盗人少女とポンコツロボット
乾いた砂が荒野に吹き荒れた。僅かな水で生き延びている木、ひび割れた地面、照りつける太陽。生きているものの気配を感じさせない、殺風景が見渡す限り広がっている。その中に異色を放っている物体があった。元々は緩やかなカーブを描いていたであろう無骨な金属の枠組みは剥き出しになり、燃料の尽きたエンジンと操縦室からは灯りが消えている。もうこの荒野に放置されてどれほど経ったのかすら分からない、大破したロケット。乗る者のいなくなった空飛ぶ船は墜落し、風化することのないままそこにあった。
ガシャン、とロケットの扉から金属の倒れる音が鳴り響き、もぞもぞと中から人影が這い出てくる。顔をマスクで覆い目をゴーグルで保護した人物がロケットの扉を破壊しつつ、外に出た。
「むー。これもダメだったか」
マスクを取って外の空気を思いっきり吸い込むも、砂埃でむせてしまう。現れたのはまだ二十になっていないであろう、年若い少女だった。少女に続いて大きな目が特徴的な小動物が顔を覗かせる。
「おいチビ、次の船にいくぞ」
「キュイ」
少女に声をかけられ、定位置である肩にするすると登る。再びゴーグルとマスクを着けて、少し燃料を入れれば一週間は持つと言われる二輪車に乗り込む。二輪車は勢いよく吹く風に負けない速さで、地面スレスレを滑るように飛んでいった。
旧人類と呼ばれた生命体はいまや空の彼方へと飛び立ち、残されたものは長い年月をかけて失われていく。それでもこの星に置いていかれた者達にとっては貴重な資源だ。新人類では壊れたロケットや荒廃した街を探索し、使える物を売る仕事に着く者をスートンと呼ぶ。ルーというこの少女も、スートンの一人だ。もっと権力や財力があれば豊富な資源が多くある街を探索できるのだが、ルーのような親のいない下っ端スートンでは荒野に墜落したロケットを探るので精一杯。それ以上は権利侵害として禁止されている。
ルーはもう二日何も食べていない。新しい資源が見つからなければ食料も買えず、このまま餓死してしまうだろう。いつの間にか着いてきていた不思議な生物、チビも不満そうにルーの腕を爪で引っ掻いた。
「そうはいってもな、何も無いんだ。仕方ないだろ」
「キュキュ、ギュー」
「それなら何か見つけてみろってんだ。こっちだって腹減ってんだぞ!」
「キュー!」
鳴き声でも意思疎通ができるらしく、二輪車の上で言い争いになる。怒鳴られたチビは毛を逆立て、走る二輪車からぴょんと飛び降り、西の方へと駆け出した。
「あ、おいチビ、待てコラ!」
ルーも慌てて二輪車を止め、チビの小さな体躯を見失わないように着いていく。迷いなく進んでいたチビはある一点でぴたりと止まった。そして「キュー」と前足で地面を叩く。訝しげにルーがその場所を掘ってみると、丈夫そうなコードが露出した。
「これを辿れってことか……?」
「キュー」
コードは地面に埋まりながらもどんどん横へ繋がっていることが分かる。それを掘り出しながら手繰っていくと、大きな岩にぶつかった。
しかしルーが始め岩だと思った物体は、見たことのないほどの巨大な金属の塊だった。先僕ルーが探索していたロケットとは比べ物にならないほど大きく、設備もほとんど壊れていない、旧人類の遺産でも最新の部類だ。
「うっわぁ、すげぇ!こんなでけーやつ初めて見た。チビお前やるじゃんか」
「キュキュッ!」
誇らしげに胸を張るチビの頭を撫でてやる。どこにも登録ナンバーが書かれていないということは、このロケットを見つけたのはルー達だと言うことだ。見つけた者は自由に探索し、資源を売ることができる。ルーにとってこれ以上無いほどの幸運だ。
早速ロケットの中に入っていく。中は想像通り綺麗に保たれていて、真っ白な壁や明るい照明には傷一つない。ルーにはあずかり知らぬことだが、このロケットの内部は旧人類が病院として使っていた施設に酷似していた。目が疲れてしまうほど清潔な部屋は砂埃で薄汚れたチビが歩くだけで足跡がはっきりと残る。ルーは綺麗な部屋を汚すことに雪原に足跡をつけているような、小さな罪悪感を覚えた。それでも明日の食べ物にも困る身の上だ、探索をしないという選択肢はない。
なるべく汚さないように恐る恐る施設の奥へと入っていく。壁に手を沿わせ、前だけでなく上や後ろも警戒しトラップが無いか確認する。最新の物だと未だ侵入者警戒トラップが作動していると聞いたことがあるからだ。
コツン、と指先が壁の割れ目にぶつかった。肩が大きく跳ねて心臓がバクバクと音を立てる。触れた一部が青白く光り、動き出した。チビは開いた隙間にするりと体を潜り込ませ、見えなくなる。それから直ぐに壁の割れ目が中心から広がって、人が通れる大きさの通路が姿を見せた。
通路は真っ直ぐに奥の部屋へと繋がっていた。ルーの足音がずっと保たれていた静寂を破り、硬い音を響かせた。たどり着いた、一際大きい扉を両手で開ける。思わず、白い光りに眩しくて目を瞑った。
そこにあったのは目を閉じて眠る黒髪の人形だった。長いコードで繋がれ、ほとんど人間にしか見えないが凍りついた表情が人では無いことを物語る。
ルーは手を伸ばして、人形の頬に触れた。凍ってしまいそうなくらい冷たくて、柔らかさが無い。さらに顔を近づけて、ペタペタと人形の身体を弄る。首の後ろにスイッチを見つけ、押してみる。しかし何の変化も無くて──
「再起動します」
「うぉわぁ?!」
突然、パチリと見開かれた瞳に驚いて変な声が出てしまった。現れた瞳はかつて澄み渡っていた空のような美しい色をしている。人形はぐるりと首を動かして周りの様子を探り始めた。
「情報をアップデート中……完了。現在時刻、過去起動時間より100年が経過。周りにマスターの生体反応無し、近隣の人類に従属開始」
「な、なんか喋った?!」
コードが外れ、先程まで静止していたのがウソのように滑らかに動き出す。そして遺跡の道具を壊したかもしれない、と慌てているルーに視線を合わせてきた。
「初めまして、マスター。私はα1170、識別コード“トルム”です。貴方の生活をお支えします」
「えーっと……?お前、トルムって言うのか」
「はい、マスター。名称を変更しますか?」
「いい、やらない!名前変えるとか、変なヤツだなー。あ、もしかしてお前って新人類じゃねえの?」
「はい、マスター。私は人間サポート型の機械です」
ルーも機械やロボットのことはもちろん知っている。だがそれは都市部の清掃や上流階級の持ち物として、だ。トルムのように自立して動くロボットなど聞いたことすらなかった。新人類は旧人類の遺産しか技術と言ったものを持っていない。底辺であるルーにとって夢のまた夢だったのだ。
「よく分かんねえけど凄いんだろ?アタシはルー。売り飛ばすまではよろしくな!」
「???売り飛ばす、ですか?私の所有権は貴方にあり売却や変更は不可能です」
「はあ?売れねえのかよ!使えないな!」
こんな凄いものなら幾らで売れるだろうとワクワクしていた気持ちが一瞬で冷めていく。ルーの視線が冷たくなったと感じたのか、トルムはあくまで無表情で付け加える。
「お言葉ですが、私は最新鋭の技術が投入されたα1170です。必ず役に立つでしょう」
「直ぐに金になんなきゃ意味ねーよ。食いもんに困ってるんだから、お前なんて貰っても困る」
チビを肩に乗せ、サッサと帰る準備を始める。よく考えてみれば、薄汚いスートンのルーが新しいロケットを見つけたなんて誰が信じてくれるだろう。どうせもっと権力を持った奴に奪われるに決まっている。金にならないと分かったルーの行動は早かった。
一方、要らないと告げられたトルムは挙動不審だった。心なしか頭から湯気が出て、手足の動きもぎこちなくなっているようだ。
「理解不能。何故要らないのか疑問です。こんなにも高性能だと言うのに」
「高性能もなにもお前のこと知らねーんだけど。じゃあな、次はもっと権力持った金ピカに拾ってもらえよ」
元来た通路を通り、少しだけコードや基盤を拝借する。大した収穫では無いが、これを売れば一週間分の食料代くらいにはなるだろう。近頃は何を持っていってもあの銭ゲバジジイに安く買い叩かれてしまうのだ。綺麗なコードを見せて度肝を抜いてやろう。
下らない悪巧みをしながら置いてきた二輪車へ、荷物を詰め込む。すると、真後ろから声が聞こえた。
「抗議します。そのようなガラクタを使いながら何故私を捨て置くのか」
「なんだよ、付いてきたのかよ!話しかけんな、気が散るだろうが!」
トルムはいつの間にか追いつき、相変わらず無表情のままじっとルーを見つめた。そして二輪車に乗り込み走り出しても、信じられない速度で並走してきた。ルーは自棄になってさらに速度を上げる。トリムは付いてくる。急回転し反対へ走る。トリムは付いてくる。
「分かった!分かったからもうやめろ!」
先に根を上げたのはルーだった。二輪車を止め、トリムに向かい合う。長時間乱暴な運転に振り回されたチビはぐったりとしていた。
「マスターでもなんでもやってやるよ。高性能なことは十分分かったし」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。私は最新型高性能ロボット、貴方の役に立つことは保証します」
「……機械ってのは嘘じゃねえの?」
無表情だが明らかに感情が読み取れるロボットというのはあり得るのか。何度も旧人類の技術力には驚かされる。
「とりあえず……よろしく。仕方なくだけど」
「はい、マスター。よろしくお願いします」
この後、都市部で凄腕な二人組のスートンの噂が流れたり、沢山の遺跡が消えたり、町の権力者に対して反乱が起きたりするが――それはまた別のお話。