四十三歳)からだ。


『元気よ~タクヤは?海外出張ばっかり?』

『そー、もうマイルと疲れしか溜まんない(笑)。明日とか空いてない?』


 明日か・・・と、考えていると追加で来たメッセージは


『オッパイ揉ませて♡』


 自分の世代はゲスな男しかいねえなと思いつつも、惰性でいいよーと返事する。


 案の定久々に対面したタクヤはイケメンながらも、恐ろしく中身のないカラッポな話で自分自身に酔いしれるだけである。


「辞めとけって言ってんのによ、投資は乗り遅れないことが重要!とか言って太陽光だぜ」

「あ~今流行ってるもんねえ~山丸刈りにしてねえ~」

「失敗してそのケツ拭くのどうせ俺なのにさ~。太陽光って意外に採算合わないんだぜ~?」

「日本の領海全部にパネル浮かせて外国漁船のバリケードにすればいいのにね~」


 自分に酔うタクヤと、ワインで酔おうとする麻里奈。


 かつて散々、太陽光よりあっちっちな夜を幾度となく過ごしてきたハズなのに、今宵の麻里奈は目の前の鴨肉のコンフィしか楽しめるモノがない。


「なんか元気なくね?」

「うーん・・・最近疲れてんのよねえ・・・」

「じゃあ後で俺のゴールデンバットでラブ注入してやるよ」


 バカかコイツ、と思いながら水を飲み干す。


 しかしバカは自分も同じだ。


 食事が終わりタクヤが予約していたホテルの一室に付いて行き、いつもどおりコトに及ぼうとしているのである。


(・・・なんでこういうことする相手が奏士君じゃないんだろ・・・)


 考えても意味がない。


 自分は奏士の”ただの”上司である。


 こんなことになるはずがない。


 しかし、比べてしまう。



 ドジっ子でおっちょこちょいだろうと奏士がいい。



 あの運動会で自分の手首を握り続けたあの手がいい。



 サラサラの髪を両手でくしゃくしゃにして、首筋のホクロをなぞって、あの可愛い笑顔を目の前で見つめて、お互いの手を握り合いたい。



「・・・っつ、うぅ~・・・!」


 堪え切れず麻里奈が泣き出すと、タクヤはギョッとして飛び上がる。


「どうしたんだよ?!なんか嫌なことあったのか?!」

「うっ、うぅ・・・・・ふえ~ん!!」


 子どものように泣き出した麻里奈は自覚した。


 自分の心の全ては、もう奏士でしか埋められなくなっている、ということを。


「前足りなかったか?!もっとするか?!」

「・・・奏士君じゃない・・・」

「え?!」

「・・・もうやだ・・・帰る・・・!」

「ええっ?!なんでなんで?!何が不満なんだよ?!」


 両腕を掴まれるも、脳内が発する信号はレッド。


 麻里奈は叫んだ。


「アンタの●●●(ピーッ!)が奏士君じゃない!!」


 涙を手の甲で拭いながら脱いだ下着を着ようとすると、全裸のタクヤが止めにかかる。


「どうしたんだよ、麻里奈?!ほら、俺のゴールデンバットで昇天させてやるから・・・」

「フザけんなタコ!アンタの九ミリ弾になんてもう一ミリも興味ないわ!汚いモノ見せんな!!」


 そのまま高級ランジェリー姿で部屋から逃走。


 エレベーターの中で鉢合わせた外国人カップルが、驚きながらも着替えを手伝ってくれた。


 ロビーを抜け外に出ると、二月の冷たい夜風が涙で濡れた頬を凍らせる。


 小走りに地下鉄の駅へ向かい、飛び乗った電車の中でLINEを打ち続けた。

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