再び
私はこの者に王宮内で流行っている病について全て話した。娘の口ぶりから私は王宮から来ているということはバレていないようだったので安心した。
私が生まれて数年経つ頃、現在の階級制度が成立した。王宮にいた知能の低い者は排除し、処刑され、何人もの犠牲者が出たそうだ。そのため、王宮の外で暮らす者たちにとって、評判はよくないだろうし、恨まれてもおかしくはない。
事実、王宮の外に出て帰らぬ人となった者が数名いると聞く。そのため、母上が大切にしていたという民族衣装を身につけてきて正解だった。
娘に病人の症状や経緯など詳しく話すように促され、全て話し終えるとその娘はしゃがみ込み、死の花といわれる七色の花の前で何かぶつぶつとつぶやいている。
「そんなに近づいて大丈夫なのか」
娘にそう声をかけるが、私を見向きもしない。
すると、ふと何かに気付いたようにその娘は
「わかった、そういうことか。こっち」
と私の腕を取り、走り出す。
走るのか…私の足はそろそろ限界なのだが。この娘は知らないだろうが、ここにたどりつくまでどのくらい時間を要したことか。少しはこっちの気持ちも考えてもらいたい。私の気持ちなどお構いなしの娘の姿にあきれる。
ずいぶん森の奥まで連れてこられた。空は晴れているというのに天まで届きそうに延びる枝と木の葉が空一面を覆っているため、陽が一筋も入ってこない。不気味な暗さに寒気がする。
すると、娘は足を止め、しゃがみこんで一つの花を指さす。
「もしかしてこんな感じの花が近くに咲いてたりしない?」
透き通るような藍色の小さな花びらを咲かせた花が数本凛と咲いていた。
「きっとこの色よりはもっと明るいと思うけど…」
私は記憶の中でこの花を探す。すると、病が流行り始めた頃、
「今流行の花らしい、美しいな」
と花好きの母上が薄い空色の花を花瓶に生けていたのを思い出す。
「そういえば、この花とよく似た薄い空色の花が花瓶に生けられていた」
「もしかしてその花瓶、窓辺付近に置いてたりしない?」
「あぁそうだな」
私は母上が毎日その花のお世話をしていた姿を思い出す。すると、娘は人が変わったように目を輝かせながら話す。
「やっぱりね、この花はオスクータっていう名前でね、もともと太陽の光が当たらないような暗い場所に咲く花なの。でも、陽に当たると光を吸収して薄い空色の美しい花びらになるの。そうなると、体にはよくない成分が空気中に放たれてしまう。光を吸収しないようにすれば問題なく飾って楽しめるんだけど、知識のない人が知らずに生けていたとしたら…」
「…っその病、治す方法はないのか」
藁にもすがる思いで娘に尋ねる。
この者の軽い態度や教養のなさから、どうしても手を借りたくなかったが、何も情報がなかったさっきまでの状況と比べたら非常にマシで、仕方なくこうするしか方法がなかった。
「あるよ、あの花ならね」
娘は不気味な笑顔を向けてくる。
「本当にこれが効くのか?触れただけで死に至る花だろう?」
娘は死の花と呼ばれるアルコイリスで作った粉を差し出す。
「この花は死にも生にもどちらにも作用する花なの。そのまま触ってしまえば、死に至る恐ろしい花だけど、しっかり処置をすればどんな病にでも効く花になるんだ!それでねそれでね…」
「わかったわかった、もう少し落ち着いて話せ。それに息継ぎをしろ」
私は息継ぎを忘れた勢いで話す娘を何とか止めて息継ぎをさせる。ここでこの者が酸素不足症にでもなって死んでしまったら、やっと見つけた貴重な情報提供者を無駄にしてしまうかもしれない、というよくわからない不安が頭をよぎったからだ。
それでも娘は息継ぎを忘れる勢いで話し、
「これだから、花って面白いんだよねー!」
と、目を輝かせながら語る。アルコイリスの花の説明が終わってからもなお周りに咲く花々を見つけては、語りを繰り返す。その姿から相当、花には詳しいのだろうと想像がつく。
花には全く興味がない私にとって、この娘の話は退屈に感じる。一つ質問をすれば、必要な情報以外に二も三も付け加えてくるから面倒くさい。王宮にもこのようなタイプがいるが、私とは相性が悪いと、幼い頃からの経験値で体が察しているのも事実だ。
「話聞いてないでしょ、女の子の話に少しくらい興味もったらいいのに」
あれこれ考えていたらそう言われてしまった。
「君、あんまりモテないでしょ?女の子の話はちゃんと聞いてあげないと、つまんない男って逃げられちゃうぞぉ~」
「そんなことはない」
いや実際にはこの者が言ったとおりである。今まで異性に好かれた経験はあまりない。(本当はまったくないのだが。)あまりにも的確に事実を言い当てられて動揺してしまいそうだった、危ない。
「やっぱりモテないんだぁ、ふ~ん」
動揺を隠しきれなかったらしい。まるで弱みを握ったかのようなその表情が再び私を苛立たせた。改めてこの小娘は苦手だと感じた。
「それで、この粉をどうすればいいんだ」
私はとりあえず話を戻すことに全力をささげた。
「ひとつまみの量を水で薄めて服用すれば二、三日後には治るよ。でも、感染者以外の人が服用すると死に至るから気を付けて」
そう言って小娘はウインクをする。たったひとつまみの量で治るとは相当強力な花なのだろう。触れただけで死に至るそんな恐ろしい花なので当然であるが。
「それと、オスクータの花びらに日光が当たらないように暗い場所に移してあげて。そうすれば、きっと元の花びらの色に戻るはず」
「そうか、助かった。感謝する」
一応いろいろ教わった立場だ。とりあえず、感謝しとくか、形だけでも。
私は片膝立ちをし、頭を下げて礼を述べる。これは、王宮で行われる最上位の者に向ける行為である。(何度も言うが、とりあえず形だけである)
まだ、治るという確証はないし、死に至る花の粉を服用するなんて恐ろしいが、花に詳しそうなあの姿を見る限り嘘はついていなそうだ。
「さあ、そんなことより早く帰って!その粉をすぐに飲ませてあげて」
小娘はその粉を私に押し付けて、早く帰るように促した。この者のやけに真剣な様子から、この病は相当恐ろしいもののようだ。(誰のせいでこうなってると思っているんだ???)
私はまた苛立ちが込みあげるが、早急にこの粉を父母に届けたいという思いと娘とやっと離れられるという嬉しさでそんなことはどうでもよかった。
しかし、あの者はいったいなんなんだ?少し植物に詳しいからと命の恩人など上から目線で本当に腹が立つ。できれば一生かかわりたくない。まあ、もう一生会うことはないが。これからは、あの娘の顔を見ないと思うと清々する。
私はもらった粉を持って、王宮へと急いだ。
数日後、例の娘にもらった粉を服用すると、父母含め感染者は徐々に回復し始めた。あの者に言われた通り、花瓶に生けられた花びらに日光が当たらないような暗い場所へと移すと、薄い空色の花びらが藍色の花びらへと色が変化した。
病も落ち着いて日常がやっと戻ってきたと思っていたはずだった。
そんな時、私は母上の部屋に集まるように伝えられた。何も考えずに部屋に入り、目の前の人物を見て私は目を大きく開いた。人はこんなにも目が大きく開くのかというほどに。
「…なぜ…お前がここにいる…?」
なぜなら、目の前にはもう一生会うことはないと確信していたあの小娘が立っているのだから。
私は何か嫌な予感を感じるのだった。
続
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