王宮
―この者と出会う数時間前―
「父上、母上すぐ戻って参りますので、どうか…」
私は横たわり、弱り切った二人の両手を握り、祈る。そして決意を固め、私は勢いよく走り出す。
「お気をつけて」
側近の女性が私に頭を下げる。
中央に色とりどりの花々が咲き誇る大きな庭園があり、それを囲むようにレンガ造りの宮廷が立ち並ぶ、ここはカノネス王宮。
私が過ごしているこの王宮は賢さで地位や立場が決まる。この王宮では衣装のボタンの色を見れば、その者がどの地位についているのか、つまり階級が分かるようになっている。一番上の地位である宮長は金、宮長の傍の側近は銀、次の位は赤、次に橙、黄、緑、青、藍、紫といった順番に色が決められている。
私の襟に橙のボタンがついているといえば位はおおよそ察しが付くだろう。しかし、所詮賢さで地位が決まる所だ。自分よりも立場の高い者は大勢いて、自分の方が少しでも上位であると知った途端、見下し始める。そんな場所なのだ。
しかし、今この王宮には不可解な病に苦しむ者がいる。王宮内にいる医者(と言ってもここにいる者の中で、一番医療の知識を持ち合わせているという上辺だけの医者なのだが)でも病の原因を突き止めることができないため、徐々に感染が拡大し、ついには私の父母にまで感染してしまった。死者も出ている現在、二人の体調が急変し、いつ亡くなってもおかしくない状況である。
そんな時、隣の国の病をたった一人で治した人物がいるという噂を耳にした。一刻を争う状況にいた私はその者にこの病を治してもらいたいと宮長に申し出た。信用ならない者がこの国に出入りするのを好まないお方であることは重々承知した上での申し出だったが、案の定そのお方は首を横に振ったのだった。
「少しはこの危機を救う意思を見せろ、このくそじじい。」と喉まで出かけた言葉を胃に戻し、なんとか平静を装った。私にはこの申し出を突き通せるほどの力はなかったし、第一医者が治せない病となると、誰も治せる者はいないと断固拒否され、取り合ってもらえなかった。
父母に感染する前に、宮長に感染していればという不吉な妄想をした私は、性悪だろうか。それでも諦めがつかない私は、噂のその人物を探し出すために、王宮から出ることを決めたのだった。
しかし、ここで問題になってくるのが王宮から抜け出す方法だ。ここは、最高位の者つまり宮長の許可がないと王宮の外へ出られない決まりがある。宮長にはあの通り取り合ってもらえる可能性はゼロパーセント(というよりマイナス百パーセントか)であるため、自力でここを抜け出すしかない。
この王宮の顔となる庭園を抜けた先に最終難関(と私だけが呼んでいる)がある。門番だ。宮長に仕える門番をどうにかしないとこの先には一歩も出ることは許されない。宮長の許しがないこの私が考えた策略はこうだ。
「大変だ!宮長が!」
私は必死に走ってきた演出をして息を切らしながら門番に伝える。
「宮長がどうした?」
「流行の病に感染したかもしれない、至急集まるようにと」
「証拠は」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう、さあ早く」
そう告げると、門番は焦った様子で宮長の元へと駆けだした。
嘘をつくことはあまり得意ではないが、宮長の信頼を逆手に取った作戦でなんとか門番を突破することが出来た。
私は急いで王宮の外に出る。自分は賢いのではないかと勘違いしそうになるほど容易く王宮を出られたことに驚きつつ、足を早める。
しかし、病を治したという情報のみしか知らず、王宮もまともに出たことのない無知な自分にこんな広い世界からそんな身元不明の者を探しだすことはできるのか。
西の方に走り続けて着いた土地を見て、自分の全く知らない世界が広がるっているということに驚いてしまう。そこは王宮とは違い、自然に咲き誇る草木に囲まれた石造りの家々が立ち並び、悠々と過ごす人々で賑わっていた。ここでは、王宮とはまるで違った雰囲気が漂っている。異世界に転生した主人公はこんな感覚なのだろうか。
世界ってこんなにも広いんだな。自分にも知らない世界がまだあることに衝撃を覚える。毎日、勉学に励んで努力してきたことで、知らないことはほとんどないと勘違いしていた自分に顔から火が出るような思いをした。
通行人に噂の人物について聞き込みをしたが、「流行」という文化がないような見知らぬこの土地では王宮で噂になっている人物について一切知らないようで、一向に手がかりは見つからない。幾人かに聞き込みを行ったが、同じ返答で幸先が悪い。
王宮から数時間も歩き続けたため、足の裏がそろそろ限界を迎えていた。私は少し休もうと人のいない木陰を見つけ、そこに腰を下ろそうとする。
すると、足元に七色の花びらを持つ美しい花が一輪咲いていた。花好きの母上へのお土産にしたらと喜びそうな顔を想像し、花を手折ろうとした。
その時、こちらに向かって突進してくる何かが見え、するどい痛みが全身を走った。そうして今に至るというわけだ。
続
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