彼女の帰還
開かれた教室のドアにクラス全員の視線が集中する。少しの間を置いてからスラリと伸びた白い脚が教室の中へと入ってきた。そして白い脚から視線を上げていくと栗色の長髪をなびかせた黒く大きな瞳の美少女の顔が視界に飛び込んでくる。そして美少女の姿が全て教室の中に入った途端にクラス中の男子から一斉に歓声が上がった。
「かわいいー!」
「マジかよ!?だりぃからサボろうと思ってたけど、今日来てラッキー!!」
「えっ?えっ?本当にうちのクラスなの?マジで!?」
あちこちから男子の浮ついた声が聞こえてくる。先生が男子らを落ち着かせるため、大きな咳払いをすると一斉に声が静まった。のだが、美少女がクラスの皆に向かってニッコリと微笑むと、悲鳴にも似た男子の歓声が再び上がった。
一方で女子はというと男子と同じような歓声を上げる者もいれば美少女への妬みやら警戒を含むような声をさりげなく呟く者もいる。突然現れた美少女に対しては賛否分かれるみたいだ。
「じゃ、改めて紹介しよう。今日からこのクラスの仲間になる朝戸伊那さんだ。」
名前を先生から紹介された美少女こと朝戸伊那はゆっくりとクラスの皆に向かってお辞儀した。まるでお手本のようにキレイな姿勢だ。これまた彼女の一挙手一投足に男子の歓声が上がる。
「今日からこのクラスに入ります朝戸です。皆さんどうかよろしくお願いいたします」
まるで小鳥のさえずりのような彼女の声が教室内に響く。心なしか彼女の背景に少女漫画の如く薔薇の花が見えるのは気のせいか。ともあれ教室のあちこちから男子の野太い声の「よろしく!」という声が響き渡る。女子の一部からは若干舌打ちのような音が聞こえたのだが、これまた気のせいか。
だが………色んな意味でテンションマックスの教室内で一人複雑な感情を持つ者がいた。何を隠そうこの僕である。
朝戸伊那。忘れたくても忘れられない名前の主。この僕に中学時代トラウマを植え付けた張本人。彼女の姿を直接見るのは実に中学校の卒業式以来かもしれない。あの学園祭の告白失敗からまともに話せないまま、彼女は一人別の高校へと進学するために街を去ってしまった。まさか此処で彼女と再会することになろうとは…
「おっ、やっぱりイナじゃん!!久しぶり!」
感傷的になっている僕を尻目に後ろから快活な声が聞こえてきた。僕が振り返って声の主を確認すると、杏奈が伊那へ向かって大きく手を振っている。そうだ、考えてみたら伊那と杏奈もお互い小学校からの知り合いだった。
伊那は杏奈の姿を見て首を捻っている。どうやら中学校が別々になってしまったせいで小学校時代の面影がないらしく、杏奈が分からないようだ。杏奈は伊那の様子を察して、自分の顔を指差してから「アタシだよ、杏奈だよ。覚えてる?」と叫ぶ。
「えっ??もしかしてアンちゃん??」
「そうそう、小学校の時によく遊んだじゃん。懐かしいな〜」
「ええー!!すごい久しぶり!どうしたの?アンちゃん、すごくカッコよくなってるー!」
伊那は教壇の前から後ろの席に座る杏奈の元へと駆け寄り、手を握った。お互いに心から再会を喜んでいるのか屈託のない笑顔を見せている。その様子を見て、これまたクラス中から歓声が上がった。そういえば杏奈は男子だけでなく、女子人気も高いのだった。その杏奈と知り合いともなれば、驚きがあるのも無理はない。一方で先生はというとこのまま収集が付かなくなることを懸念したのか、慌てて大きく咳払いした。
「ええ…コホン。お互い積もる話もあるだろうが、今はホームルームだから休み時間にしなさい。とりあえず朝戸さんは日暮の隣の席を用意したからそこに座りなさい」
「はい、先生」
「ええー、ではホームルームを始めるぞ」
先生に促され、伊那は杏奈の席についた。杏奈は伊那へよろしくと小さく合図している。伊那は返事の代わりに杏奈へニッコリと微笑んでいた。
一方で僕はというと杏奈のように声を掛けることを躊躇して、ただ伊那の動きをじっと目で追うことしかできなかった。一体全体どうしてこうなったのであろう。だが、それ以上に気になることがある。
果たして伊那は僕のことを覚えているのだろうか。先の挨拶の際に目が合ったように感じたが、伊那は完全に僕のことをスルーしている印象を受けた。まさか彼女もまたあの告白がトラウマになっていて僕のことを避けているのだろうか。とにかく僕の高校二年の二学期は波乱の幕開けとなった。