広報部との裏取引
広報部主任・武智昇(四十二歳・二児の父)は窮地に陥っていた。
鳴り物入りの運動会企画が告知から一週間経つというのに、参加枠二百人の中希望者が五人(※全員広報部メンバー)という大爆死ブリなのだ。
(ヤベエよお・・・こんなんじゃ報告できねえよぉ~~~!)
無理くり決裁を通し、諸々の予定を押さえ業者まで手配した企画である手前、参加者が多すぎて急遽抽選をしましたくらいのノリでなければ広報部のメンツが立たない。
運動会不発。
それはつまり、自分の出世にブレーキが掛かることを意味する。
(ああ~~~~誰か助けてくれえ~~~~!!!神様あああああ!!!)
その時、広報室のドアが開かれ、後光がさすシルエットを食い入るように見つめた武智は叫ぶ。
「麻里奈?!」
「深刻そうな顔してるわね~」
武智と麻里奈は同期であり、同じ部署配属になったことは過去一度もないが気心知れた仲である。
「運動会担当アンタなんでしょ?その顔見る限り参加者全然集まってなさそうね」
「そうなんだよお~!身内しか申し込んでなくてさあ!」
「っでしょうね、今時社内運動会なんて」
タイトスカートに包まれた腰を左右に振りながら執務室を歩き、武智の席に到着するとともにデスクにヒップの片側を乗せ、武智に取引を持ち掛ける。
「参加者増やしてあげてもいいわよ」
「マジで?どうやって!」
「んふふ、アタシ今、若手対象に業務外で勉強会開いてんのよ。その参加者の子達に呼びかけるわ」
「え、それで参加すんの?!」
「だあいじょうぶよ、アタシだって参加するんだから」
「うっそお!マジオマエ神だな!!」
突如差し伸べられた救いの手に武智はむせび泣いて喜ぶ。
だが、こんな時手を貸す人間が、ただの神なワケはない。
「その代わりこっちの条件飲んでくれな~い?」
武智のむせび泣きが止む。
「・・・何要求してくんだよ」
「別に大したことじゃないわよ、アタシのグループは全員同じチームにして欲しいの。チーム編成もアンタがやるんでしょ」
「なんだそんなコトかよ、お安い御用でっせ」
武智と麻里奈、ほくそ笑みながら両者手を握り合い契約成立。
さっそく自分のフロアに飛んで戻った麻里奈は、まず部長をオトしにかかる。
「まあ~じで言ってんのかよ・・・」
「部長、社内政治ですよ、こういう時こそ広報に恩を売りつけてやるんです」
「まあな~・・・」
コピー用紙にプリントアウトしたポスター画像を見つめ部長は考え込む。
この運動会、よくよく詳細を確認するとなんと社長を含め五人のお偉いさんがチームリーダーとなり、参加者は五つあるチームのどれかに振り分けられるのだ。
「古泉社長、朝生副社長、乃田専務、須賀専務、石葉常務・・・」
「役員に顔を売る絶好の機会じゃないですか、今度昇進試験あるんですよね?」
「まあな~」
部長のメリットを押す麻里奈だが、腹の内では自分のコトしか考えてない。
運動会という男女の接触が当たり前の非日常的イベントで自分と奏士が同じチームで参加すれば、おのずと距離が縮まり相手を意識することになる。
加えて運動をするのだから服装は薄着、体のラインに沿い胸元が大きく開かれたピッタリTシャツを着れば、麻里奈の自慢のFカップとその谷間が協調される服装になれる。
(アタシのボディで奏士君を悩殺よ!!)
ついに部長は参加を承諾。
麻里奈は次に部員達の説得にかかる。
あれだけアンチ運動会を唱えていた部長と麻里奈が参加を表明すると、部内はザワつき宮城は今年二度目の失神を経験した。
しかし麻里奈の冷静な説明と
「たとえ時代が令和になっても、サラリーマンたる者、愛社精神が大事」
という説法を聞き、これも業務と腹をくくったのか、いの一番に参加申し込みをした。
続けざまに勉強会メンバーにも運動会参加を促し、武智には各事業本部毎の参加者一覧を作って社内ポータルに毎日更新の形で掲載することを指示。
すると、目に見えて自分の本部は誰が参加するか分かるようになったからか、あちこちから
「おい一般管理少ねーじゃんかよ、もっと人員供給しろよ」
「さすがにこの人数はマズいからマーケ部の若手は全員出すか・・・」
と言った声が聞こえ始め、みるみるうちに参加者が集まっていく。
そして募集締め切り日には二百十五人が申し込みをすませ、その中には奏士の名前もあった。
(やったわ・・・これでアタシと奏士君は同じチームで競技が出来る!!)
二人三脚や騎馬戦を一緒にやる妄想が膨らみ有頂天。
(やっぱり押してダメなら引いてみろ、ね!オーランド様の教えはさすがだわ!!)
運動会が楽しみで仕方がなく、いつになく仕事に精が出るようになったが・・・
麻里奈は見逃していた。
武智は、そこまで気を回せる男ではない。
出来上がったチーム分け一覧、麻里奈の所属するチームに、なんと奏士の名前は無かった!