彼女の真相
時間軸は伊那の転校初日の放課後へ遡る。僕が杏奈と伊那、そして悠馬と帰宅しようとした時のことだ。話の流れで悠馬が僕の中学時代のトラウマを杏奈と伊那に暴露しかけたので、僕は悠馬を無理やり二人から引き離して校舎裏へ引きずっていった。結局杏奈と伊那は二人きりで帰ったのだが…。
「その時に言われたんだ。実は凡太の記憶がないのは嘘だって」
伊那から告白を受けた時、杏奈は思わず「はあ?」と口にしてしまったらしい。何故こんな面倒な小芝居を打ったのか。杏奈が問い詰めると、伊那は過去の経緯から話しだしたのだという。
まず小学生の頃、僕と伊那、そして杏奈は暇さえあればしょっちゅう集まって遊んでいた。当時の杏奈は今みたいに活発ではなく、引っ込み思案な性格だった。どちからかというと皆をリードするのは僕の役割だった。
一緒に遊ぶ日々を過ごす内に伊那は少しずつ僕に好意を持つようになったのことだ。つまり僕よりも先に伊那の方が僕を好きになったらしい。当時の僕はそんなこと夢にも思わなかった。あくまでも友達の一人として接していたからだ。
そして中学生になったとき、僕らの環境は大きく様変わりすることになった。杏奈が諸事情で別の中学校に進学することになり、必然的に伊那と二人で過ごす時間ができるようなった。
その頃からか伊那の僕に対する態度は何となく露骨になってきた気がする。そう僕に話し掛けるときだけ、いつも上目遣いで甘えるような表情を見せるようになっていた。実は伊那自身、僕へのアプローチとしてそのような仕草をするようになったのだそうだ。杏奈という第三者の存在がいなくなったことでタガが外れたらしい。
そうして気づけばその頃から僕も伊那を友達よりも一人の異性として意識するようになった。まんまと伊那の計略にハマった感じだ。僕は徐々に伊那への好意を抑えきれなくなり、遂に告白を決意する。だが、そこで伊那にとって計算外のことが起こってしまった。
「学園祭で全校生徒の前で告白したっていってたな。実は事前にイナから聞いていたんだ」
「えっ!?そうだったの?道理で反応がイマイチ薄いなと感じていたんだ」
僕が一世一代の勝負として挑んだ学園祭の告白は伊那にとって全くの想定外であり、まさか此処で告白されるとは夢にも思っていなかったという。自分からアプローチしておきながら、いざ僕に告白されたらどうしていいか分からず混乱してしまったらしい。しかも学園祭という非日常の中、全校生徒の前となると余計に尻込みしてしまい、最終的に伊那が絞り出した答えが「ごめんなさい」だった。
お陰で僕は全校生徒の笑い者になり、今にも続くトラウマを植え付けられた。僕自身は伊那に対して好意は持っていても告白前と変わらず接しようとしたが、伊那の方が僕に対して罪悪感を持つようになり僕を避けるようになってしまった。結局あの告白が僕と伊那の双方にとって最悪の結果をもたらす羽目になったのだ。
遂には中学卒業まで僕と伊那は交わることなく、伊那は僕とは違う高校へ進学した。まるで僕から逃げるかのように。
だが高校二年の夏、親の仕事の都合で転校することになった。僕がこの学校に通っていることは知っていたが、さすがに同じクラスになるとは思わなかったそうだ。そしてクラスで僕の顔を見た途端、伊那もまた中学校時代のトラウマが蘇ったのだそう。伊那が僕の存在を敢えて無視していたのは、彼女もまたどういう顔で僕に接したら良いのか分からなかったからだった。
だが、杏奈が同じクラスにいたのは救いだった。僕と伊那のトラウマを知らない杏奈は僕らを繋いでくれる存在でもあったからだ。杏奈が僕と(一応悠馬も)一緒に下校するのを見計らって伊那は声を掛けた。ようやく僕と直接話すチャンスができたのだが…。やはり伊那は僕から逃げた。しかも大胆に記憶喪失を装ってまで。トラウマから逃げていたのは僕も伊那も同じだった。
「イナからこれまでの経緯を聞かされてアタシはイナに言ったよ。さすがにそれはひど過ぎる。余りにも身勝手だ。凡太が可哀想だって。幾ら告白を断ったからといって無視するように逃げることはないだろ?って」
「………確かにそうなんだよな。僕も浮ついていたことはあるけど、伊那の言い分を聞く限りやってることはかなり身勝手だ」
「だがな凡太、誤解がないようにいうとイナはまだ凡太のことを想っている。これまでのことだってずっと後悔している。だからこそアタシはイナに説教した。で、これからどうしたいのかについても確認した」
「それってこないだの僕の時と同じじゃ…」
「そうだな。伊那は凡太との再構築を望んでいた。だから後日アタシは今の凡太の気持ちを確かめる為にファーストフード店で凡太の言い分を聞いたんだ」
なるほど、杏奈が何故此処まで親身になっていたのか理解した。それに関しては杏奈に感謝せねばなるまい。
「まあ、杏奈のこれまでの行動について真意を知って納得した。ただファーストフード店の杏奈と悠馬の件は完全に行き当たりばったりな気がしたけど…」
「ま、まあ…あれはだな。悠馬のヤツがイナにすり寄ろうとしたから凡太との関係を邪魔される前にアタシの気持ちをぶつけないとダメだと思って…断られたらそれまでだったけどOKもらったからな…結果オーライってことで」
杏奈が頭を掻きながら照れ笑いする。結局は僕らの再構築をダシに使って悠馬とのダブルデートに持ち込んだ訳だが。僕は溜め息をついた。
「で此処から本題ではあるが、イナの話を聞いて今の凡太の気持ちはどうなんだ?」
「……………悔しいけど、やっぱり僕は伊那のことが好きみたいだ。遊園地の騒動の時、伊那のことを無視することだってできた。助けを呼びに別の所へ走ることだってできた。でも僕は迷わず伊那を助けにいった。伊那が困っている姿を見たくないから。伊那に傷ついて欲しくないから。伊那に触れて欲しくないから。こんな身勝手なことされたのにバカかもしれないけど、他の誰かに伊那を取られたくない」
「そうか、じゃあこれからどうする?伊那に気持ちを伝えるのか?」
「そうだな…」
僕は天を仰いで考えた。かつてのトラウマが蘇ってくる。もしかしたらまた断られるかもしれない。でもそれでは同じことの繰り返しだ。どちらにせよ形はどうであれ僕らの関係は一旦リセットできたんだ。このまま友達として続けていくのか、自分の好意を改めて伝えるのか。少し考えた後、僕は答えを出した。
「明日伊那に告白する。今の気持ちを正直に」
今の僕に迷いは無かった。