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僕の上司を紹介します

 大歓声の中、お題の借り人を必死に探す挑戦者とそれを笑いながら応援する参加者。


 それを楽しそうに眺める奏士だが、麻里奈の視線はすぐ隣で座り込む奏士に向けられ離れない。


 サラサラの髪、首筋のホクロ、黒いチームTシャツ、細い腕、そして自分の手首を握り続ける手。


 膝と膝がくっつき、これほどの至近距離で近付いたことが初めての麻里奈は、どんどんうるさく飛び跳ねる心臓の音で音楽も歓声も聞こえなくなっていく。


 次々と手を繋いだ挑戦者と借り人が集まる。


 まだ見つからない借り人を必死に大声で探す声が時折響く。


 ふいに、奏士がこちらを見た。


 屈託のない笑顔を麻里奈に向け、


「なんか、思ったよりも楽しんじゃってます、僕!」


 と、嬉しそうに言った。


「はい、全員借り人を見つけられました~!!」


 司会の声に我に返り周囲を見回すと、いつの間にか五色のチームTシャツが入り乱れた人の壁が出来上がっている。


「挑戦者の皆さんお疲れ様でした!これよりジャッジの時間です!」

「一組ずつ前に出てきて、お題と正しい人を連れてきているかの発表をお願いいたします!」


(・・・そういやアタシ、何すればいいの?)


 お題も知らされず連れてこられた麻里奈は、ここに来て別の意味で焦り始めた。



 奏士はいったい、何を意図して自分を連れてきたのか。



「では一番に到着した須賀専務チームの井上さんどうぞ~!」

「お題はレベル六~・・・『ブリッジができる人』!おお!ブリッジ得意なんですか?!」


 借り人の参加者が、まあ・・・と言って体をのけ反らせ見事なブリッジを披露するとおお~!という歓声と拍手が上がる。


「なめらかなブリッジ!これは合格~!!」

「お二人、ありがとうございました!ではお次に、古泉社長チームの片山さんどうぞ!」


 名前を呼ばれた奏士は麻里奈の手首を握ったまま立ち上がり、二人は司会のいる前方に走り寄る。


「はい、お題を失礼しますね~・・・レベル、三!」


(低っ!冒険しなかったんかい!)


 どんなのが飛び出すのかと思ったら、司会が読み上げたお題が麻里奈の全神経を揺さぶった。


「『尊敬する社員』!『その人のどこを尊敬しているか語ってもらいます』!!」


 またもおお~!という声が上がり、司会がマイクを持って奏士に近付く。


「片山君?準備いいですか?みなさんの前で語ってもらっちゃいますよ?」

「はい、大丈夫です!」


 奏士は笑顔でマイクを受け取り、参加者達に向かって声を張り上げた。


「広告プランニングディビジョン第二部新入社員の片山奏士です!今日は、僕の所属するグループのリーダーの、花房麻里奈さんについて語ります!」


 未成年の主張かー!というヤジと共に笑いが起きるが、奏士はニコニコしたままマイクを持つ。


「花房リーダーは、すごく仕事ができる人です!入社前の内定者研修の時から、ご自分の時間を割いて、僕に企画の立て方を細かくレクチャーしてくれました!」


 おお~、という声と奏士が話す内容に、麻里奈の中に色々な恥ずかしさがこみ上げる。


「今でも、他の人は指摘しないような細かいことを、僕のために注意してくれます!業務外でも、僕達若手のために資産運用勉強会を開いてくれます!僕の同期の女子達からも好かれていて、しかも、お家はタワマンです!!」



 大爆笑が起こるが、麻里奈の耳には届かない。



 奏士が語る内容しか響かない。



「花房リーダーは、いつも明るく優しく、周りのことを一番に考えています!この運動会も、最初は誰も出ようとしなかったのに、花房リーダーが愛社精神を説きながらみんなを説得していました!僕も、花房リーダーのように、周囲の人にいい影響を与えられるようなマンション持ちになりたいです!!」



 笑いと歓声と拍手が巻き起こる。




 奏士の満足気な笑顔から目が離せない。




(そんな風に・・・思ってくれてたの・・・?)




 泣きたくなるような喜びがあと一歩であふれ出そうとした時、司会が近付いて来た。


「いや~いい上司じゃないですかあ!慕われてますねえ花房リーダー!」


 突如マイクを向けられコメントを求められた麻里奈は慌てて意識を引き戻し、


「ま、まあ~それほどでも~!オホホホホ!!」


 と、笑顔を振りまく。


「これはもう!文句なしに、合格~!!」

「片山君と花房リーダー、ありがとうございました!!」


 気付いたら離されていた手首が再び奏士の手に握られ、元いた場所まで戻り他の借り人の結果を眺める。


 目の前で繰り広げられる一芸披露にみんなと一緒になって笑っていたはずだが、終わってから振り返っても記憶がほとんどない。


 奏士の横顔と、自分を語る言葉と、手首を握る手の感覚に、全てが埋め尽くされてしまった。


 翌日、オフィスのあちこちから、昨夜の運動会参加を労う挨拶や思い出を振り返る会話が漏れ聞こえてくる。


 溜まったメールのチェックをする麻里奈の元へも、出社した奏士が駆け寄ってきた。


「花房リーダーおはようございます!昨夜はお疲れ様でした!」

「お疲れ様、よかったわね、優勝できて」

「はい!」


 いつもと変わらない笑顔の奏士に、麻里奈もいつもと変わらない上司然とした表情を作り答える。


「あ、借り人競争の時、勝手に連れてっちゃってすみませんでした・・・」

「いいわよ、盛り上がったし楽しかったわね」

「はい!あ、それで、僕、クオカード貰ったので・・・」


 手にしていた大きめのコンビニ袋をガサガサ言わせ、取り出したのはスタバの冬季限定ドリンクだった。


「今日皆さん疲れてると思うので買っちゃいました!飲んでください!!」


 差し出されたドリンクを受け取る。


「・・・ありがとう、奏士君も今日早めに上がれそうなら早く帰っていいのよ」


 ポーカーフェイスで受け答えを繰り返すが、麻里奈の内心は乱れに乱れていた。


 奏士が自席につき宮城のグチに付き合うのを確認してから、デスク上のモニターに隠れ貰ったスタバを見つめ続ける。




 これはもはや、脈が有るか無いかの問題ではない。




 麻里奈の心は、完膚なきまでに叩き落とされた。




 恋という、落ちたら二度と這い上がれない、深い深い沼の底へ。

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